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メガネスーツ女子とジャガイモとトイレ問題
頁47:小さな殺戮者とは 3
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ズビィィィィィッ!!
省略。
「イヤ、みっともない姿を見せちまったナ」
全くです。
「ただのこまっしゃくれたガキかと思ったケド…そっか…、亡くなったあの人たちの中にオトッサンとオカッサンが……ズビ」
落ち着かせた涙腺がまた緩んできたのか。神々廻さん、こういう話に弱い気がする。彼の過去に纏わる何かが影響しているのだろうか。
「弓の技術は御両親から教わったんですか?」
「ユミ…?」
雪之進君が何の事かと呆けた顔をする。
あ、そうか。神々廻さんに視線を送ると、既にその前に【辞典】を開いていた。
「(【承諾】×三つ…っと)」
存在不確定のヴェールが剥がれ、世界に弓と矢、そして矢筒が定着した。
「違う。お父さんもお母さんも僕に戦う事は望んでなかった。敵対生物に殺されてから一人で訓練したんだ」
「亡くなってからって…ほんの数ヶ月であれ程の技術を…!?」
素直に驚愕した。私も少しだけ弓道を齧った事はあったが、実際に弓を手にする迄ですら動作や型の反復が大事とされて何ヶ月も要した。しかも手にしたからと言っても矢を的まで飛ばす事さえ暫くはままならなかった。
あくまでもこれは和弓の話ではあるが、彼は私の稽古期間よりも遥かに短期間で実戦レベルにまで技術を昇華させたのだ。
「他にする事もしたい事も無かったから。とにかく訓練した。手が血だらけになっても、体が言う事を聞かなくなっても、毎日。『 』代わりで飛ぶ眼だって何匹殺したか覚えてない。なのに減らないんだ、あいつら。殺しても殺しても湧いて出て来る」
無口なのかと思ったが感情に火が付くと途端に饒舌になるらしい。
思春期特有のコミュニケーション不足による対人スキルの未熟さと、抑えきれず漏れ出てしまう深い憎しみによる衝動なのだろう。
「最近になって知らない敵対生物が増えてきた。まだ倒せるけど戦闘職にならないと戦う力は伸ばせないらしいし、それだといつか勝てなくなるだろ。別に長生きなんて望んで無いけど奴等に負けて殺されるのだけは絶対に嫌だ」
そこにいたのは既に年相応の子供では無かった。背中に哀しみと業を背負った修羅だ。
そんな彼にしてしまったのは他でもない、我々の全滅だ。
ならば彼に対して負うべき責任とは? 戦闘職になるのを手助けする事が本当に正しいのか?
確かにスタ・アトの村に戦闘職の人を増やそうと画策したが、それはこんな形では───
「よっしゃ、オレちゃんに任せなユッシー! バシッと戦闘職にしてやんゼ!!」
私の葛藤を完全に無視した神々廻さんが思い切り啖呵を切ってしまった。
「ちょ、何を…!」
「本当に?」
「男に二言は無ェ!! 俺を誰だと思ってやがる!」
胸をバーンと叩いて粋がってもですね…。
「勢いだけの二枚舌糞野郎」
「今まで以上にひどくね!?」
どうして良い評価を貰えると思ったのか教えて欲しい。いややっぱりいいや教えてくれなくても。
「ユッシーも何か言ってやってヨ!」
「なんで僕、ユッシー?」
「ナンデって『ゆきのしん』だからユッシーっショそりゃあ?」
当たり前みたいに言わないで下さい。
「もう少しマシな呼び方は無いんですか…」
「みさチョリスも名前で呼んでもいいなら…」
「訴えますよ」
「テキビシーーーーー!!!」
「……アハッ」
笑った?
驚いて振り返ったが既に元の無表情に戻っていた。惜しい。いや惜しくは無いですけど。
「とにかく、ユッシーが戦闘職になりたいってンならオレちゃんは協力するヨ! 復讐が正しいとか正しくないって話をすンならオレ一人だけでもユッシーを連れて行くかんね!」
珍しく意見を曲げようとしない。それ程までに感情移入する何かがあるのだろうか。
神々廻さんの事を殆ど知らない以上、彼が何に対して感情の針を揺らすのかを知るのは大事な事だと思う。
「分かりました。どの道我々が突き放したとしても彼は自力で戦闘職の道に辿り着くでしょうし、だったら大人が全力でサポートすべきだと思います。それに───こうなった責任の一端は我々にありますので」
「ぬ……」
そうだった、という顔。まさか忘れていたのだろうか? …全くこの人は。
「じゃあよろしく。あんた達は村の人よりは信用出来そうだ」
光栄な台詞を無表情で言ってくれる雪之進君。喜んでいいのかが微妙だ。
「任しとけ! ……その代わりっちゃーナンだけどサ、『あんた』はやめてくんない? なんか地味にダメージ受けるんだヨ…」
…それはちょっと分かります。
「めんどくさいな…。まあ分かったよ。宜しくシシバ、ミサキ」
「なんでオレだけ名字呼び!?」
「ミョウジ…って?」
ああもう話が進まない。
「神々廻さん、『川』は見つかったんですか」
ハッとする彼。
「そうだった…まずはトイレ、そしてジャガイモ…いやメシ!! ユッシー、水が大量に集まってザーーって流れている場所ってこの先で合ってる!?」
「うん。『 』に何か用でもあるの?」
「いよっしゃああぁぁぁぁぁ待ってろ川ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
またしても一人暴走して走り去る彼。
「ちょっとまた…!! ああもう!!」
「変な大人だね」
そう呟いた彼の表情は確かに微笑んでいた。
「ええ…お恥ずかしながら……。取り敢えずお付き合い願えますか」
「いいよ。僕もお願いしてるし」
溜め息を一つ吐くと、彼の後を追って我々も走り出した。
どうしようもない駄目カミサマはこうしてまた一人の心の壁を壊していくんだろうな。
ちょっとだけ羨ましい、と思った。
(次頁:48-1へ続く)
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