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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」
172話 選定の時(1)
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*
身体が痛い。それ以上に心が痛い。私を包み込んでいた力が抜けている……戦女神化が切れてしまったようだ。
うつ伏せに倒れた身体を起こす。砕けた結晶の欠片が辺りに散乱していて、気をつけて起き上がる必要がありそうだ。
でも、散らばっていたのは結晶の欠片だけではない。見慣れたストロベリーブロンドの長い髪が、赤く染められた状態になって断ち切られていた。
髪の毛を辿っていった先に、首から上と身体が分離した何かが転がっているのが見えてしまった。
「アイ……リス……」
私は、アイリスの生首に見つめられていた。血の気を失ってもなお、目の前の誰かに助けを求め続けているように思える。
アイリスは最期に何かを伝えようとしていた。声は聞こえなかったから確証はないが、口の動き方から少しだけわかってしまった。
今まで、すまなかった────私には、そう言っていたように見えた。
「大丈夫か、ユキア」
名前を呼ばれてはっとする。慌てて振り返ると、カトラスさんが気を失ったアリアを抱えた状態で、フラフラと私に近づこうとしていた。
「カトラスさん!? ノーファの星幽術に巻き込まれたはずじゃ」
「正直、油断していたわい。ルナステラが結晶を砕いてくれなかったら、わしも危なかったかもしれん」
カトラスさんの後ろには、ステラが立っていた。アイリスの杖を強く抱きしめながら、声を上げて泣いている。
「ごめんなさい、ごめんなさいカトラスさま!! わたし、余計なことを……!!」
「何を言っておる、ルナステラ。お主のおかげで、わしもアリアも窒息せずに済んだのじゃぞ」
アイリスに手を伸ばしたとき、固有魔法を詠唱する声が聞こえた。ステラのおかげで、辺りを埋め尽くしていた結晶が全部砕け散ったわけだ。
ステラの固有魔法は、必ずしも狙った効果を出せるものではない。結晶が砕ける以外の効果が出たとしても、アイリスを助けられるかどうかはわからなかった。
「って、ちょっと待って! アイリスが死んだってことは、ナターシャ先生が……!」
「む、もしや下の階に誰かおるのかえ?」
「セルジュさんとジュリオが危ないですよ!!」
最上階に来てからあまり時間が経っていないし、まだ戦っていると思う。ナターシャ先生が「最高神選定者」になったら、予測不可能な事態になるかもしれない────
「うふふ、あはははははッ!! ローゼマリー、見ているかしらぁ!? あなたの娘も息子も、ようやく一人残らず殺せたわ!!」
頭に響く甲高い声が、空間全体に響き渡った。天井を仰いだ状態で高笑いする者が、一人いた。
忌々しい気持ちがどんどん膨らみ、私は真っ白な鬼畜を睨みつける。
「何笑ってんのよ、ノーファ」
「あらぁ、怒っちゃったかしらぁ? だけど、あなたたちが悪いのよ! 我らが神の望む世界を拒絶したのだから!!」
穏やかに笑っているのが常だったはずのノーファは、今や狂ったように笑っていた。空っぽの両手を広げ、私たちに訴えかけるように叫ぶ。
「元はといえば、この世界の創造主が始めた叛逆だったのよ! ユキア、あなたたちは回り回った罪を償うために生まれたと言っても過言じゃないわ!」
「ややこしいことばっか言うな!! あんたは自分の罪を償う側でしょうが!!!」
今まで出会ったどの敵よりも許せなかった。多分、私の怒鳴り声は今までで一番激しいものだと思う。
最高神選定者を止めなければ、セルジュさんやジュリオ、ステラまで犠牲になる。下手すれば────私も。
これ以上殺されてたまるもんか。生命を何とも思っていない奴らに屈したくなんかない。
「おい、ノーファ。弟の存在忘れんなよ」
最上階であるこのフロアに唯一繋がる階段から、クロウリーが顔を出した。どうやら、少しの間だけ螺旋階段に身を隠していたようだ。
「ねえ……さん……」
ひょいと飛んでフロアに戻ってきたクロウリーは、藍色の装束の子供──シファを横脇に抱えていた。クロウリーはほとんど傷ついていないのに、シファの声はかなり掠れていて、鮮血をだらだら流し続けていた。
そんな彼を、ノーファは冷たい眼差しで見遣ったように見えた。
「その程度で音を上げるなんて雑魚ね。やっぱり、あなたは出来損ないの観測者だわ」
甘くあどけない声は小馬鹿にしたものに聞こえた。クロウリーによってフロアに投げ出され、シファがうめき声を上げる。
それから、クロウリーは厳しい顔をノーファへ向ける。
「ノーファ。オマエが可愛い顔した残虐女なのは今に始まったことじゃねぇが、弟がこんなになって平然と笑える女だとは思ってなかったぞ」
一瞬、ノーファがきょとんとした様子で首を傾げる。だが、すぐに口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべた。
「シファなんてどうでもいいわ。わたくしは弱者に興味ないの。観測者にとって大切なものは血の繋がりなんかじゃない、真なる神であるヴァニタス様だけなのよ!!」
敵でありながら、シファが気の毒に思えてしまった。家族を蔑ろにしてまで、真なる神とやらに傾倒できる姉の心境がまったく理解できない。
「ユキア、ルナステラ! お主ら二人で、次の最高神を決めるのじゃ!」
白銀の鉄槌を召喚したカトラスさんが、私たちの前に立ち塞がる。名を呼ばれた私とステラは、ほとんど同時にええっと叫んだ。
「ま、まさかこの場で!? セルジュさんたちも候補なのに!?」
「アイリスが死んだ以上、あらゆる面で一刻の猶予もなくなりつつある! 最高神選定者が起動したとて、新たな最高神さえ決まれば止まる! それにデウスプリズンの封印が────!」
言葉が終わる前に、シファがカトラスさんに向かって金色のカードを飛ばした。カトラスさんはアリアを素早く置き、鉄槌によってカードを叩き潰す。黒い結晶でできた翼を展開したシファが、カトラスさんへと突っ込んだ。
「姉さんの邪魔をするな! 腹立つんだよ、このクソジジイ!!」
「貴様こそ……わしの妻を屠っておきながらのうのうと生きおって!!」
鉄槌を容赦なく叩きつけ、小さな身体が激しく損傷する。いくら傷つけられても再生し続け、何度もカトラスさんに攻撃を仕掛けては鉄槌で吹き飛ばされる。
姉にどうでもいいと言われてなお、あんなボロボロになってまで戦おうとするなんて……。
「無駄よ。新たな芽が出ようと潰すまで!」
「ユキアにチビガキ! 早く決めないと全員死ぬぞ!!」
かつては敵だったはずのクロウリーまで、カトラスさんと一緒に私たちを守ろうと戦い始める。
私かステラ、どちらかがアイリスの後を継ぐ。今まで微塵も想像したことがなかったのに、いきなり決めろだなんて勝手すぎる。
「おねーちゃんは、アイリスさまの後を継ぎたい?」
アイリスの持っていた金色の杖を握りしめながら、私に聞いてきた。
ステラはまだ神幻術も発現していない子供で、最高神の荷を背負わせるには重すぎることはわかっている。
でも、私はアイリスのことが嫌いだ。小さい私に冷たい言葉を浴びせたくせに、どうにもできなくなった最期になってから謝るなんて。
本当は、今更だと言いたかった。幼い頃に受けた傷は、簡単には治せない。
「……私、ステラに責任を押し付けるようなことはしたくない。どうしていいかわからないよ」
こうしている間に、すべてが悪い方向へ進んでしまう。
ねぇ、アイリス。今更謝罪なんていらないから、せめて役立たずと呼ばれない神になる方法を教えてほしかったよ────
縋るような思いで、ステラの持つ金色の杖を握ったら────その一瞬で、眩しい光が周囲に解き放たれた。
「な、なにっ!?」
私とステラが握る杖を中心にして、世界があっという間に白い光に包まれたような気がした。
真っ白な世界が、少しずつ色づいていく。どこまでも広がる青い空、白い雲、緑の大地────そこに色とりどりの花々が咲き誇り、蝶や鳥が自由に飛び交っている。
まるで、物語に出てくる天国のような場所だ。寒い場所にいたはずなのに、とても暖かく感じた。春の香りに包まれて、横たわったらつい眠ってしまいそうだ。
「おねーちゃん、ここはどこ?」
ステラは私の隣に立っていて、私の手をしっかりと握っていた。一人にさせなかったことに、少しだけ安堵する。
「……待って! ステラ、杖は!?」
「ふえぇ!? な、なくなってる!? なんで!?」
私とステラが握ったはずの杖が、忽然と姿を消していた。暖かな空気とは真逆に、背筋が凍りそうになる。
「ごきげんよう。迷っていたみたいだから、つい呼んでしまったわ」
私たちの前に、大人の女性が声をかけてきた。姿を見た瞬間、とてもよく知る面影があるとわかった。長く美しいストロベリーブロンドと金色の瞳、煌びやかなティアラと柔らかな桃色のシルクのドレスが印象的な、女王様のようなひとだ。
私たちが持っていたはずのアイリスの杖は、彼女が持っていた。杖を地面について佇む様は不思議なくらい似合っていて、気高い雰囲気をまとっていながら儚い存在に見えた。
「あ、あの! 私たち……」
「この杖のことでしょう? 大丈夫よ。元々は私のものだったとはいえ、今は持つべきひとが他にいるからね。話が終わったらきちんと渡すつもりよ」
ということは、この女性はアイリスより以前の杖の持ち主なのだろう。私が思うよりもずっと、歴史の深いアイテムみたいだった。
女性は杖を片手に、ドレスの裾を摘まんで礼をした。
「自己紹介しておかないとね。私はローゼマリー・アストライア。初代デウスガルテン最高神とも呼ばれた、古代神よ」
「し、初代!? ということは」
「この世界……デウスガルテンがまだ砕けていなかった、神と人間が共存していた古代の最高神よ」
開いた口が塞がらなかった。まさか、この目で実際に初代最高神を見ることができる日が来るなんて思わなかった。
現代において、彼女についての記録はほとんど見つけられなかった記憶がある。だからどのような見た目だったのかも不明だった。もしアイリスが幼女じゃなくて大人の姿だったら、きっとローゼマリーさんのような美しい女性になっていたかもしれない。
「ここにあなたたちを呼んだのはね。あなたたちのどちらかに、私たちの跡を継いでほしいからなの」
「えっ……それじゃあ、最高神選定者というのは?」
「私はこの杖に魂だけ宿っている状態だから、詳しく知らないの。多分、アイリスちゃんが作った保険みたいなものじゃないかしら。本当に次の最高神を決める人物がいなくなってしまったら、収拾がつかなくなっちゃうもの」
ローゼマリーさんは苦笑いしながら言うけれど、正直笑い事じゃない気がする。アイリスのせいではないとはいえ、私たちは実際に殺されかけたわけだし。
ちょっと楽天家っぽいというか、雰囲気がふわふわしているひとだと感じた。
身体が痛い。それ以上に心が痛い。私を包み込んでいた力が抜けている……戦女神化が切れてしまったようだ。
うつ伏せに倒れた身体を起こす。砕けた結晶の欠片が辺りに散乱していて、気をつけて起き上がる必要がありそうだ。
でも、散らばっていたのは結晶の欠片だけではない。見慣れたストロベリーブロンドの長い髪が、赤く染められた状態になって断ち切られていた。
髪の毛を辿っていった先に、首から上と身体が分離した何かが転がっているのが見えてしまった。
「アイ……リス……」
私は、アイリスの生首に見つめられていた。血の気を失ってもなお、目の前の誰かに助けを求め続けているように思える。
アイリスは最期に何かを伝えようとしていた。声は聞こえなかったから確証はないが、口の動き方から少しだけわかってしまった。
今まで、すまなかった────私には、そう言っていたように見えた。
「大丈夫か、ユキア」
名前を呼ばれてはっとする。慌てて振り返ると、カトラスさんが気を失ったアリアを抱えた状態で、フラフラと私に近づこうとしていた。
「カトラスさん!? ノーファの星幽術に巻き込まれたはずじゃ」
「正直、油断していたわい。ルナステラが結晶を砕いてくれなかったら、わしも危なかったかもしれん」
カトラスさんの後ろには、ステラが立っていた。アイリスの杖を強く抱きしめながら、声を上げて泣いている。
「ごめんなさい、ごめんなさいカトラスさま!! わたし、余計なことを……!!」
「何を言っておる、ルナステラ。お主のおかげで、わしもアリアも窒息せずに済んだのじゃぞ」
アイリスに手を伸ばしたとき、固有魔法を詠唱する声が聞こえた。ステラのおかげで、辺りを埋め尽くしていた結晶が全部砕け散ったわけだ。
ステラの固有魔法は、必ずしも狙った効果を出せるものではない。結晶が砕ける以外の効果が出たとしても、アイリスを助けられるかどうかはわからなかった。
「って、ちょっと待って! アイリスが死んだってことは、ナターシャ先生が……!」
「む、もしや下の階に誰かおるのかえ?」
「セルジュさんとジュリオが危ないですよ!!」
最上階に来てからあまり時間が経っていないし、まだ戦っていると思う。ナターシャ先生が「最高神選定者」になったら、予測不可能な事態になるかもしれない────
「うふふ、あはははははッ!! ローゼマリー、見ているかしらぁ!? あなたの娘も息子も、ようやく一人残らず殺せたわ!!」
頭に響く甲高い声が、空間全体に響き渡った。天井を仰いだ状態で高笑いする者が、一人いた。
忌々しい気持ちがどんどん膨らみ、私は真っ白な鬼畜を睨みつける。
「何笑ってんのよ、ノーファ」
「あらぁ、怒っちゃったかしらぁ? だけど、あなたたちが悪いのよ! 我らが神の望む世界を拒絶したのだから!!」
穏やかに笑っているのが常だったはずのノーファは、今や狂ったように笑っていた。空っぽの両手を広げ、私たちに訴えかけるように叫ぶ。
「元はといえば、この世界の創造主が始めた叛逆だったのよ! ユキア、あなたたちは回り回った罪を償うために生まれたと言っても過言じゃないわ!」
「ややこしいことばっか言うな!! あんたは自分の罪を償う側でしょうが!!!」
今まで出会ったどの敵よりも許せなかった。多分、私の怒鳴り声は今までで一番激しいものだと思う。
最高神選定者を止めなければ、セルジュさんやジュリオ、ステラまで犠牲になる。下手すれば────私も。
これ以上殺されてたまるもんか。生命を何とも思っていない奴らに屈したくなんかない。
「おい、ノーファ。弟の存在忘れんなよ」
最上階であるこのフロアに唯一繋がる階段から、クロウリーが顔を出した。どうやら、少しの間だけ螺旋階段に身を隠していたようだ。
「ねえ……さん……」
ひょいと飛んでフロアに戻ってきたクロウリーは、藍色の装束の子供──シファを横脇に抱えていた。クロウリーはほとんど傷ついていないのに、シファの声はかなり掠れていて、鮮血をだらだら流し続けていた。
そんな彼を、ノーファは冷たい眼差しで見遣ったように見えた。
「その程度で音を上げるなんて雑魚ね。やっぱり、あなたは出来損ないの観測者だわ」
甘くあどけない声は小馬鹿にしたものに聞こえた。クロウリーによってフロアに投げ出され、シファがうめき声を上げる。
それから、クロウリーは厳しい顔をノーファへ向ける。
「ノーファ。オマエが可愛い顔した残虐女なのは今に始まったことじゃねぇが、弟がこんなになって平然と笑える女だとは思ってなかったぞ」
一瞬、ノーファがきょとんとした様子で首を傾げる。だが、すぐに口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべた。
「シファなんてどうでもいいわ。わたくしは弱者に興味ないの。観測者にとって大切なものは血の繋がりなんかじゃない、真なる神であるヴァニタス様だけなのよ!!」
敵でありながら、シファが気の毒に思えてしまった。家族を蔑ろにしてまで、真なる神とやらに傾倒できる姉の心境がまったく理解できない。
「ユキア、ルナステラ! お主ら二人で、次の最高神を決めるのじゃ!」
白銀の鉄槌を召喚したカトラスさんが、私たちの前に立ち塞がる。名を呼ばれた私とステラは、ほとんど同時にええっと叫んだ。
「ま、まさかこの場で!? セルジュさんたちも候補なのに!?」
「アイリスが死んだ以上、あらゆる面で一刻の猶予もなくなりつつある! 最高神選定者が起動したとて、新たな最高神さえ決まれば止まる! それにデウスプリズンの封印が────!」
言葉が終わる前に、シファがカトラスさんに向かって金色のカードを飛ばした。カトラスさんはアリアを素早く置き、鉄槌によってカードを叩き潰す。黒い結晶でできた翼を展開したシファが、カトラスさんへと突っ込んだ。
「姉さんの邪魔をするな! 腹立つんだよ、このクソジジイ!!」
「貴様こそ……わしの妻を屠っておきながらのうのうと生きおって!!」
鉄槌を容赦なく叩きつけ、小さな身体が激しく損傷する。いくら傷つけられても再生し続け、何度もカトラスさんに攻撃を仕掛けては鉄槌で吹き飛ばされる。
姉にどうでもいいと言われてなお、あんなボロボロになってまで戦おうとするなんて……。
「無駄よ。新たな芽が出ようと潰すまで!」
「ユキアにチビガキ! 早く決めないと全員死ぬぞ!!」
かつては敵だったはずのクロウリーまで、カトラスさんと一緒に私たちを守ろうと戦い始める。
私かステラ、どちらかがアイリスの後を継ぐ。今まで微塵も想像したことがなかったのに、いきなり決めろだなんて勝手すぎる。
「おねーちゃんは、アイリスさまの後を継ぎたい?」
アイリスの持っていた金色の杖を握りしめながら、私に聞いてきた。
ステラはまだ神幻術も発現していない子供で、最高神の荷を背負わせるには重すぎることはわかっている。
でも、私はアイリスのことが嫌いだ。小さい私に冷たい言葉を浴びせたくせに、どうにもできなくなった最期になってから謝るなんて。
本当は、今更だと言いたかった。幼い頃に受けた傷は、簡単には治せない。
「……私、ステラに責任を押し付けるようなことはしたくない。どうしていいかわからないよ」
こうしている間に、すべてが悪い方向へ進んでしまう。
ねぇ、アイリス。今更謝罪なんていらないから、せめて役立たずと呼ばれない神になる方法を教えてほしかったよ────
縋るような思いで、ステラの持つ金色の杖を握ったら────その一瞬で、眩しい光が周囲に解き放たれた。
「な、なにっ!?」
私とステラが握る杖を中心にして、世界があっという間に白い光に包まれたような気がした。
真っ白な世界が、少しずつ色づいていく。どこまでも広がる青い空、白い雲、緑の大地────そこに色とりどりの花々が咲き誇り、蝶や鳥が自由に飛び交っている。
まるで、物語に出てくる天国のような場所だ。寒い場所にいたはずなのに、とても暖かく感じた。春の香りに包まれて、横たわったらつい眠ってしまいそうだ。
「おねーちゃん、ここはどこ?」
ステラは私の隣に立っていて、私の手をしっかりと握っていた。一人にさせなかったことに、少しだけ安堵する。
「……待って! ステラ、杖は!?」
「ふえぇ!? な、なくなってる!? なんで!?」
私とステラが握ったはずの杖が、忽然と姿を消していた。暖かな空気とは真逆に、背筋が凍りそうになる。
「ごきげんよう。迷っていたみたいだから、つい呼んでしまったわ」
私たちの前に、大人の女性が声をかけてきた。姿を見た瞬間、とてもよく知る面影があるとわかった。長く美しいストロベリーブロンドと金色の瞳、煌びやかなティアラと柔らかな桃色のシルクのドレスが印象的な、女王様のようなひとだ。
私たちが持っていたはずのアイリスの杖は、彼女が持っていた。杖を地面について佇む様は不思議なくらい似合っていて、気高い雰囲気をまとっていながら儚い存在に見えた。
「あ、あの! 私たち……」
「この杖のことでしょう? 大丈夫よ。元々は私のものだったとはいえ、今は持つべきひとが他にいるからね。話が終わったらきちんと渡すつもりよ」
ということは、この女性はアイリスより以前の杖の持ち主なのだろう。私が思うよりもずっと、歴史の深いアイテムみたいだった。
女性は杖を片手に、ドレスの裾を摘まんで礼をした。
「自己紹介しておかないとね。私はローゼマリー・アストライア。初代デウスガルテン最高神とも呼ばれた、古代神よ」
「し、初代!? ということは」
「この世界……デウスガルテンがまだ砕けていなかった、神と人間が共存していた古代の最高神よ」
開いた口が塞がらなかった。まさか、この目で実際に初代最高神を見ることができる日が来るなんて思わなかった。
現代において、彼女についての記録はほとんど見つけられなかった記憶がある。だからどのような見た目だったのかも不明だった。もしアイリスが幼女じゃなくて大人の姿だったら、きっとローゼマリーさんのような美しい女性になっていたかもしれない。
「ここにあなたたちを呼んだのはね。あなたたちのどちらかに、私たちの跡を継いでほしいからなの」
「えっ……それじゃあ、最高神選定者というのは?」
「私はこの杖に魂だけ宿っている状態だから、詳しく知らないの。多分、アイリスちゃんが作った保険みたいなものじゃないかしら。本当に次の最高神を決める人物がいなくなってしまったら、収拾がつかなくなっちゃうもの」
ローゼマリーさんは苦笑いしながら言うけれど、正直笑い事じゃない気がする。アイリスのせいではないとはいえ、私たちは実際に殺されかけたわけだし。
ちょっと楽天家っぽいというか、雰囲気がふわふわしているひとだと感じた。
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