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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

178話 雨降る空と永の別れ(2)

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「クリムー」

 話が終わった後、僕はアイリス様の墓の前に立ち尽くしていた。そこに声をかけてきたのは、オーシャンブルーの傘を差したユキアだった。アスタと一緒にいるわけじゃないようだ。
 当然ながら、彼女も周りと似たような黒いワンピースを身にまとっている。髪を結ぶリボンも黒い。

「何か、顔怖いよ」
「……最近よく言われるよ。こういうときの僕って、どういう顔してるんだい?」
「自分で鏡でも見てみなさいよ。私が言えることじゃないけど」

 ユキアは、いつもは見せないような悲しい顔をしていた。僕の隣にやってきて、アイリス様の墓の前に立つ。
 アイリス様の墓の周りには、生誕祭の事件や今回の騒動で命を落とした神々の墓が並んでいる。ナターシャやレイチェルさん、そしてトゥリヤの分の十字架も作られ、花も捧げられている。

「……ねぇ、クリム。トゥリヤはどうして私たちを裏切ったの?」

 少しためらいがちに尋ねられ、僕は言葉に迷った。トゥリヤがミストリューダに加担した理由には、ユキアも関係している。
 でも、彼女ももう大人だ。真実を伝えるべきだろう。意を決して、彼女の目を見た。

「トゥリヤは、十年前……君とメアに起きた事件の真相を知っていた。彼はナターシャの動向を監視して、機会があればその復讐をしようとしていたんだ」
「なんで? トゥリヤは私や他の子と何の関係もないじゃない」
「昔、トゥリヤやティアル、カルデルトが子供たちの世話をやっていた時期があるんだよ。今はもうやっていないんだけどね」

 このキャッセリアという街が作られたばかりの頃は、グレイスガーデンという学校すらなかった。だから、グレイスガーデンを作る前は当然、神を教育できる先生もいなかった。その代わりを担っていたのがあの三人だったから、僕よりも遥かに面倒見が良いし子供慣れしている。
 おまけに、トゥリヤは生まれた頃から子供の見た目のままだ。性格も相まって、幼い子供たちへの思い入れは強い方だったと思う。
 
「そんな奴が、どうしてミストリューダなんかの味方をしたのよ……ジュリオもナターシャ先生も、トルテさんもそう。あいつらは世界を滅ぼそうとしているのに……!!」

 ユキアは僕から目を逸らして俯き、肩を震わせていた。僕も彼女の言いたいことはわかる。だけど、物事はそこまで単純ではない。
 ミストリューダが崇める存在についてある程度聞かされているからこそ、僕たちは裏切り者たちの行いが間違っていると判断できる。全員が全員間違っていたというより、彼らは自らの願いを一番大切にしていたのだと思う。
 世界の存亡を揺るがすかもしれない謎の存在を崇めて願いを叶えてもらったとて、幸せになれるとは僕は思えないけれど。

「ここまで来たら、理由を知っても意味をなさないよ。みんなの死を無駄にするわけにはいかない。僕たちが頑張らなきゃいけないんだよ」
「……わかってる。私たちも、アイリスから託されたもの」
 
 そういえば、ユキアはカトラスさんたちと合流するために僕とは別行動をとっていたが、その先にはアイリス様もいたはずだ。

「ユキア。アイリス様の最期は、どんな感じだった?」
「……聞く相手を間違ってるわよ。私がアイリスのこと嫌いだったの、知ってるでしょ?」

 聞くまでもないことだった。遺体の惨状を見れば、死に様は大体想像がつく。
 結局、僕は最後までアイリス様に本当の気持ちを突き通せなかった。それに比べ、ユキアは幼少時から確固たる意志を貫く力があった。

「ユキアは僕よりも立派だよ。アイリス様に、自分の正直な気持ちをためらいなく伝えられたんだから」
「全部バカ正直に伝えればいいってもんじゃないわよ。そのせいで、ひどい目に遭ったんだから」
「それでも、僕は君を尊敬しているよ」
 
 率直な気持ちを伝えると、ユキアは「そう」とだけ答えた。
 彼女と頻繁に話すようになってまだ半年も経っていないというのに、僕にとってユキアは親しみやすい存在になっていた。僕は一般神の上に立つ者の一人であるというのに、怖気づくどころか気さくに話しかけてくる。人間と大して変わらぬ見た目と振る舞いだから、まるで人間の友達ができたような気分になる。

「今だから正直に言うけど。最初は私、クリムのことあんまり信用してなかったんだ。冷酷な断罪神って言われてたし、メアのこともあったしね」

 意外にも、申し訳なさそうな顔で切り出してきた。僕はどう振る舞えばいいのかわからなくなり、ユキアから目を逸らす。

「だから、何回も僕に突っかかってきたわけか」
「それとこれとは別。でも、神隠し事件のときに人間の箱庭まで来てくれて、本当はすごくいい奴なのかもって思えたんだ。アイリスがそんなの許すはずなかったから。その後も、色々な事件で親身になってくれたしね」

 僕はやるべきことをやっただけだ。実際に犠牲者も出ている中で褒められるようなことなど、何もできていない。何を言われても、自分自身の未熟さを思い返してしまう。

「私はクリムたちと色々やるの、結構好きだし楽しいよ。私はあんたたちより遥かに年下だけど、友達だと思ってるから」

 再びユキアの顔を見たら、ニコリと笑いかけてくれた。その様が、雨の中で眩しく見えた。そして、事件ばかりが続く物騒な世の中でも希望を見出だせるユキアを、とても羨ましく思っていることに気づく。

「そういえば、アリア見かけないけど、具合でも悪かったの?」
「────っ!」

 やはり、アリアが参列していないことに気づいていたようだ。ユキアはかなり後ろの列にいたはずなのに。

「私、人間の箱庭で見ちゃったんだ。アリアが鬼みたいな形相で、シファに襲いかかっていたところ」

 傘の持ち手を握って、ユキアは唇を噛み締めている。何も知らない者からしたら、暴走した状態のアリアの様相は異常と言わざるを得ないものだ。
 ユキアに対しては、もう隠す必要もないだろう。

「アリアは、デミ・ドゥームズデイで致命傷を負った。その後遺症で、常に暴走状態にある。今まで普通に見えていたのは、アイリス様のおかげだったんだ」
「そう……でも、あいつはもう」
「ああ。リミッターを解除した状態でアイリス様が亡くなられたから、アリアを落ち着かせることができるひとはもういない。ここからは、僕がどうにかするつもりだよ」

 僕の言葉を聞き終わり、ユキアは傘を持っていない片手で頭を支え、やれやれと首を振った。
 
「クリムって、アリアのこと嫌いなのかと思ってたよ。あいつ、ノインのショタコン版じゃない」
「ユキアが知っているアリアはリミッターで作られた人格だからね。このことだって、百年くらい調査し続けてやっとわかったことなんだよ」
「あんた、なんでも一人でどうにかしようとするところあるわよね……」

 大げさに呆れているようだが、僕にとってはこれが当たり前のことであった。こうやって仲間に心の内を明かすことはかなりの勇気を必要とすることだからだ。
 でも、このやり方はあまりよくないのだろうと、最近は思い始めている。もっと仲間を頼ることを覚えるべきかもしれない。

「そういえば、ユキアじゃなくてステラが最高神になったんだね」

 墓場の近くの草地に人だかりができていた。その真ん中には、アイリス様が持っていた杖を握ってにこやかに振る舞うステラと、大げさに拝み倒すアルバトス、滝のように涙を流してステラを抱きしめるノインの姿があった。他にもセルジュや、シュノーやレノ、オルフ君とルマンさんの姿もある。
 ユキアよりも若い彼女がアイリス様の後を継いだなんて、アーケンシェンも一般神のみんなもかなり驚いたはずだ。そもそも、「最高神代替候補プラエパラトゥス」の存在を知らない多くの神からしたら、幼い子供がいきなり最高神に君臨するなんて信じられない話だろう。

「だって、私は最高神になるべき器じゃないもの。アイリスのことが大嫌いなのに後を継ぐなんて、暴動が起きるわ」
「まあ、アイリス様に直談判するくらいだしね」
「あんたねぇ……それに、ステラが自分から最高神になるって望んだの! 私が押し付けたとかじゃないから!」

 ユキアの性格上、妹分である彼女に重大な責務を無理やり背負わせることはしないだろうから、きっとそうだろうと考えていた。ステラもアイリス様の死で傷ついているだろうに、とても強い子だと思う。

「そうだ。クリム、暇なときでいいから私の鍛錬手伝ってよ」

 話題が変わったと思ったら、ユキアがいきなりそんなことをお願いしてきた。

「そういえば、生誕祭の前にかなり張り切ってたみたいだね。でも、他に適任がいるんじゃないのかい」
「ほら、私とあんたって同じ片手剣使いじゃない。他にも色々考えた結果、クリムが一番適してると思ったの」

 言われてみれば、ユキアも僕も片手で剣を握って戦うタイプだ。力量も、ユキアの方がだんだん僕に追いついてきたように思える。
 強くならなくてはいけないのは、他でもない僕の方だ。それでも、彼女は僕の実力を信じているみたいだった。

「だからさ。私に手伝えることがあったらなんでも言っていいからね」
「……なんでも?」
「いや、だから。余程のことがない限り隠し事するなって話! 私たちは『厄災』から世界を守る仲間なんだから!」

 変なところで意地を張るのがおかしくて、吹き出しそうな笑みがこぼれた。いきなり笑った僕を、ユキアは不思議そうな目で見ている。

「僕でよければ付き合うよ。先に言っておくけど、神々を統率するアーケンシェンとして手加減はしないからね」
「むしろ、全力でかかってきなさいよ。本気を出したあんたに負けるようじゃ、神と人間が共存する世界は実現できないんだから!」

 意気揚々と告げた笑顔は輝いている。気高く誓う彼女の姿が、かつてのアリアと重なったような気がした。
 彼女の気高さが失われることなく、どこまでも突き進めますように────僕は密かに、そう望んでいた。
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