明治あやかし黄昏座

鈴木しぐれ

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第四幕 恋雪

恋雪―2

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 その後は、羊羹や大福、珍しい洋菓子などを買っていった。二人でこれが美味しそうだと言いながらお菓子を選ぶのは楽しかった。初めて見るものも多かった。

「わあ、可愛い……」

 観光地ということもあり、土産物屋も多く並んでいて、ここは髪飾りを扱っている店のようだ。桜や紫陽花、藤、金木犀など、様々な花の髪飾りが陳列されていて、華やかで見ているだけで楽しくなってくる。

「あさぎは、こういうのが好きなのか」
「綺麗だと思うよ。琥珀は違うの?」
「まあ、見事な細工だと思うが、自分が身に着けるものではないからな」
「女の子の時に付ければいいのに」
「ははっ。一理あるが、役以外で着飾ろうとは思わないな」

 自分は付けない、と言いながら琥珀は真剣に髪飾りを見ている。吟味するように視線が動き、ある一点でそれが止まった。一枚一枚の花びらが透き通っている、繊細な細工の睡蓮の花の髪飾り。

「これ、もらえるか」
「承知しました」

 店主が恭しく礼をして、お代と髪飾りを交換する。髪飾りを手にした琥珀は、あさぎに向かって、手招きをした。もっと近くに来いと言っているのだろうか。

「はい、どうぞ」
 琥珀は、あさぎの髪に先ほどの髪飾りを付けて満足そうに微笑んだ。耳の横で、飾りがしゃらりと音を立てた。

「え、琥珀、これは」
「んー、今日の買い出しに付き合ってくれた礼、だな。よく似合ってる」

 琥珀の口調からしても、きっと、深い意味はない。でも、初めての贈り物だ。嬉しくないわけがない。内側から自然と溢れてくる感情のままに、あさぎは笑顔を浮かべた。

「ありがとう、琥珀」
 さっきまでよりも、少し近い距離で、あさぎは琥珀の隣を歩いた。いくつか店を巡って、追加のお菓子も買った。

「お、ここが絵草子屋だな」
「わあ、こんなにたくさん」

 絵草子屋は、表に平置きで十冊ほどが並べられ、店の奥に壁一面の棚があり、そこにびっしり絵草子が収められていた。

「どれにしよう」

 妖の基本的なことが書かれたものは、だいたい読んだ。自分が何の妖かの手がかりになるもの。昔話が書かれたものがあればと思っていた。

「あっ、これ良さそうかも」
 各地の伝承が分かりやすく描かれているようだった。何冊か手に取って、琥珀に声を掛ける。

「琥珀、これとかどうかな」
「ん? 伝承の類か。何か手がかりになるかもしれないな。これを頼む」
「あいよ」
 琥珀が店主に声を掛け、絵草子を買った。あさぎは、帰って腕の中にある絵草子を読むのが今から楽しみになった。

「さて、そろそろ帰るか。目的の物も買えたしな」
「そうだね」
 ふと、どこからかいい香りがしてきた。餡の香りで、目線で辿っていくと、今川焼の暖簾が下がっているのを見つけた。

「琥珀、今川焼だって――あれ?」
 一瞬。ほんの一瞬、気を逸らしただけだったのに、見失ってしまった。

「琥珀! 琥珀ー!」

 声を張り上げるが、人混みに飲み込まれてしまう。懸命に辺りを見回すが、琥珀の姿が見つからない。右往左往していると、すれ違った人にぶつかられてしまい、よろけた。弾みで絵草子を落としてしまった。誰かに踏まれる前に拾えたが、しゃがみ込んだことで、急激に不安に襲われた。

「どうしよう……」
 人が多くて動き回ると余計に見つけられないかもしれない。だが、このまましゃがみ込んでいても、仕方がない。

「お姉さん、大丈夫?」
 ふいに頭上から声がしたかと思うと、腕を掴まれて無理やり立たされた。同い年くらいの青年が二人、立っていた。薄い笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「おお、やっぱり可愛い」
「だろ? ねえ、お姉さん。おれたちと一緒に遊ばない?」
「楽しいとこ、知ってんだよね」

 ニタニタと笑いながら、腕を引っ張ってくる。手に紋はないから、人間だということは分かる。分かるが、だからといってどうすればいいのか。力が強くて、腕を振りほどけない。怖い。

 突然、あさぎの腕を掴んでいた手が緩んだ。抵抗していた分、あさぎは後ろによろめいた。だが、尻餅をつくことはなく、誰かの腕に抱き留められた。

「うちのもんに何してんだ?」
 すぐ近くから、声がした。振り返ると、三十代の洋装の男性が青年たちを睨みつけていた。長いコートに、見覚えのあるハットを被っている。

「……琥珀っ」
 姿も声もが違うが、分かる。琥珀だ。琥珀が助けに来てくれた。

「けっ、行こうぜ」
 青年たちは、不機嫌になりその場から走り去っていった。琥珀は彼らの姿が見えなくなるまで、睨み付けていた。見えなくなって、ようやく長い息を吐いた。

「はあ……全く。ほんの一瞬ではぐれて驚いた。見つけられたからいいものの。まあ、背が高いからこの姿になったが、威嚇にもなって正解だったな」
「……」
「あさぎ?」
「ごめんなさい。はぐれて、ごめんなさい」

 あさぎは、琥珀のコートをきつく握りしめる。琥珀が近くにいないことがあんなに不安だとは思わなかった。傍にいることに慣れていた。

「怖かったか。ごめんな」
「…………大丈夫」

 強がりだったが、認めるのは癪だった。あんな二人組に負けたような気がして。
 コートを握りしめていた手が、琥珀の手で離され、そのまま手を繋ぐ形になった。

「はぐれたら大変だからな。帰りだけ、な」
「うん」
「――それにしても、どの姿でも認識されるのは嬉しい反面、少し怖いな」

 琥珀が何か呟いたような気がしたが、いつもより背が高くて顔が遠いからか、あさぎには聞こえなかった。髪飾りの揺れる音の方が良く聞こえた。

「琥珀、何か言った?」
「いや。あさぎは危なっかしいな、って言っただけだ」
「ごめんなさい。……来てくれて、ありがとう」
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