13 / 114
メガネスーツ女子と無慈悲なる神と終わらない残業
頁07:決意とは 2
しおりを挟む疲労など本来ならば感じる筈が無いであろう彼の体が、長距離走を終えたばかりのランナーみたいに激しく波打っている。
「ど、どう、して……どうしてアンタ平気な顔してんだよォォォォォ!!??」
埃一つ付いていない、乱れもしていないスーツの、付着してもいない汚れを小さな所作で払い落とし、ズレてもいない眼鏡の位置を片手で正す。
「男性と違って女は痛みに強いんですよ。毎月なんで」
「んな馬鹿なぁぁぁぁぁ!!!!」
想像もしない展開にパニックを起こす彼に私は再び歩み寄る。
「ひぁっ、わっ、あ、来るなっ、来るなああぁぁ!!!! うるさい黙れ!!! あ、うわっ…!!」
力を使うという判断も付かず、尻餅をつきながら転がる様に逃げ惑う彼。
何なんだろう、この状況は。まるで私が悪者みたいな扱いをされている。
いや…、彼にとっての【正しき事】を私は私の【正しき事】で圧し潰そうとしているのだ、ある意味その認識は正しいじゃないか。
正義の反対は悪ではなく、また別の正義なのだから。
「落ち着いて下さい。少なくとも今、私はあなたに何もするつもりはありません」
「じゃあ何が目的なんだよォ!!」
「それはもう言いました。私は私が信じる正しさを、あなたの身勝手で危険に晒される人々を守る事で貫きたいだけです。ついでにあなた自身も」
そして何度目かの手を差し伸べる。
「もう取り返しがつかないならばせめて善処しましょう。私が必要ならば手は貸します。だから───」
真正面から、再び彼を見据える。
「行きましょう。自分自身がしでかしたミスの尻拭いに」
あとは彼が決める事だ。それまでは私はもう微動だにするつもりは無い。この手をどう取るか。
これは賭けなのかもしれない。勝敗の既に決まっている───。
「…本当に、オレには何もしないんだな…? 嘘じゃないな?」
あれだけの事をしておきながらよく言う。
しかしそれはぐっと堪えた。…今は。
「あなた次第です」
「……分かったよ」
彼がおずおずと私の手へ自らの手を伸ばす。私は彼の目をずっと見つめていた。だから、もう分かっていた。
やがて我々の手が触れ───
「甘いんだよ!!! ………って、アレ…??」
掴んだ筈の手が消え、引き倒す心算で込めた全身の力が空回りした彼は姿勢を崩す。
しかし倒れそうになった体は地には伏さず、代わりに首に巻きつく腕、そして頭部を掴む手が上体を支える。
勿論、私の腕と手だ。
「押し倒して力ずくで辱めれば後はどうにかなると思いましたか? いかにも男性的で陳腐な発想ですね」
「ひっ…」
彼の背後から、耳元でそっと呟いた。先程のお返しでもあるが。
「ああ、【力】を使おうと思わないで下さいね。それ、もう何となく分かったので」
集中して相手を感じていればどのタイミングで行動に移すかなど、武道をある程度齧っていれば自然と分かる。
超大な力であれど実行に移すまでは結局は人間の思考スピードのままだ。それよりも早く反応できれば制圧は可能である。
「う、嘘吐き! オレには何もしないって言ったじゃんか!!」
呆れた、どこまで自分に都合がいいんだろうか。
「あなた次第、って言いましたよね。もう忘れたんですか? それとも本当に馬鹿なんですか?」
首を深く締め上げ頭を固定しているこの両腕。
当たり前だけど人を殺した事なんか無い。でも、何度も自分が殺されている内に分かってしまった。どこに、どう力を加えたら───
「…! ふざけ───」
「はい」
鈍く重い、命がへし折られる音が無音の空間に響いた。
私は、私の意志で、彼を殺めたのだ。
(次頁/08-1へ続く)
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説


冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる