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メガネスーツ女子とジャガイモとトイレ問題
頁41:異世界御手洗事情とは 1
しおりを挟むヂュギュンヂュギュン。
名を得た地球が贈り物と言わんばかりに与えてくれる早朝の澄んだ空気、柔らかな日差し、脳を削っていきそうな謎の生物?の囀り? そして死屍累々と横たわる村の人々。見事に潰れている。
我々にはまだアルコールと言うか酔いを与える物質が認識出来ない為酔い潰れこそしなかったものの、昼間の色々のせいで疲労困憊という事もあり、【辞典】の編纂作業は翌日からにしようと同意し床に就いた。
ちなみに私はよしこさんの家の一室を貸して頂いた。神々廻さんはひろしさん宅。
まだ薄暗い中目を覚ました私は、お風呂と言う概念がまだ生まれていないので取り敢えず体は井戸から汲んできた水で清拭し、頭も可能な限り洗って濯いだ。ちなみに井戸も鶴瓶も名称未登録なので、吹き飛ばさない様に扱いには細心の注意を払った。
うーん、当たり前に蛇口からお湯が出て石鹸で全身を洗えるという環境はどれだけ優遇されていたんだろうと思い知った。
虚空物置内ですっかり汚れが落とされ元の状態に再生されたスーツに着替え、まだ少し水気の残る髪を一つに縛り、顔をパン!と叩いて締めると眼鏡を装着して表へと繰り出した。
そしてこの惨状である。まあ予想はしてましたけど。
起こして回ろうかと思ったけれど幸せそうな顔で眠っている人々の様子にそれも躊躇われ、仕方無いので路傍の石に腰掛けてこれからの事をぼんやりと考える事にした。
差し当たってまず決めなければならない事。『ヴィクティムの巣』へのリベンジの為に必要な『人類としての成長』。
ざっくりとした目標ではあるが、ペナルティーにより歴史が一年分進められてしまった以上我々が挑んだ時よりもダンジョンで待つ敵対生物は成長してしまっていると考えるべきだろう。生半可な準備では返り討ちに遭う可能性が高い。でも生活水準を上げるとしても規模の小さなスタ・アトの村ではどの程度までそれを引き上げる事が出来るのか…。
いや、引き上げるよりもまずは確かな形で定着させる方が先か? ううむ…こんがらがって来た。
「あ、おはよーハニー、すんげぇ鳴き声しなかった今?」
「おはようございます誰がハニーだぶっ飛ばしますよ」
「テキビシーー!!」
予想よりも遥かに早く起きたらしい神々廻さんがボサボサの頭でやって来た。
なんでこの人寝起きからこんなにテンション高いのだろう。
「そういやまたスーツにしたんだ…」
なんだか残念そうにこちらを眺める彼。
「これが私の生き方ですので」
「フーン…。オレちゃんにはその世界観は分からないケド、でもカッコイイね、そーゆーのも」
「…どうも」
この姿で毎日を過ごすのが当たり前であったのでまさか褒められるとは思わなかった。後頭部がムズムズする。
所でこれは『一日一回だけ外見をどうこう言う』に含まれるのだろうか。
「いやァ…見事にみんな潰れてるネ」
Tシャツの下に手を入れてボリボリ掻きながら辺りを見回す神々廻さん。
「良くない事が色々続いた、とひろしさんが言ってましたし、皆さんそれぞれ腹に抱えた物があったんでしょうね。それにしても早起きですね? 予想外でした」
「うん、トイレ」
ああ…そうですか…。
「ひろしさんの家の裏手にもあるでしょう…。なんでわざわざこっちの方まで来るんですか…」
「え、トイレの前に散歩するでショ普通?」
どこの世界の普通だ。
「…じゃあもう十分でしょうからどうぞ気の済むまで行って来て下さい」
「イェス・マム」
めんどくさい人はそう言い残し誰のかも分からない家の裏手へ走って行った。御手洗いすらも普通に行けないのだろうか彼は…。
いや、でも【拠点】では星の創生作業で数百年もの間生理現象を止めていたらしいから正しい作法を忘れているのかも…。なんだトイレの作法って。真面目に考えてる自分が恥ずかしい。
爽やかな朝なのに下らない事で悶悶としている内に彼が戻って来た。手は洗ったのだろうか。
おや…? なんだか表情が暗いような…?
「どうかしましたか?」
「みさチュー…、あのさ…」
「何ですか?」
お通じが良かった!とか言い出したら殴ろう。
「CPでトイレ文化作ってもイイ!?」
「はぁ!?」
朝っぱらから半泣きのカミサマが懇願して来た。
…取り敢えず手を洗ってきて頂けませんかね…。
(次頁/41-2へ続く)
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