ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

184話 君臨の日(1)

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 アリアをデウスプリズンの一部屋に運んでから、僕は自分の書斎で眠りについた。
 深く意識が落ちた先で、また夢を見た。ここ最近、かなりの高頻度で夢を見ている。その大半は思い出したくもない過去の悪夢だ。
 僕は闇の中で、真っ逆さまに落下していた。翼で飛ぼうとしたが、なぜか動かせない。
 闇の中を落ちていく間、あらゆる悲劇の光景がゾエトロープのように流れはじめ、僕の周りで回り続ける。
 神々の死体と、舞い散る灰。クロウとの戦闘で致命傷を負ったアリア。アリアを助けようとする僕。どうにもできず暴れ出したアリアに殺された、一人の運び神。僕の前に立ち塞がったクロウと、彼を殺すように命じたアイリス様。
 悲劇はデミ・ドゥームズデイに留まらない。神隠し事件も、生誕祭の騒動も、アイリス様やトゥリヤが殺された事件の記憶も一緒に流れ込んでくる。シファやノーファ、そしてミストリューダの預言者を名乗る存在といった、神々の敵の姿も浮かび流れていく。
 落下する僕の周りで流れ続けるのは、今まで僕が見てきた悲劇と脅威のすべてだった。

(生きている限り、悲劇からは逃れられないとでも言いたいの? 戦い続けなければ、悲しいまま終わるだけなんだって。そんなのわかってる、邪魔しないでよ)

 僕は目を閉じ、耳も塞いだ。悲劇に背を向けたのだ。ただ、翼にはどうしても力が入らず、落下は止まらなかった。
 ずっとずっと落ちて、どこまでも落ちて、どこに辿り着くのかすらわからなかった。落ち続けるならいずれ地面に辿り着くかもしれないと、淡い期待を抱いていた。
 やがて、落ちている感覚が消えた。落下が収まったのだと思い、目を開けて耳を塞ぐのもやめた。

『もう泣かないで。お姉ちゃん、どうしたらいいかわかんなくなっちゃう』

 塞ぐのをやめた耳から、声が聞こえてきた。どこか懐かしいような、女の子の声だ。
 聞こえた方向には、二人の子供の後ろ姿が見えた。僕と同い年くらいの長い銀髪の女の子と、アッシュブロンドの短い髪の小さな男の子だ。二人の前には二つの棺があり、男の子はその棺のうち一つに縋りついて、肩を震わせていた。

『お父さん、お母さん……どうして、僕と姉さんを置いて行ったの……?』

 男の子の声は涙ぐんでいた。心なしか、僕の声によく似ている。けれど、この光景には何の覚えもなかった。
 女の子は自分の弟らしい彼に寄り添って、小さな身体をそっと抱きしめた。

「クリス。これからは、私と二人で生きていきましょう。大丈夫よ、あなたはお姉ちゃんが守ってあげる」

 とても、奇妙な夢だった。こんな記憶を経験したはずはないのに、こちらも泣きたくなるほどの懐かしさを覚えている。
 だが、その夢もここで終わりのようだった。僕の身体は浮遊感に包まれて、やがて視界が白く染まっていく────



「────うわああぁぁっああぁぁ!?」

 目覚めたとき、頭と背中に走った激痛で叫び声を上げてしまった。普通にベッドで眠っていたはずなのに、なぜか僕の身体は机の椅子の背に、逆さまにもたれかかるようにして転がっていた。
 何が起きたのかわからず呆然としていたが、後頭部と背骨があまりにも痛いので、身体を動かして起き上がろうとした。

「テメェェェ!! あいつはどこだああぁぁ!!」

 誰かが書斎に怒鳴り込んできて、僕の片足を掴んで引っ張り上げた。寝間着姿の僕を片手で掴み上げたのは、薄い金色の髪がぼさぼさにしたままこちらを睨むアリアだった。

「アリア!? 何するんだい、離してよ!?」
「うるせぇ!! クロウはどこに行った、答えろ!!」
「知ってるわけないでしょ! 今起きたばっかりなのに────」

 まだ答えている途中で、視界がぐるんと回った。吐き気が込み上げたと思ったら、身体が浮き上がって壁に激突した。そのまま床に落下したとき、アリアによって壁に投げつけられたのだと気づいた。
 幸い出血するような怪我はしていないが、目が回っているし身体の激痛もしばらく消えなさそうだ。僕を壁に投げつけた本人は、書斎から走り去っていく。

「アリア、逃げないでください! ……お兄様!」
「待ってよヴィー! ってわあああああ!!」

 ヴィータの叫び声とともに、なぜかアスタの悲鳴まで聞こえてきた。僕は倒れているせいで書斎の外の様子がわからないのだが、何度も壁に何かがぶつかる音が聞こえてくる。その上、デウスプリズン全体が揺れて軋んでいるような感じがした。

「うわー、なんか前よりひどい暴れっぷりだね……」

 また書斎に誰か入ってきたと思ったら、呆れ顔のユキアだった。床に伸びてしまった情けない姿を見られ、僕の口から長いため息が出る。

「なんでデウスプリズンにいるんだい。見てたなら助けてよ」
「間に合ってたらよかったけどね。私はアスタと一緒にヴィータから呼ばれて来ただけ」

 ユキアが僕に近づき、そっと手を差し伸べてくれた。腕にも痛みは残っていたが、普通に動かせたので彼女の手を取った。腕を引かれたことで、なんとか立ち上がることができた。

「それよりクリム、いっそのこともう準備しちゃいなよ。終わったら一緒に繁華街行こう」
「は、繁華街? 何の用事?」
「今日はステラの即位式よ、忘れたの? アーケンシェンは必ず出ろってカトラスさんに言われてたじゃない」

 ユキアに詰め寄られるまで、すっかり忘れていた。
 今日は、アイリス様の後継者であるステラが最高神の座に即位する日だ。正確にはもう即位している状態と言っても過言ではないらしいが、事件の詳細を知らない神々に向けた表明が必要だという理由で行われる。アイリス様たちの葬儀が終わってまだ間もないが、これからの情勢も考えて早めに即位式を執り行う事が決まっていたのだ。

「ごめん、完全に忘れてた……」
「まあ、アリアの件でそれどころじゃなかったんでしょ。仕方ないわね」

 とりあえず、一度着替えたいのでユキアには書斎の外で待っててもらうことにした。普段着に着替えて必要なものを準備している間も、書斎の外は騒がしく何かがぶつかる音が聞こえ続けている。
 着替え終わったところで、書斎を出る。ユキアは僕が書斎から出てきたことに気づき、すぐに僕についてきた。

「そういや、アリアはどうなったんだい?」
「そこで伸びてるよ」

 ユキアが何気なく指さした先には、また気絶させられて床に倒れ伏したアリアの姿があった。ヴィータが澄ました顔でアリアの背中に座っており、アスタはアリアのそばに座り込んでいた。なぜか、アスタの服が埃まみれになっている。

「それにしても、アリアはなんでこんなに暴れたのさ? ボク、何もわからないままヴィーに呼ばれたんだけど」
「あとできちんと説明します。そうだお兄様、今日はわたしと一緒にデウスプリズンにいてください」
「えーっ、なんでぇ!? ボクはユキと一緒に即位式に行く予定だったんだけど!?」
「今まで以上にデウスプリズンを厳重に守らなくてはいけないんですよ。二人も、用事が終わったら一度ここに戻ってきてくださいね。今後の話をしたいので」

 元々、僕はデウスプリズンで情報整理をするつもりだったので、何も問題はない。ユキアは少し不満そうな顔をしていたが。

「クリム、繁華街に行くならティアルとカルデルトにも少し話しておくのはどうですか? アリアの所在くらいは伝えておいた方がよろしいかと」
「うん、そのつもり────」
「そういうことなら、早く行こう!」

 一瞬で気を取り直して笑顔になったユキアが、僕の手を若干乱暴に握ってデウスプリズンの外に引っ張ろうと力を込める。

「ユキー!? ボクも連れてってよ!?」
「あんたはあとで会えるでしょ! ヴィータの言うこと聞いてなさい!」

 ユキアがアスタに向かって叫んだ直後、僕の手を引いて走り出す。いきなり引っ張られてよろけそうになりながらも、僕もユキアと一緒に走った。デウスプリズンの出口から外へ飛び出し、すっかり雨の上がった青い空の下へ走った。

「そうだ。クリム、私の新しい力見せてあげる!」
「え?」

 ぎゅっと手を握る力が強まったので、僕も無意識に握り返した瞬間だった。ユキアの身体が勢いよく飛び上がり、空中へ浮かび突き進んでいく。
 驚くことに、僕は翼を広げる隙もないまま、ユキアの手を握って空を飛んでいたのだ。当の本人に翼はなく、魔法か何かで浮遊しているのは間違いなかったが、こんな力を持っているとは聞いていない。

「なっ、な……!? 翼もないのにどうして飛べるんだい!?」
「いつの間にか使えるようになってたの。もう『戦女神化』しなくたって空は飛べるもんねー、あははっ」

 ユキアは無邪気に笑いながら、自分の方に僕を抱き寄せた。僕の方がユキアよりも若干小柄ないせいか、軽々と抱え込まれてお姫様抱っこの状態にされた。見た目に寄らず腕っぷしも強くなっている気がする。
 僕は、なぜこんな状況になってしまったかを考えるよりも先に、ユキアの調子のよさに少し懸念を抱いた。

「あまり調子に乗らない方がいいよ、ユキア。なんだか心配になってきた」
「何よ。まさかあんた、私の成長に嫉妬してんの?」

 とりあえず、自分で飛びたかったので翼を広げ、ユキアから離れた。これで肩身の狭い思いをせずに済む、と安堵する。

「君が羨ましいのは事実だよ。僕にないものをたくさん持ってるから」
「それはあんたにも言えることでしょ。アーケンシェンという特権階級とか、翼とか……今は持ってないらしいけど固有魔法とか!」
「……なんで知ってるの? 言った覚えはないはずだけど」
「ティアルが言ってた」

 たまに、ティアルはこのように余計なことを教えることがある。まあ、僕とアリアの固有魔法がなくなったことは百年前から知っている者も多いし、今更口止めすることでもないけれど。
 ……先日聞いた神についての真実を、ユキアは知らない。というより、話せないでいる。
 自分たちは神だと信じていたところに、本当は人間の死体から生み出されただけの存在だなんて話したら、きっと彼女は傷つく。神と人間は似ていると考えているなら、自分の出自を疎むだけに留まらず、アイリス様のこともさらに恨むかもしれないから。



 即位式の会場は、何も問題がなければ白の宮殿で開催する予定だった。しかし、先日の事件で宮殿が襲われた際にあちこち破損しており、宮殿自体は崩れていないものの安全とは到底言えない状態になっている。
 なので、即位式自体は繁華街の大通りの真ん中で執り行うことになった。大通りの真ん中には仮で用意された白い大理石の演台が設置されていて、すでに多くの神々が身を寄せていた。
 僕とユキアは、人だかりの多い式場から少し離れたところに降り立つ。

「あ、ユキアおねーちゃーん!」
「ステラ? ……って、どうしたのそのドレス!?」

 人だかりの中からステラの声が聞こえてまもなく、いつもと違う服装の彼女がこちらに駆け寄ってきた。
 ユキアよりも若干薄い金の髪はいつも以上に手入れされていて、水色のシルクでできたドレスを身にまとっていた。見たことのない青いアクセサリーも着けていて、前よりも随分と大人びていた。片手には、アイリス様がかつて握っていた金色の杖がある。

「カトラスさまが用意してくれたの。大勢の神の前に出るから着飾った方がいいって。どうかな、おねーちゃん?」
「なんだか大人っぽくなったし相変わらず可愛いよ! ね、クリム?」
「あ、うん。綺麗だと思う」

 いきなり感想を振られたので軽く答えてしまったが、ステラは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 そんな中、人だかりの中からドコドコドコと素早すぎる足音が聞こえた。音がこちらに近づいてきているような気がすると思ったら、人だかりの中の神々を何人か跳ねのけた黒髪の執事が血眼で走り寄ってきた。

「ステラ様あああぁぁ!! どこに行かれていたのですか!! もっとその麗しい姿を拝ませてくださ────」
「アルバトスうるさいっ!!」

 ユキアが怒鳴りながら、アルバトスの腕を掴んで投げ飛ばした。大人の身体を魔法なしで地面に叩きつけるなど、魔法に頼り切りの神にはほとんどできない芸当だろう。僕もユキアに若干恐怖を覚えた。
 ステラは慌てて地面に伸びたアルバトスに駆け寄っていった。彼は大した怪我もしておらず、打った背中をさすりながら起き上がった。

「わわわっ、アルト!? 大丈夫!?」
「いだだだ……くそっ、ユキア! いつからそんな馬鹿力を手に入れたんだ!? 俺を投げ飛ばせるとか師匠かよ!?」
「それよりアルバトス、ステラに恥かかせるような真似しないで! このままだとステラに嫌われるわよ!?」

 腰に両手を当てたユキアがそう言った瞬間、アルバトスはこの世の終わりと言いたげな愕然とした顔つきになった。口をあんぐりと開けた状態で、今度は攻撃もされていないのに倒れ伏した。
 アルバトスが何かぶつぶつ言っているようだが、僕はここで暇を持て余しているわけにもいかない。

「……ユキア、僕はティアルとカルデルトのところに行ってくる」
「こっちのこと放っておいてよかったのに、律儀ねぇ。いってらー」

 朝の二の舞にはなりたくないし、さっさとユキアの元から離れることにした。演台のある方角には鍛冶屋もあるので、恐らくカトラスさんもいるだろう。
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