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メガネスーツ女子と死後?の世界
頁38:疑惑とは 1
しおりを挟む時計が無いので今現在が何時なのかは分からないが、宴の熱もやや飽和状態といった塩梅になって来た感じがする。多分。
酔い潰れて寝転がっている人、寝転がっての休憩から再び復活して飲んでいる人、お墓の前に座って思い出話に花を咲かせている人。皆が思い思いの送別をしていた。
空には月っぽい衛星が煌々と輝き、篝火の光にささやかな明かりを添えていた。ハッキリとは分からないが模様は日本の空で見た物とは何となく違う気がした。まあ模様なんてクレーターの陰影に過ぎないし元の世界の月と同じとは限らない。あの模様に何かしらの物語を付けるのはきっとこの世界の人々なのだろう。
そう言えば、あの月はちゃんと認識出来る。この星の外側にあるせいだろうか?
……と、やけに安定しない足音が近付いてくる。その主は言うまでもないが。
「ぉェぷ…。つ、月が…キレイ…だネ……」
私を利用しようと企み見事に失敗した駄目カミサマが這う這うの体で話し掛けて来る。
その言葉の意味を分かっているのだろうか。多分分かってはいないんだろうな。
分かっていた上での言葉だとしても1マイクロメートルも響かないが。
「お疲れ様です。水でも飲みますか?」
冗談で優し気な言葉を返してあげると彼は全力で首を振って拒絶した。
「いい! いい!! どうせまた不可思議物体なんでショ!!」
そう、この世界では本来ならば日常的に口にする水ですら【辞典】未登録な限り我々には認識する事が出来ないのだ。
「あのサ…どうしてキミ、平気な顔して食べて飲んでしてられるノ…??」
厳密には平気ではない。味や食感は皆無でも物質として確実に内臓の余白を圧迫している。今現在着ている服がスーツでなくて助かった。絶対にウェスト辺りが大変な事になっていただろう。
「気合です」
「ソッスカ…」
ソッス。
何か悟った顔で、少し宴の中心から離れた位置の大きな石に腰掛けていた私の横に並ぶ感じで地面に座り込む神々廻さん。
「どきましょうか?」
「や、ダイジョーブ。そのまま座ってて。………あれ? 私服?? 着替えたの??」
「気付くの遅っ!? 何時間前の話ですかそれ」
「いや…ドタバタしてたからつい…」
確かに、ドタバタはしていた。かなり。
何が珍しいのか分からないが、彼が私をふんふんと見ている。
「スーツのイメージが強いから想像つかなかったけど、スーツ以外だとめっちゃ雰囲気変わるのネ?」
「…そうでしょうか。私だって24時間スーツ着ている訳じゃないですよ」
だからと言って私服が充実していた訳ではないが。外出も最低限しかせず友人もいなかったので普段着のバリエーションなど片手の指で数え切れる程度だった。
「うんうん、やっぱりカワイイね」
「…はぁ!? どこがですかっ」
また始まった…。
「え? ええと、素朴な色合いと素材の組み合わせが」
「『どの点が可愛いのか』を聞いてるわけじゃないです!」
何か前にもあったなこの下り。
「ヤ、ヤ、別に恥ずかしがる事じゃ無くない? 素直な感想を言ったまでなんだケド」
「は、恥ずかしがってる訳じゃ…。その…慣れてないんですよ。女扱いされるの。苦手なんで」
自分が女である事を否定している訳ではないが、私の中では『女』という概念は不貞行為に走った母親を想起させる物となってしまっていた。そのせいで、女でありながら女扱いをされる自分が自分ではない様に思えてしまい、そういう意味では半分近くの『女としての自己』を私は放棄してしまっていた。年齢も相まってその感覚はより意固地に私の中に居座り続けている。
「ふ~ん…。オレちゃんだって嫌われたいワケじゃないから、イヤだ言わないで欲しい!ってンならもうやめるケド…」
「嫌…と言う訳じゃないです。ただ、その辺りの評価については自分でもよく分からないので、出来たらあんまり外見をどうこう言う頻度を下げて頂けると有難いです」
純粋な能力以外の要素で他人と自己を比較した事が無い為、防壁の薄いその辺りを突かれるのは何ともむず痒く居心地が悪かった。普通の同性ならば彼の様な人間に褒められれば素直に喜べるのだろうけれど。
歪んでるな、私。
「ん、分かったヨ。じゃあ一日一回にしておくネ」
「なぜ」
「すいません、突然ですが吐きそうデス」
「待って! ちょ、ここで吐かないで下さい!」
抗議する間も無く、爆弾を吐きますと爆弾発言をした彼の手を取るとなるべく優しく立ち上がらせる。
その様子を見ていたひろしさん(潰れていなかった)が大きな声で言った。
「大丈夫か~あんちゃん~。吐くのもうんこも建物裏手だぞ~」
「だからストレートに言わないで下さい!」
月夜に爆笑がこだました。もう嫌だこのノリ…。
(次頁/38-2へ続く)
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