12 / 40
第三幕 つむじ風
つむじ風―4
しおりを挟む*
数日後、あらすじが佐奈から伝えられ、衣装や小道具の作成が始まった。佐奈が脚本を書いているのと同時進行で作成も進む。芝居小屋は一気に慌ただしさが増した。あさぎは連日手伝いに追われていた。
「あさぎ、ちょっとこっちを手伝って欲しいですの」
「すぐ行く!」
衣装部屋から顔を出した花音に呼ばれ、あさぎは廊下を駆ける。衣装部屋に入って、目に飛び込んできたのは、部屋中に布が散乱している様だった。
「わあ……」
部屋では雪音が布に埋もれながら何かを探しているようだった。
「雪音くん、何を探してるの?」
「今回使う、ボタンを探してます。でも姉さんが布の籠をひっくり返してしまってこの有様です」
「なかなか見つからなくて、布に紛れているのではと思いましたの」
花音が頬を膨らませて言い返しているが、勢いがないので、どうやら反省しているようだ。二人が作業を進めるにも、まずはここを片付けなくてはならない。
「じゃあ、片付けようか。決まった位置があれば、教えて」
三人で布を整理していく。基本的には色ごとに分けて収納しているらしいが、一部は生地で個別に置いているものもあるらしい。一つ一つ教えてもらい、あさぎは布を片付けていく。
布がある程度片付くと、新しい衣装が見えてきた。今回の芝居に使うものだろうか。
「花音ちゃん、これは」
「ええ。鎌鼬の芝居で寧々さんが着る予定のものですわ。まだ試作ですけれど」
紺色のワンピース。スカートがふわりと円を描くように広がっていて、袖はすらりとまっすぐに伸びている。腰の部分には前掛けのような白い布が付いている。
「可愛い……」
「ふふ、嬉しいですわ。これは西洋の使用人、メイドの服を参考にしましたの」
「二人とも、手を動かしてください」
雪音にたしなめられて、あさぎたちは再び片付けに戻る。ある程度片付いてきたのだが、探しているというボタンが見当たらない。
「ボタンは、箱か何かに入ってるの?」
「はい。青色の両手くらいの大きさです」
雪音が両手で箱を抱える仕草をした。その大きさなら、見落とすことはないだろう。だが、整理された衣装部屋のどこにも見当たらない。
「どこに行ったのでしょう」
あさぎは、青い箱、と聞いてどこかで見かけたような、そんな気がした。糸を手繰り寄せるように、青い箱を探す。
「あっ」
思い出した。
「何か分かりましたの?」
「青い箱、受付で見たよ。花音ちゃん心当たりない?」
「受付ですの……? あっ、今日は急いでいましたから、裏口ではなく表玄関から入りましたわ。その時、一旦置いたような、気もしますわ」
「姉さん……」
雪音が呆れたように、わざとらしくため息をついた。花音は、素直にごめんなさい、と呟いていた。
「じゃあ、私、取りに行ってくるね。二人は作業してて」
あさぎは、受付に向かった。そこには確かに青い箱があり、中身を確かめたら、色とりどりのボタンが入っていた。これに間違いなさそうだ。
「おい、そこの」
「はいっ」
突然、玄関の方から男性に話しかけられた。四、五十歳の男性は、黒い着物を身に纏って、訝しむようにこちらに視線を向けて来る。
「黄昏座ってのはここか。吉助が依頼したというのはここか。おい、どうなんだ」
「あ、えっと、そうです。あなたは……」
「俺は、その、あいつの兄だ。脚本やら衣装やら、見せてもらおうか」
兄、というには年がだいぶ離れているようにも思えたが、こちらが口を挟む隙も無く、押しかけて来る。あさぎは、押し負けて誰もいない客席まで案内した。
「ここで、お待ちください。あ、水どうぞ。温かいお茶持ってきます」
「早く代表者呼んでこい」
「は、はい」
あさぎは、裏へ急いで、寧々を探した。先に衣装部屋に寄ってボタンを渡そうと部屋を覗いたら、双子に加えて寧々もそこにいた。急いで事情を話した。
「お兄さん? 依頼の時に確かお兄さんから助言を受けて来た、みたいなこと言うてた気がするけど、そのお兄さんやろか」
「でも、なんか雰囲気が……」
「まあ、行くしかあらへんな。雪音くん、試作の衣装持ってきてくれる?」
「分かりました」
寧々と雪音と共に客席まで戻る。男性はイライラした様子で、あさぎたちの姿を見た途端音を立てて床を蹴り、立ち上がった。
「遅い!」
「あたしが支配人代理です。上演前に脚本をお見せすることは出来まへん。衣装やったら、少しだけお見せ出来ます」
「こちらで――」
雪音が言い終わる前に、突風が吹き、ワンピースが風に巻き込まれた。その隙に男性がこちらに突進してきた。
「!?」
あさぎが驚いている間に、ワンピースの袖に、鋭い刃物による裂け目が出来ていた。雪音は、咄嗟に身を引いた。そのおかげでそれ以上の裂け目は出来なかった。
「何してるん!」
寧々の鋭い声がした次の瞬間、男性は後ろ手の状態で床に押さえつけられていた。猫又の第六感である瞬間移動かと思うほどの素早い動きで、男性を取り押さえたのだ。
着物から出ている男性の腕からは、刃物のようなものが飛び出している。これが鎌鼬の第六感。鈍く光る刃に、あさぎは思わず身震いした。
「雪音くん」
「はい」
雪音は、男性に出されていた水の入った湯呑を持つと、寧々が抑えている男性の両手首にかけた。パッと寧々が手を離した瞬間、水は冷気を放ち、凍り付いた。水を一瞬にして氷に変えた。これが雪音の第六感。男性は力いっぱい氷を引きはがそうとするが、びくともしない。
「くそっ」
「依頼者の吉助さんの兄、と言うたらしいけど、違うな。誰や」
寧々の声は、低く響くようで、怒りが言葉の端々から溢れ出ていた。男性は、床に転がったまま、声を荒げた。
「馬鹿息子たちの間違いを正しに来てやっただけだ! あいつが勝手に依頼なんかしやがった。しかも俺に何も言わずに押し切るつもりだったんだ。腹立たしいったらありゃしねえ」
「息子? じゃあ、吉助さんの父親なんやね」
「はっ、俺たち鎌鼬を見世物にするなんざ、冗談じゃねえ。だいたい、本殿に逆らうなんざ、言語道断だ」
「本殿に逆らう? どういうこと?」
あさぎは、男性に聞き返した。声を荒らげてはいるが、嘘をまき散らしているようには聞こえなかった。
「何も知らねえのか、お前。本殿は、畏怖の減少は心配いらない、本殿に任せれば大丈夫だと、そう言ってんだ。動くことは本殿への謀反だ。この謀反人どもめ」
雪音が、湯呑にわずかに残っていた水滴を男性の口元に垂らし、凍り付かせた。男性は口を開くことが出来なくなった。
「自分で動くことが間違いだとは思いません。本殿なんかに言われたことを鵜呑みにして、思考停止している者よりは、いいと思います」
ここにもっと水があったなら、雪音は男性を丸ごと凍り付かせてしまいそうな、冷たさがあった。目の前の男性へというよりも、本殿という言葉にその感情が向けられているように思えた。
「ともかく、ここでの乱暴狼藉は許されへん。派出所へ行きましょ」
「ん! んんー」
男は塞がれた口で何かを言っているが、寧々は問答無用で引きずり出した。さすがに目立つのでは、と思ったが、寧々が走り出すとあっという間に見えなくなった。さすがの身体能力である。
あさぎは、雪音の持つ衣装に目を向けた。胴の部分やスカートは無事だが、袖がボロボロである。
「……衣装、傷付いちゃったね」
「はい。まさか、いきなり襲って来るとは思わず、油断しました。試作とはいえ、ある程度はこのままを使うと言っていたので、姉さんに何と言ったらいいか……」
雪音もショックを受けている。どうにかならないかと、あさぎは思考を回転させる。花音が一生懸命作った衣装を、あんな人に台無しにされたくない。
「あっ、袖の形を変えるのはどう? こう、肘の辺りから広がるように」
「ラッパのような形でしょうか」
「そう」
「でも、どうしてその形に?」
「さっきの人、肘から下に刃物が現れたように見えたの。だから、鎌鼬の衣装なら、袖が広い方が合ってるのかもって」
雪音の目が見開かれ、固まってしまった。何とか絞り出した案だったが、やはり無理があっただろうか。
その時、表玄関から笑い声が聞こえてきた。
「ははっ、鎌鼬に襲われて、それを参考にするなんて、肝が据わっているというか、なんというか」
琥珀が肩を震わせながらこちらに歩いてきていた。口元は愉快そうに上がったままで。
「琥珀! なんで襲われたって知ってるの。見てたの?」
「まさか。見てたら助けに入る。ついさっき寧々さんに聞いたんだ」
未だ不機嫌な寧々の姿が琥珀の後ろにあった。この短時間で派出所に行って、戻ってきたらしい。ここから近いとはいえ猫又の身体能力、恐るべし。
「雪音、あんなやつの思い通りになってやる必要はない。利用してやれ」
「……! 分かりました」
活路を見つけて、雪音は力強く頷いた。これ以上裂け目を広げないよう、慎重に衣装を抱えて、裏へ駆けていった。寧々も、手伝って来る、と後を追いかけた。
「あさぎ」
琥珀に呼ばれて振り返ると、想像以上に近くに顔があった。真剣な表情で見つめられて、心臓が跳ねた。
「えっ、何」
「怪我はないか。何か嫌なことを言われたりは?」
琥珀は、怒っているようにも聞こえる声音で聞いてきた。心配、してくれているようだ。自分のことを自分以外の人が心配してくれると、胸が温かくてくすぐったいのだと知った。
いきなり刃物が現れた時は驚いたし、怖かったが、怪我はなかった。嫌なこと、には雪音が怒ってくれていた。
「私は大丈夫」
「そうか。念のため、一人にはなるな。それから、今度依頼者のあいつ、吉助に文句言ってやるからな。親を説得してから来い。全く……」
大丈夫だ、と言ったのに、琥珀の心配やら怒りやらは収まらない。でもそれが、嬉しく思えてしまう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる