ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

163話 失敗作の足掻き

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 *

 身体のあちこちが痛みを発していた。特に頭が痛い。硬く冷たい石造りの床に、私は転がっていた。
 とても狭い、四角い空間で目を覚ます。床の冷たさと冷え冷えとした空気で自然と肌寒くなってしまう。
 気を失う前、私は何をしてたっけ。トゥリヤが神幻術を使おうとして、ティアルに「逃げろ」って言われて……アスタをデウスプリズンに連れて行こうとして……。
 私、今どこにいるの?

「ん、んん……あれ? ユキア、目が覚めたんですか?」

 転がった状態だから首を動かし、声の正体を探る。一番近くの壁に、誰かが座り込んでいるのが見えた。片翼の翼の女の子……じゃない、男の娘がいる。

「セルジュさん!? 今までどこにいたの!?」
「ああ……すみません。街でにーさんを探してたら、捕まっちゃったんです。バカですよね、ぼく」

 セルジュさんがにへら、と笑ってみせる。なんだか泣きそうになっているみたいで、いたたまれない。
 そういえば、「戦女神化」を発動させていたはずなのに、姿が元に戻っている。だいぶ時間が経っているらしい。

「セルジュさん、お兄さんがいるの?」
「はい。ジュリオにーさんといいます。デミ・ドゥームズデイで行方不明になっていたんですが……生誕祭のとき、再会することができたんです」
「そうなの? よかったじゃん!」

 家族の再会なんて、喜ばしいことだと私は思っていた。彼も笑っていたけれど、やっぱり悲壮な雰囲気は隠しきれていない。

「でも……ぼくが知らない間に、にーさんは『組織』の一員になってしまっていました。ぼくたちを裏切ったんです」
「え? 組織?」
「生誕祭で街を混乱に陥れた奴らのことです。ここはどうやら、『組織』の隠れ家の一つのようで。ぼくもこんな状況なので、詳しくはわかっていないのですが」

 セルジュさんが腕を動かそうとすると、ジャラジャラと金属同士がぶつかる音がした。後ろ手に拘束されているらしい。
 ────今気づいたけど、私もほとんど同じ状態だった。

「何よこれ、誰がやったの!?」
「お、落ち着いてください! 今すぐ脱出は難しいです、タイミングを窺わないと……」

 両腕を動かそうとしたが、動かない。固い素材でできた手枷で後ろ手に拘束されており、床に転がった状態のまま天井を見上げたら、石造りの天井から鎖がぶら下がっていた。あまりにもふざけた状況だ。
 セルジュさんと話していたとき、一人分の足音が近づいてくることに気づいた。息を殺して様子を見ていると、扉の鍵が開く音がした。

「ああ、起きてたんだ」

 入ってきたのは、黒いローブの人物だった。声からして……多分、リコリスと呼ばれていた奴だ。
 だが、彼女が牢屋に入ってきたことより驚いたことがあった。黒いローブに包まれた脇腹に、気を失ったステラが抱えられていたのだ。

「────ルナステラ!? 他のみんなと一緒にいたんじゃなかったんですか!?」
「他のひとがさらってきたのを預かったんだ。元々みんな連れ去る予定だったしね」

 ステラを私の目の前に放り投げ、自分は黒いローブを掴んで脱ぎ捨てた。その姿にも、私たちは驚かされる。
 紫のメッシュが入った黒い長髪と、赤く鋭い瞳、赤い装飾がついた黒をベースにした装束……それは、私がグレイスガーデンに通っていた頃よく見た人物だ。

「ナターシャ先生……あなたがリコリスだったのね」
「こんな状況になっても、まだ先生って呼んでくれるんだ。まあ、一応私の方がずっと長生きしてるし、妥当だけどね」

 だけど、私が知っているナターシャ先生とは人柄が違って見えた。極端なほど物静かだと思っていたのに、今はハキハキとした喋り方だ。
 今となっては怒りしか湧かない。ステラを乱暴に扱ったのは、今が初めてじゃないとわかったからだ。

「先生は、幼い頃から私のことを『失敗作』って思ってたのね。私のときと同じように、ステラのことも失敗作呼ばわりするんだ」
「そうだよ。ついでに言うと、昔グレイスガーデンに捨てられたジュリオとセルジュのことも、失敗作だって思ってたよ?」
「な……なんで……ぼくはともかく、にーさんまで……」

 確かに、グレイスガーデンには世話神のいない子供が暮らせるフロアがあった。セルジュさんとジュリオも、昔はグレイスガーデンに暮らしていたということだろう。
 先生がいつから生きているかは知らないが、多分二百歳は超えていると思う。その間、ずっと特定の神を「失敗作」と呼んでいたと思うと……虫唾が走る。

「あなたたちは、お母様の後を継ぐことになる『最高神代替候補プラエパラトゥス』……並の一般神よりも神としての潜在能力が高く、将来的に強力な神になる可能性がある」
「……プラエパラトゥス? なによそれ、聞いたことない」
「ぼ、ぼくもそんな言葉初耳です」

 ナターシャ先生は、アイリスのことをずっとお母様と呼んでいるらしい。そういうひともいないわけじゃないが、結構珍しい気がする……いや、そんなことはどうでもいい。
 先生は呆れたようにため息をついて、私たちを見下ろした。

「そりゃそうよ。お母様の死後、公平な選定で決められるように誰が候補なのかは秘密にするって決まりだったんだから。でも、ただの失敗作たちがお母様の代わりになるかもしれないなんて、私許せない」

 この場にいる私たちが────アイリスの代わり? 選定、とか言うくらいだから、最高神となれるのは一人だけなのか。
 つまり、私が最高神になる可能性がある、ということ? 信じられるわけがない。
 そもそも、ナターシャ先生は最高神でもアーケンシェンでもない。私が知っている限り、私と同じ一般神であるはずだ。なぜそんな重要なことを知っているの?

「もうこの際、ジュリオは後回しでいい。時間がない、早くやらなきゃ……!」

 ナターシャ先生の手が、私へとかざされる。その手に、黒々としたメイスが召喚された。

「っ、〈ルクス・ブラストブレイク〉!」

 系統魔法を唱え、光の爆発でナターシャ先生を止めようとした。だが、何も起きない。
 唖然とする私を見下ろして、先生は醜い笑みを浮かべてきた。

「無駄だよ。その手枷、『固有魔法』でしか壊せないの。固有魔法すら発現していない最低最悪の失敗作には壊せないよ、あははっ!」
「なら────『アダマンタイト・マニピュレーター』!!」

 真っ白な魔力が解き放たれ、セルジュさんの片翼を溶けた金属が補った。生えた金属の翼が振るわれ、セルジュさんの手枷を破壊した後、メイスを弾き飛ばした。
 セルジュさんは立ち上がって白いクロスボウを構え、私とステラの前に立ち塞がった。

「……失敗作が失敗作を庇うんだ? 滑稽だね」
「ぼくのことはどう言おうと構いません! でも、ユキアやルナステラを……未来ある後世の子供たちを傷つけることだけは、許さないです!!」
「うん、私の目的はその後世の子供を潰すことだからね。許されようが許されなかろうが、やるに決まってるじゃん」

 ナターシャ先生は苦笑いしながら、弾き飛ばされたメイスを拾い上げて振りかざす。セルジュさんは屈んで回避し、そのままナターシャ先生の元へ走り込んで光の矢を打ち込んだ。
 矢がナターシャ先生の頬を掠り、血が飛んだ。先生がメイスを振りかざすも、硬い翼を振るうことでメイスを防いでいた。
 やはり、魔特隊第一小隊隊長というだけあって、戦闘力は確かなものだ。

「ぐっ……その金属の翼さえ封じてしまえば! 『オブリビアス・ストリング』!」

 先生が片手をかざし、紫の光を生む。光からピンと張った糸が一本飛び出し、セルジュさんへ向かって放たれる。横へ回避するものの、金属の翼の一部に糸が当たり、羽先が数本切り落とされる。

「あばばばっ!? なんですかそのワイヤーっ!?」
「避けられるもんなら避けてみなよ。自分と、そこの失敗作たちが切り刻まれないようにね」
「うぅ……!」

 糸自体はセルジュさんに当たらないものの、糸が着弾した部分に平気で穴が開いたり、壁に当たった糸で引き裂かれたような傷が生まれていく。いつか私やステラに当たるのではないかと気が気でない。
 セルジュさんは固有魔法を使えた。ステラだってそうだ。でも、私は────
 そうだ! 「戦女神化」なら、きっと────

「〈Valkyrjaヴァルキュリア〉!」

 魔力とアストラルを必死で集めるも、動く気配がない。唯一希望が見えた力さえ、使うことができない。
 私の様子にふと目を向けた先生が、嘲笑っているのに気づいた。

「だから言ってるでしょ。お母様からいただいた『固有魔法』しか使えないって。例外なんてない、あなたに勝ち目はないの」

 ナターシャ先生の狙いを、なんとなく理解した。これは、他でもない私を絶望させるためだけの仕掛けだったのだ。
 奥歯を噛み締めることしかできなかった。このひとは、どれだけ「失敗作」の存在を許したくないのか。

「ま、ここは弱者から潰した方が確実だね。〈AstroArtsアストロアーツ〉」

 メイスを一旦下ろし、ナターシャ先生が詠唱する。
 これだけでは目に見えた変化はないけれど、確信した。黒いローブを羽織った奴らは、全員アストラルの使い手なんだ。

「セルジュさん、気をつけて!」
「清らかなる死人花、我が愛を喰らい黒赫狼となれ、『《Lycoris Predatorリコリス・プレデター》』」

 先生の周囲に赤い霧が漂った。狭い牢屋を満たすほどの霧が濃く満たされていく。だが、目の前が真っ赤になったのはほんの少しの間だけだ。
 私たちの前に、赤黒い毛の狼が現れた。真っ赤な目を血走らせ、他でもない私に向かって噛みついてきた。

「がはっ────!?」

 狼はガルガル吠えながら、私の肩に深く噛みついてくる。血が出てくる、なんてものじゃない。おびただしい量の血が冷たい床に流れていく。
 血の池が広がるにつれて、意識が朦朧としてくる。変な汗までかき始めるし、身体が尋常じゃないほどに痛み出す。ただの動物に噛みつかれるくらいじゃ、こんな症状は起きない。
 そこで、私はこの狼がナターシャ先生の星幽術によって生み出された怪物だということを思い出した。

「っ、ユキア!」
「よそ見しないでよ。『オブリビアス・ストリング』」
「ぐぅっ!?」

 セルジュさんが私の名を呼んですぐに、ナターシャさんの糸が三本に増えた。セルジュさんに絡みつき、切り裂きはしなかったものの手際よく彼を拘束する。
 その間も、私は狼に喰われていた。逃げ出そうにも、身体から力と温度が抜けていくばかりだった。

「うふふ、ねぇユキア、今どんな気分かなぁ? 失敗作のまま終わるって、すっごく惨めでしょ?」

 ナターシャ先生が恍惚とした顔で私を見下ろしている。口から出るのはうめき声ばかりで、何も言い返せなかった。
 弱者から狙う、と言っておきながら、ステラではなく私を狼に襲わせた。今ならその理由がわかる。
 私なんて、固有魔法が発現しないまま大人になった。アイリスにとって、私は最低最悪の失敗作ではないのだろうか。先生がそれも加味しているのかはわからないが、徹底的に潰そうとしている。

「助けを期待したって無駄だよ。断罪神も、あの子供たちも、ここを突き止めることはできない」

 私の心を見抜いているのが、とてつもなく腹が立つ。そんなもの期待していない、そう訴えるべく先生を睨みつけた。
 だんだん、痛みを感じなくなってきた。自分の中に何かが流れ込んでくる。それは、得体のしれない力。人間をいとも簡単に崩壊させる力。
 いつかの箱庭の人々のように、私は黒炭のように崩れ落ちてしまうのだろうか? そんなの、嫌だ。

 ────大丈夫だ。あとは俺に任せて、少しだけ眠ってろ。

 脳裏に、声が聞こえた。私へ笑いかける憧れのひとの姿とともに、意識が落ちる。
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