辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第一章 ガスト辺境領編

4 そんな顔するなよ

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「あー、酷い顔だな」

 翌朝、支度をしようと鏡を覗けば、泣き腫らした目をした情けない顔が映っていた。目の下には濃い隈までできていて、もう最悪だ。

 昨夜、あれからどうにか自分の部屋に戻ると、とにかく全てを忘れたくてキツい酒を煽ってみた。だが、ちっとも酔えず、朝まで悶々と過ごしてしまった。こんな気分でベッドに戻ったら、一生布団から出れなくなりそうだ。

 そうだな……こんな時は、やっぱり身体を動かすに限る。稽古をつけてやると言って何人かぶちのめせば、少しはスッキリするかも。あいつらの相手くらいなら片手で十分だしな。
 
 そんなことを考えながら鍛錬場へ向かったのだが、こんな朝早くから、既に剣を打ち合う音が響いている。
 もう、朝錬が始まってるのか?と、鍛錬場へ足を踏み入れて、目の前に広がる光景に唖然となった。

 辺り一面に、ぶちのめされた騎士たちが転がっている。そして、鍛錬場のド真ん中では、ルシアンが剣を握りしめて怒声を発していた。

「お前たち、もうへばったのか!それでも辺境の精鋭騎士か!もっと根性を見せろ!!」

 これは、いったい何事だ?

 さっぱり訳がわからず立ち尽くしていると、足元の屍がしかばね一体甦って、俺の足に縋りついてきた!

「ロ、ロイド……そっちには行かない方が……」

 なんだ、アンデッ不死者ドかと思ったら、同僚のジェイだった。

「ジェイ、お前……なんでそんなにボロボロになってる?」
「俺にも、何がなんだか……朝練に来たら、いきなりルシアンに捕まってボコボコにされてさ……朝からやけに機嫌が悪いんだけど、お前、何か心当たりあるか?」
「機嫌が悪いって……さあな、何があったのかなぁ……」

 ジェイから目を逸らしても、冷や汗が止まらない。
 ルシアンの機嫌が悪い理由なんて、一つしか思いつかないんだが……

 すると、また、ルシアンの怒鳴り声が響いてきた。

「おい、他に私の相手をする者はいないのか!」

 そこへ、絶妙なタイミングで、ルシアンの前に現れた者がいた。
 あれはクライドか……運のない奴め。

「おはよっす!って、ルシアン団長?お、おはようございます!」
「おう、クライド、いい挨拶だな。お前が来るのを待ちかねたぞ、さっさと剣を構えろ!」
「え、俺ですか……って、うわあっ!」

 クライドは王都でレジーナの補佐を勤め、彼女と共に辺境領こっちに移ってきたばかり。剣は使えるから、心配はないが。おおっ、いきなり突き込まれたのに、上手く防ぎやがった。結構やるじゃないか……と思ったら、力負けして尻餅ついてら。

「クライド、まだ終わってないぞ!それより、お前のアドバイスは、全く役に立たなかったじゃないかっ!おかげで昨夜は散々だっ!」
「えっ、昨夜がどうしたって……うおっ、危なっ!」

 うわぁ、あれは本気でろうとしてるな。
 クライド、お前着任したばかりなのに、いったい何をやらかしたんだ?

「団長、落ち着いて……アドバイスって何のこと?」
「まず酒を飲ませてから甘い言葉を囁けって、そう言ったよな!」
「ああ……そうそう、まずは酔わせないとって……うわあああっ!」
「それから、どこに惚れたか言ってやれってな!」
「普通はそこで上手くいくんですよ……ぶぇっ!」

 うわあっ、今の一撃は脳天にくるぞ。

「それから、優しく触れてやれって?……ふざけるな!あいつに触れたら、大泣きされたじゃないか!」
「それは、俺のせいではないんじゃ……!?」
「黙れっ!!」

 ガツッ!と剣が重なって、二人の間に火花が散った。

「うぉっ、危ねぇ!」
「ちっ、私の剣を悉く受け止めやがって、生意気だぞ!」

 いやいや、そこは腕がいいって言ってやれよ。
 それにしても、さっきから二人で何の話をしてるんだ?

 酒を飲ませて、甘い言葉を囁け……? 
 ん、何だか身に覚えがあるような?
(わからないか、お前を見ているだけで私の胸はこんなに騒ぐ、お前に触れるだけで……)
 そんなことをルシアンが言ってたな……って、いやいや、そんなわけないし!

 それから……どこに惚れたかって?
 それも、確か……
(この傷を見るたび、どれほどお前に愛されているか……)
 いや、いやいや、絶対に違うし!

 それに、優しく触れてやれって……?
 何言ってんだ!いきなり押し倒されて香油をぶちまけられて、ちっとも優しくなんかなかったぞ!
 それに、触れたら大泣きされたって……えっ、まさか!?

  俺のことかよ!

 なんだ、そうか……昨夜のあれは、全部クライドの入れ知恵だったのか。やっと状況がわかったぞ。なぜルシアンの機嫌があんなに悪いのか、なぜ鬼のような形相で部下に八つ当たり……いや、稽古をつけているのか。

 だが、断じて俺のせいではないからな!

 クライド、お前が余計なことを吹き込んだんだな……なんならこの後で、俺が直々に稽古をつけてやろうじゃないか。だがその前に、そこでルシアンにられてしまえ!!

 俺が不敵な笑みを浮かべていると、不意に、爽やかな声がした。

「おはようございます!」

 肩越しに振り向けば、レジーナが明るい笑顔を見せていた。

「今朝の鍛錬、いつもより早く始まったんですか?」
「いや、お前が遅れたわけではないから心配するな。ルシアンが勝手に始めただけだ」
「団長の相手をしているのは、クライドですか? なんだか二人とも凄まじいですねぇ」

 まあな、あいつの場合、完全に自業自得だからな。

「あれ、団長が何か叫んでますけど……『うるさい、まだ振られたわけじゃない!』って、何のことでしょうか?」
「……さあな」

 レジーナ、頼むから、それ以上俺の傷をえぐらないでくれ。

「ああ、あの荒れ具合からすると、お相手に振られちゃったのかな」
「そんな、俺は別に……って、何の話だ?」
「ええ、先日の酒の席で、団長の恋バナで盛り上がったんですよ。そこで、クライドが調子に乗って『好きな相手を落とす方法』ってのを話し出したら、団長が乗り気になっちゃって」

 えっと、お前たちは俺のいないところで何をやってるんだ……

「他人の恋路を酒の肴にするな!まさか、ルシアンは相手のことも白状したのか!?」
「いえ、さすがにそこまでは。でも、みんなで応援しようって言ってたんですけど、あの様子だと振られたっぽいですね……可哀想に」

 可哀想って……

「いや、まだ振られてはいないと思うが……?」
「えっ、副団長は相手を知ってるんですか!?」
「い、いや……ほら、あそこで本人が『振られたわけじゃない!』って叫んでるからさ」
「まあ、そう思いたいんでしょうけど、こればかりは……お相手の気持ち次第ですからねぇ」

 俺次第ってか……ははは。

「まあいいか。それよりレジーナ、俺も腕が疼いてきた。後で相手をしろよ」
「はい!私は副団長の剣を手本にしてますので、喜んで!」
「ん、俺の?」
「はい、手本にするならロイドの剣が良いと……彼がディオンそう言っていたので」

 あぁ、と、俺は懐かしい友の顔を思い出した。

 ディオン・ジュエル。俺と同じく平民から騎士になったあいつとは、兄弟みたいなもんだった。
 黄金こがね色の髪をした男前で、俺とは違って女性にもよくモテた。だが、あいつが夢中になった女性は一人だけ、それがレジーナだった。

 まだ軍に入りたての小娘だったレジーナが、ディオンの隊に配属されて、すぐに二人は恋仲になった。『何だ、部下に手をつけたのか』と揶揄ってやったら、あいつは真面目な顔をして『俺は真剣に付き合ってる。生涯愛するのはレジーナだけだ』なんて言いやがった。
 そしてすぐに結婚。あの賑やかな結婚式が、まるで昨日のことのようだ。

 だが、その後の戦で、あいつは……

「そうだな……ディオンが亡くなってから、随分経ったな」
「もう、五年ですね……毎年お墓に花を供えてくださって、ありがとうございます」

 そうか、もう五年か……あの時の幸せな花嫁は、夫が戦死した後も鎧を脱がずに剣を握り続けた。お前は、そうやって月日をやり過ごして、やっと、そんなふうに笑えるようになったんだな。
 
 俺は思わず手を伸ばして、彼女の頭を軽くポンポンと叩いていた。 

「騎士団とルシアンを頼むぞ」
「はい」

 レジーナが力強く頷いた。

 すると、鍛錬場の方から怒鳴り声が響いてきた。

「ロイド、そこで何をやってる!」
「団長、隙ありっ!」
「え……うわぁああっ!」

 なんと、ルシアンがクライドの剣をまともに喰らって、ものの見事に吹っ飛ばされた。
 銀狼を倒すなんてあり得ないと周囲がざわつく中、吹っ飛ばしたクライドが誰よりも驚いて目を丸くしている。

 あーあ、勝負の最中によそ見なんかするから。

 ルシアンは地面に大の字になって倒れたままだ。部下の手前恥ずかしくて起き上がれないのか?
 まったくしようがないなと、近づいてその顔を覗き込んでみれば、なんとルシアンは白目を向いて気を失っていた。


 ◇
 

「あの程度でくたばるなんて、らしくないな」

 俺は、ベンチの上に横たわるルシアンの傍で、赤く腫れた顎のあたりを氷で冷やしてやる。あの程度、いつものルシアンなら平気でかわせるはずなのに、どうしてまともに顔面に食らうかな。

「訓練中にぼーっとするなんて、何を考えてたんだ?」
「……お前のことだよ」

 そう言って、ルシアンは片腕で顔を隠した。

「昨夜からずっと、お前のことが頭から離れないんだ」
「そんなこと言われても……」

 急に気恥ずかしくなって引こうとした手を、ルシアンが掴んだ。

「もう少し……このままがいい……」

 その弱々しい声を聞いて、浮かしかけた腰をまた下ろす。

「昨夜からずっとお前のことでいっぱいなのに、お前ときたら何もなかったように平気な顔で、女に向かってあんな笑顔……」
「ん?……女って誰だよ?」
「とぼけるな、さっき頭を撫でてたじゃないか!」

 頭を撫でてたって……ああ、レジーナのことか?

「彼女は若くて美人だし。あんなのが好みなのか?」
「ははっ、なんだそれ。まるでヤキモチ妬いてるみたいだぞ?」
「ああっ、そうさ!私が勝手に嫉妬してるだけだ!」

 はぁ?

 驚きのあまり、手にしていた氷を落としてしまった。

「だって、お前、彼女とよく話してるじゃないか……気に入っているのか?」

 そう言われると……まあ、親友の元嫁だからつき合いも長いしな。
 でも、あいつを女として見たことは……ないぞ?

 それに、あいつは今でもディオンのことを想ってる。そのことは嬉しいが、もう戦も終わったんだし、早く新しい相手を見つけて幸せになればいいのにさ。
 まあ、そんなおせっかいは必要なさそうだけど。ほら、あいつ……クライドがレジーナを見る姿が、ちょっと胸にくるんだ。もしかして、俺もあんなふうにルシアンのことを見てたりするのかな……

 そんなことをぼんやり考えていたら、

「やっぱり、女の方がいいのか?」

 ルシアンが怖いほどに真剣な目で俺を見ていた。
 いつもの溢れる自信は影をひそめ、不安そうに俺を見上げている。

 そんな顔するなよ……でも、こんな顔を見せるのは、俺にだけ。 
 身に覚えのない言いがかりでも、嫉妬してるなんて言われたらさ……なんだか胸の奥がくすぐったい。

 でも、そんな気持ちを悟られたくなくて、つい揶揄うような口調になってしまう。

「さては、レジーナの任命書類にまだ目を通してないな。俺の推薦文を添えて、そこに経緯も詳しく書いてあるのに。あれを読んでれば、そんな勘違いなんかしなかったよな」

 そう言って、ニヤッと笑ってやる。
 ちゃんと真面目に書類仕事をしていれば、こんなふうにヤキモチ焼く必要もなかったのにさ。

 すると、ルシアンが拗ねたようにぷいっと横を向いた。

「笑うなよ……私の気持ちを知ってるくせに」

 その横顔が、少し幼く見える。
 昔から、きまりが悪くなると、すぐこんな顔をするんだよな。

「ははっ、拗ねるなって……なぁ、ルシアン?」

 口からぽろっと出たその声が、自分でもびっくりするほど甘かった。

 今のは……俺の声か!?

 途端に首筋がカッと熱くなった。慌てて逃げ出そうとしたが、直ぐにルシアンに腕を掴まれてしまう。
 俺の気持ちなんて、とっくにお見通しだっていうような顔をして……なんだか悔しい。
 
「素直になれよ、ロイド」
「……うっ!」
 
 その藍色の瞳に見つめられているうちに、頭がくらくらしてきた。
 このままだと……ヤバいっ。

 俺は焦って、手を伸ばしてその瞳を覆う。

「お、おいっ! 急に、何するんだ!」
「うるさいっ!」

 だって、そんな顔されたら……キスしたくなる。

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