毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ

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序章 ― 毒 ―

序章-4

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「主上! お下がりくださいませ!」
 武装をした者が慌てた様子で声を張り上げた。何事かと俊元が短く問うと、苦い顔をしながら彼らは答えた。

「毒蛇が侵入したという情報を受けました。大事になる前に捕獲をと捜索しておりましたが、こちらに逃げ込んだという目撃情報があり……」

 彼らは、宮中を警護する任にあたる、滝口の者。人間の侵入者に対してはその力を発揮するが、今回蛇のような小さきものの侵入には、対応に遅れが出たらしい。

「主上、奥へ」

 俊元は帝を危険から遠ざけるべく、昼御座の中へと促した。その時、細長い体を巻き付けて高欄を上ってくる蛇を目の端で捉えた。

「!」

 帝もその存在に気が付いたようで、咄嗟に身を引いた。

 俊元は刀を抜いた。蛇が高欄からこちらに飛びかかろうとした瞬間に、それを斬り捨てた。驚いた鶯が、甲高い声を上げながら飛び去って行った。清涼殿に血の穢れを発生させてしまうことはよろしくはないが、帝の命の方が優先である。

「主上、お怪我は?」
「ない。よくやった、俊元」
「いえ、この程度は。――っ!」

 毒蛇は一匹だと、思い込んでいた。

 帝の背後を狙うかのように、別の蛇が高欄から鎌首をもたげていた。すでに攻撃態勢に入っている蛇に、ここからでは僅かに手が届かない。間に合わない。

 その時、帝と蛇との間に、鈍色の着物が滑り込んできた。彼女が、蛇に立ち塞がったのだ。一瞬生まれた時間で、俊元は帝を昼御座の中へと押し込んだ。

「大丈夫で――!?」

 蛇は、彼女の腕に噛み付いていた。その牙が深々と白い肌に突き刺さっている。

 俊元はその光景に最悪の展開が頭をよぎるが、彼女の表情があまりにも冷静で、ふと思い至った。彼女の体全てが毒、つまりその血も毒である。体勢を見るに、わざと噛ませたようだった。

 蛇は自ら彼女の腕から牙を抜き、その場にぼとりと落ちた。細かく痙攣を起こしている。いつの間にか彼女は矢を手にしていた。滝口の者が焦って落としたものを、拾ったようだ。そして、彼女は、矢尻で自らの腕を切り付けた。

「何をしているのです!」
「?」

 彼女の腕から滴り落ちた血は、蛇に降り注ぎ、完全にその動きを止めた。彼女の唇が蛇へ向けて、ごめんね、と動いたように見えた。

 思わず叫んでしまった俊元に、彼女は困惑の目を向けた。どうして責められているのか、分かっていないという表情だった。そして、何かに気が付いたようで、膝を付いた。

「血の穢れを発生させてしまい、申し訳ございません。処罰はお受けいたします」
「そういうことでは……」

 言いかけて、今ここで言うことではないと思い直した。彼女は、あまりにも自己犠牲に躊躇がなさすぎる。それを目の前でまざまざと見せつけられた。自覚も全くないようだから、これは、かなり危うい。

 後ろを振り返って見れば、帝が険しい表情を浮かべて彼女を見ていた。おそらくは俊元と同じようなことを思っていたのだろう。帝は俊元に目配せをして頷いた。しっかり見ておけ、ということだと理解した。

「お、おい、蛇が死んだではないか」
「本当に、この娘には毒があるのか! 毒小町は本当だったのか!」

 思い出したように、側近たちが騒ぎ始めた。実際、目にするまで、毒を実感出来なかったことは、俊元にも理解出来るが、何故か彼女が嘘を言っていたような口ぶりである。彼女は、ほんの少し、悲しそうな顔をしたが、次の瞬間には表情を引き締めていた。
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