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メガネスーツ女子とジャガイモとトイレ問題

頁46:追跡と遭遇とは 1

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 夜気やきを吸い込んで柔らかくなっている早朝の地面は通り過ぎる無法者の足跡をしっかりと刻み込んでいた。
 もし距離が開いてしまいお互いに現在位置がどこなのか分からなくなったとしても【辞典】ストラペディアの大陸地図を見れば分かるのだろうけれど、走りながら本を読むなんて真似は危なすぎてしたくなかったのでこれは助かる。
 ヒールのほぼ無い靴ではあるものの、未舗装みほそう未開拓みかいたく山中さんちゅうを走り抜けるには無理があったか。今からでも交換しようかしら。
 と思っていた矢先、進行方向から騒がしい気配が急速に接近して来る。
 どうする? どうするって、もし相手が敵対生物ヴィクティムの集団とかだったら対処出来ない可能性が高い。まずは隠れて様子を見よう。
 脳内で瞬間的に行動コマンドを決定すると、近くの幹が太めの杉の後ろに静かに回り込んで身を潜めた。
 気配は真っ直ぐにこちらの方へと向かってきている。

「… … ………ァァァァァァァァァああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 …うん、まあ、おおむね予想通り神々廻ししばさんだった。敵対生物ヴィクティム達に追いかけられている所まで含めて悲しいくらいに予想通り。
 付いて来ている敵対生物ヴィクティム飛ぶ眼フライングアイが一匹と…知らない個体!? しかも二種類!
 地面をすべる様に走っている片方の敵はサイズこそ大きい訳ではないが、子供なら上に乗って運んでくれるのではないかと言う…なんだアレ…? 黒光りする見覚えのある角……カブトムシ?? いややっぱりサイズ大きすぎません!? 怖い怖い怖い!
 そしてもう片方は四足歩行の獣? シルエットだけなら中型犬に見えるが、その姿が近付き段々とディティールが明らかに。
 毛並みは柴犬っぽく、顔はチワワなくりくりの目、耳はまごう事無きウサギ。なんだろうこの中途半端な可愛さというか可愛く無さは。
 見た目はともかく敵対生物ヴィクティム敵対生物ヴィクティムだし彼を何とかして助けなければ。でもどうする? 【力】が制限されている以上、私なんて多少武道をかじっただけのただの人間だ。
 …ええい、考えている暇なんてあるか!
 私は手近な石を拾い集めると投擲とうてきの為の相対距離を測る。

「さん…、に…、いち……」

 手の中の石をグッと握り締め、立ち上がろうとしたその時───ヒュンという短くも鋭い風切り音を耳が捉えた。直後…

 ギイィィアァァァアアアアァァァァ!!!!!

 飛ぶ眼フライングアイが断末魔の悲鳴と共に地面に落ちていく。何が起きたのだろう。突然の異常事態に新顔二匹の動きも止まる。

神々廻ししばさん!」

 何が起きたのかを確認したいが取り敢えず後回しにして物陰から身を乗り出し彼に自分の存在を気付かせる。
 私を見た彼の必死の形相ぎょうそうが即座に安堵あんどに切り替わる。忙しい顔だ。

女神様ゴッデス!!」
「誰が女神様ゴッデスだたわけ!!」

 カウンターで平手を打ち込んだ。

「サーセンでしたァァァァ!!!」

 一切の無駄の無い動作で土下座するカミサマ。そんなの上達しないで欲しい。

「立って!」
「はい!!」

 しゅたっ!という音が聴こえそうなくらい機敏きびんに立ち上がる。

「何なんですかあれは!」
「えっと…『でかカブト』と『チワウサギ』で!」

 そういう事を聞いてるんじゃない。それで名前が決まってしまったじゃないか。
 こちらと周囲の両方を警戒している二匹から目を離さずに挙動を観察する。
 外見としては変な犬と大きいカブトムシだが、元の地球の小型犬であっても本気で牙を剥けば人間だって只では済まないし、虫なんてそれこそ人間をいくらでも殺傷出来る生物だ。
 だが警戒心が強そうなのは兎耳犬チワウサギの方で、大甲虫でかカブトはどちらかと言えば虫の本能のままに動いている様に見える。うう気持ち悪い…。

「とにかく何とかしましょう。先程の移動スピードを見るに逃げるのは難しそうですし」
「ナントカって、どうやって!?」
「まずは動きをよく見ながら隙を誘いましょう。はいこれ持って」

 相手からは目を離さずに神々廻ししばさんに先程拾った石をいくつか手渡す。

「石ィ!?」
「当たれば痛いのは皆同じです。突進の軌道を変えさせたり当たり所が悪ければそれなりに動きを阻害そがい出来ますし、恐れをなして逃げ出してくれれば僥倖ぎょうこうです」
「簡単に言うけどさァ…」
「自分でいた種でしょう! 泣きごと言わない!」
「ごめんなさい!!」

 問題は大甲虫でかカブトの方だ。見た目の通りならば恐らく投石では甲殻に多少傷を付ける程度しか効果は無いだろう。目にでも当たればいいのだけれど、的としては小さすぎる上に投擲とうてきには正直自信が無い。突撃されて組み敷かれたら確実にアウトだ。虫に食われるとか想像したくもない。
 しかし現実的に見た目通りの虫であるならば木に登ろうが何だろうが逃げ場は無い。若干じゃっかん詰んでいるのはむしろ我々の方だ。
 なら…火はどうだろう? ガソリンとライターでも召喚すればあるいは…!
 思い付いたら即実行。私は虚空に手を差し込む。その様子を見ていた神々廻ししばさんが

「あ、そうか、───!!」
鹿!!」








   (次頁/46-2へ続く)





       
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