辺境騎士が、涙を流すとき【完結】

てる

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第一章 ガスト辺境領編

1 そうじゃないんだ

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「ロイド、お前に話したいことがある。今夜私の部屋へ来てくれ」
 
 訓練の後、ルシアンからそう言われて、俺はすぐにピンときた。
 ああ、ついにクビになるのか、と。
 俺はガスト辺境騎士団の副団長……まあ、もうすぐクビになりそうだけどな。
 
 ルシアンは辺境伯の総領息子、そして、俺たち騎士団の団長だ。
 俺とは幼い頃から共に騎士を目指してきた仲。そして、俺たちがようやく一人前に剣を振れるようになった頃、隣国と戦が始まり、俺たちは訳もわからないまま戦場に放り込まれた。無我夢中で戦い続けているうちに、気づけば騎士団の団長と副団長になっていた。つまり、それほど長い間この戦争は続いたってことさ。

 戦場でのルシアンは、いつだって自信に満ちて、俺たちを勝利に導いてくれた。戦いが始まるやいなや、真っ先に敵陣へ切り込み、立ちはだかる敵を容赦なく薙ぎ払った。まるで獲物を狩る獣のように鮮やかに、血塗れになりながら敵を屠る姿に、敵すらも「辺境の銀狼シルバー」と呼んで恐れたんだ。
 そうやって、俺たち辺境騎士団はどうにか国境線を守り抜いて、何年も続いた戦争がようやく終わりを迎えた。隣国と停戦協定が結ばれたのは、ほんの数ヶ月前のことだ。
 
 最後の戦いで勝利を確信した瞬間、俺たちはたかぶる思いにまかせて勝利の雄叫びをあげた。辺り一面に辺境領の旗が翻る中、仲間同士で肩を叩き合い、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら大声を出して……俺たちは勝ったんだ!
 その時、俺の目に映っていたのは、艶やかな銀髪を風に靡かせながら、力強く拳を上げるルシアンの姿。
 あぁ、美しいな。
 俺はそのまま暫く、その姿に見惚れていたっけ。

 俺の銀狼シルバー……俺は、あの光景を決して忘れない。

 その時まで、ルシアンは銀狼となって俺たちを率いてきたんだ。その自信に満ちた笑顔の裏で、どれほどの重圧に耐えてきたことか……それを知っているのは、俺だけなんだ。
 だから、俺は命じられたらどんなに難しい任務だってやり遂げてみせた。すると、あの藍色の瞳が『よくやった』って、俺を見て満足そうに輝くんだ。

 なあ、お前のためなら、こんな命ちっとも惜しくない……俺は、ずっとそう思ってたんだよ。



 カラン……



 ルシアンが手にするグラスの中で氷が溶け、静かな音を立てた。
 俺たちの間の張り詰めた空気が、わずかに震える。
 灯りを消した部屋で、窓から差し込む月の光が淡く、長椅子の上で寛ぐルシアンの横顔を照らす。まるで一枚の絵画を眺めているようだ。
 湯浴みを終えたばかりなのか、銀髪はまだしっとりと濡れていて、素肌に夜着を羽織っただけ。どうして今夜に限ってそんなに艶っぽい格好をしてるんだと、俺の心がうるさくてたまらない。
 
 ルシアンは、俺がこの部屋に入ってきてから、ずっと手の中のグラスを見つめたまま動かない。
 何をそんなに難しい顔をしてるんだよ……緊張で張り詰めた俺の心は今にも爆発してしまいそうだ。
 何だよ、俺をクビにするんだろう?
 もう、覚悟もできてる……頼むから、ひと思いにやってくれ!
 
 もう戦は終わったんだ。ルシアン、お前はこれからこの広大な辺境領を嗣ぐ身で、俺とは身分が違う。もう以前のように気安く付き合うわけにはいかないよな。それに、この負傷した肩では、もう以前のように剣を振るうこともできやしない。こんな役立たずな俺が、いつまでもお前の側にいるわけにもいかないじゃないか。もう後任も決めてある、あとはお前が俺に引導を渡してくれ。

「ロイド……」

 遂に……と覚悟して、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。 

「ああ、なんだよ……」

 ちくしょう、なんでこんなに声がかすれるんだ。

「そうだな……ここのところ戦後処理なんかで忙しくて、お前ともゆっくり話せなかっただろう。これから王都では軍の再編成を行う予定だし、それに合わせて辺境領うちでも騎士団を縮小する方向で……」
 
 ああ、そうだよな。使えない騎士はさっさと追い出せばいいさ。

「だから、今後はお前も……って、聞いてるのか、ロイド?」
「ああ、事情はわかってる。そういうことなら……レジーナが良いんじゃないかな」

 俺が後任に選んだのは、レジーナ・ジュエル。
 戦が終わり王都軍の再編が行われるのをきっかけに、親父どの辺境伯自らが王都軍から引き抜いてきた逸材だ。

 女だてらに大剣を振い、戦場でも強化魔法を駆使して数々の戦功を立て、王都軍の連隊長にまで上り詰めた強者だ。隊をまとめる手腕にも優れ、彼女が率いる部隊はかなり危険な任務をこなしていたというのに、士気も高く、死傷者数も他の隊に比べてずっと少なかった。 
 レジーナなら、どんな場面でもルシアンの助けになるだろう。

 彼女は、もう騎士団うちにもすっかり馴染んでるし、今朝も自分よりも年上の強面騎士たちに向けて、臆することもなく意見をぶつけていた。瞳を輝かせながら、これからの辺境騎士団はどうあるべきかなんて事を捲し立ててさ。目を丸くしたあいつらの顔を思い出すと、今でも笑いが込み上げてくる。

 おかげで俺も、とっくに忘れていた希望ってものを思い出した。真っ直ぐに未来を見つめているあの瞳が、とても眩しかった。美しい銀狼の隣に並ぶのは、彼女のように希望に満ちた若者が相応ふさわしいんだろうな……こんな、草臥くたびれ果てて捻ひねくれてしまった俺のような男じゃなくてさ。

 なのに、ルシアン……なんでそんなに不満そうな顔をしてるんだ?

「ロイド……まさか、お前、レジーナのことが気に入ってるのか?」
「ああ、もちろん気に入ってるさ」
 
 だから、俺の後任に推薦してるんだが?
  
「ルシアン、お前だってレジーナのことを気に入ってたじゃないか」
「いや、それは騎士として素質があるって意味で」
「なら、レジーナでいいじゃないか」
「いや、ちょっと待て、レジーナはもうお前の申し出を受け入れたのか?」 
「いや、まだだけど?お前の承認をもらってから話をしようと思ってたから」
「お前とレジーナの話に、なんで私の承認が必要なんだか……とにかく、私は絶対に許さないぞ!」
 
 おいおい、なんでそんなに強く反対するんだよ!?
 
「おい、待てよ、レジーナの何が問題だ?戦功も十分上げてきたし、隊をまとめてきた実績だってある」
「いや、そういうことじゃなくて、私の気持ちが……とにかく、簡単には受け入れられない!」
 
 ええっ、なんだか面倒くさいな……でも、ここであっさり引くわけにもいかないし。
 
「まあ、団長のお前が気に入らないっていうなら仕方ない。でも、彼女なら親父辺境伯どのの評価も高いし、副団長として俺の後任にはうってつけだと思ったんだがな」

 そう言った途端、ルシアンが驚いたように大きく目を見開いた。

「えっ、後任? それは、お前の代わりに彼女が副団長になるということか?」
「だから、さっきからそう言っているだろう!」
「なんだ、そうか……彼女は美人だし、お前とは親しいようだったから、てっきり……ははっ、そうか、後任の話か……」
「何を勘違いしてんだよ。とにかく、新しい副団長にはレジーナが適任だと思うけど、どうだ?」
「レジーナか……いいんじゃないか」
 
 ようやく話が通じたと思ったら、呆気ないほどあっさりと了承された。 
 いくら覚悟していたとは言え、これはちょっとキツイな。もしかして、俺は心のどこかで『ロイド、お前が必要だ』って、そう言ってほしかったのかな。

 俺は拳を強く握りしめた。そうすることで、胸の奥に感じた鈍い痛みを和らげようとしたのかも知れなかった。
 
「承知した。じゃあ早速、明日から引き継ぎを始める。目処が立ったところで、俺の退団届を出すよ……じゃあ、これで」
 
 俺は礼をするふりをして俯いた。早く立ち去らないと、この場で泣き喚いてしまいそうだ。
 
「退団って……おいっ、どこへ行く?」
「どこって、もう話も済んだことだし、部屋に戻るよ。 でも、副団長って重荷も降ろせたからな……今夜は酒場にでも出かけて、朝まで呑んだくれようかな」
「おい、ちょっと待てって!」 

 急いで部屋を出ようとしたら、焦ったような声で引き留められた。
  
「祝い酒ならここで飲んで行けよ。ほら、ちょうどここにお前の好きな銘柄もあるから」
 
 おい、勘弁してくれよ……俺のなけなしのプライドまでここに置いて行けっていうのか。
 それでも俺は、お前に命じられたら逆らえない……

 俺はルシアンが座る長椅子の前に膝をついて、酒を注いでもらおうと空のグラスを差し出したが、いくら待っても酒が注がれる気配がない。
 どうしたのかと思って顔を上げると、ルシアンが少し苦しそうに唇を噛み締めながら、じっと俺を見下ろしていた。
 
「どうしたんだ? 俺の退団を一緒に祝ってくれるんだろう?」
「ロイド……そうじゃないんだ!」

 突然、ルシアンに胸ぐらを掴まれ、強引に抱き寄せられた。
 俺の手から滑り落ちた空のグラスが、柔らかな絨毯の上で音も立てずに転がってゆく。

「そんな簡単に、お前を手放せるわけがないだろう!」
「おいっ、いきなり……えっ?」

 文句を言おうとして顔を上げると、藍色の瞳がゆっくりと迫ってきた。
 妖しくゆらめくその瞳に、俺は思わず息を呑んだ。

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