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メガネスーツ女子とジャガイモとトイレ問題
頁46:追跡と遭遇とは 2
しおりを挟む「…あっ」
何故そう言われたのか理解したのだろうがもう遅い。
虚空に差した手がバチっと弾き出された。代わりに【辞典】が現れシステムページを勝手に開く。
《 創造者と編纂者は戦闘時のインベントリの使用を制限。》
戦闘中なのを知ってだろうか、御丁寧に音声で読み上げてくれた。
それでもまだ禁止範囲が『戦闘中』のみだから良い方だろう。『地球滞在中は禁止』だったらかなり不便になっていた。そう思う時点でこの能力に依存してしまっているのだが。
とにかくこれでもう大甲虫も自力でどうにかしなければならなくなった。恨み言を並べても仕方ないのでまずは自分の弱点となる【辞典】を物陰に隠す。虚空物置への格納は既に封じられてしまっていた。
「ゴメン…」
「謝るよりもまずは生き残る事を考えて!」
「了解!」
切り替えも早く手にした石を兎耳犬に向かって連続で投げつける。その石は避けようとする動作を予想していたかの様に横っ腹に、続いて眉間にめり込んだ。たまらず悲鳴を上げる兎耳犬。
「凄い…」
「ピッチングは得意なんだよネ♪」
「ではそのまま牽制し続けて下さい。致命傷を与えるのは難しいかもしれませんが逃走を促す事は出来るかもしれません」
「かしこまり!」
神々廻さんの意外な才能で一匹はどうにかなりそうだ。問題は大甲虫の方だ。
どうすれば倒せるだけのダメージを与えられるか? 燃やすのが封じられたので後は岩などの重量物で圧し潰す、甲殻を通す程の衝撃で内部破壊、甲殻を貫通する様な一転集中の攻撃……駄目だ、この状況でそれらをどう実現させられるというのか。
兎耳犬がひと際大きく鳴いた。神々廻さんの攻撃が予想以上に効いている様だ。それに対して私は…!
今それを考えても仕方ないとは頭では理解していても己の不甲斐無さに思考が纏まらなかった。
「──────どいて」
……え?
耳に届いた言葉の意味を頭よりも先に体が理解し、私は大甲虫の真正面から飛び退いた。
一瞬前の居所を何かが突き抜けて飛んで行く。その何かは標的の分厚い甲殻同士の隙間に深々と刺さった。
…矢?
恐らくは正解であろう認識出来ないその細い棒状物体が飛来した方向に、恐らくは弓であろう半月型に弧を描く得物を構えた少年が立っていた。
彼に気を取られた刹那、背後で大きく気配が動いた。想定外の傷を負わされた大甲虫が危機を感じたのか本能のままに突進して来る。マズい!
「…どうすればいいの?」
その言葉に驚いて振り向くと、彼が…私を見ていた。見覚えのある顔。
脳内が瞬時に澄み渡る。あれ程心を苛んでいた感情が嘘の様に消え去り、思考が加速する。
「最大威力で、外殻に対し限り無く垂直に射ち込んで下さい」
「…了解」
たったそれだけ答えると彼は手近な杉をスルスルと登って行った。手を掛けられる部分があまり無いというのに意にも介していない様子だ。凄い。
と、感心している場合じゃない。私は私に出来る事をしなければ。
何故かは分からないが、彼に任せれば大丈夫だという確信があった。けれど万が一は必ず想定しなければならない。その万が一を───潰す。
怒りに任せ私に向かって突進して来る大甲虫。本能に忠実なだけその行動パターンは単純だ。私は彼の登る杉の近くの別の杉を背にし、大甲虫を真正面に見据えジャケットを手早く脱いだ。ここからはタイミングが生死を分ける。
「(さん…、に…、いち…)」
再びカウントを取り……脱いだジャケットを大きな体の割に小さな大甲虫の目に向かって投げつける。的が小さくても投げる弾が大きければ問題は無い!
視界を遮られた大甲虫は気を取られたのか私の背後の杉の幹に気付かぬまま突進し、その角を深く打ち込んでしまい抜こうと藻掻き動きが鈍る。
その隙を、頭上からの高速の飛来針が標本の様に射抜いたのであった。
(次頁:47-2へ続く)
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