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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

158話 謎の薬

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「やべっ。ジュリオ、隠れるぞ」
「そうですね」
「え? ちょっと、二人とも!?」

 突然、クロウとジュリオが路地裏に逃げ込んだ。僕も追いかけようとしたときだった。

「あっ、クリム! やっと来たのかよ!」

 宮殿方面から走ってきたのは、戦斧を肩に担いだ茶髪の少年だった。僕を目にするとすぐに駆け寄ってきて、息を切らしている。
 彼を見てすぐに、先日のカフェでの騒ぎを思い出した。

「シオン!? いつ正気に戻ったんだい!? というか、行方不明になっていたはずじゃ」
「細けぇ話はあとだ! それより、めちゃくちゃ大変なことになったんだよ! どうにかしてくれ!」

 大声で僕に訴えてくるが、状況がまったく掴めない。今まで向こうがどのような状態だったのかさえわかっていないのだ。

「バカだな、寝ぐせ男。そんな説明じゃ誰も理解できない」
「うわぁ!? いつの間についてきてたのかよチビ女!?」

 シオンの背後から、シュノーがひょこっと顔を出した。大げさに飛び上がるシオンだったが、水色の髪を揺らして近づいてくる彼女は、とても深刻そうな顔をしていた。

「クリム。宮殿も安全じゃなくなった。なんか黒い奴らが襲ってきて、アイリス様がさらわれたんだ」
「アイリス様が!? 他のみんなは無事なのかい!?」
「カトラスさんとアリアが追ってる。あとはみんな散り散りになった。ノインとかレーニエとか、無事な子もいるけど、アルトがルナステラを連れて逃げようとしたらこっちも襲撃を受けて……」
「そんな……」

 予想以上に深刻な状況だった。さっきステラを助けようとしたときには、アルバトスの姿がなかった。恐らく怪我を負ったせいで、ステラと離れ離れになってしまったのだろう。
 僕の足は自然と宮殿に向かおうとしたが、シュノーに「やめた方がいい」と肩を掴まれ止められる。

「もう、あそこは放棄されたも同然だ。今更行ったって何も変わらない」
「どうしてそう言い切れるの? まだ奴らがいるかもしれないじゃないか」
「ううん、アイツらはすぐに姿を消した。多分、中庭のゲートを使ったんだ」

 箱庭に行くことができる、一方通行のゲート。僕たちキャッセリアの神には使うことができず、クロウやミストリューダの構成員には使うことができる。ミストリューダの構成員は元々僕たちと同じだったはずなのに、この違いは何だ?

「ティアルとユキアはどこに行った? クリムは知ってる?」

 彼女曰く、ティアルはユキアたちと一緒に行方不明者の捜索に出かけていたらしい。シュノーたちは襲撃を受けるまで宮殿にいたから、ユキアたちに何があったのかも知らないのだろう。

「ユキアも奴らからの襲撃を受けて誘拐されたらしい。ティアルのことはわからない」
「あの子まで……トゥリヤも見かけないし、一体どうなってるんだろう」

 依然としてトゥリヤの行方はわかっていないようだ。最高神生誕祭の間も必要以上に姿を見せないまま、彼は失踪してしまった。何も言わずに姿を消すなんて、今までなかったはずなのに。
 彼は彼で、問題に対処できていればいいのだけど。

「おーい、そんなところで何やってんだ? 早くグレイスガーデンに避難しろ」
「あっ、カルデ。ソルも」

 カルデルトもいつの間にか回復していたようで、きちんと生き延びて僕たちの前に現れた。無事が確認できて、少しだけ安心する。
 その背後から、ソルもついてきていた。カルデルトと一緒なんて珍しいな、と思う。

「グレイスガーデンはただの学び舎じゃないか。防御とか心許ないと思うんだけど」
「もう他に適した場所がないんだよ。すでに何人かは避難している。責任者不在なのが気がかりではあるんだがな」

 そう。グレイスガーデンの管理者であるナターシャさんまで姿を消しているのだ。ここまで来ると、もうほとんど選択肢が残されていないということが如実に示されているように思える。

「カルデ。あれについての調査は終わったのか?」
「ああ……それが、すっかり証拠が消えちまっててなぁ。確かに暴走してたって話だったんだがな」

 カルデルトがやれやれ、と腰に手を当ててため息をついた。これだけの会話では、何のことかよくわからない。

「あれって何のことだい?」
「前、クリムに小瓶を渡したことがあったでしょ。ユキアから受け取らなかった?」
「……『薬』のこと?」

 シュノーから言われて思い出した。神隠し事件が終結したばかりの頃、紺色に近い液体が付着した空っぽの小瓶を神隠し事件の証拠品として預かったのだ。

「それがどうかしたの?」
「寝ぐせ男とソル、他にもいきなり暴走した神が出てきたでしょ。あの現象、起きたのは初めてじゃないかもしれないって」

 まさか、とは思いつつ耳を傾ける。
 シュノーがソルに目配せをすると、彼はこくりと頷いて僕に目を向けてきた。

「神隠し事件での話なんだけど、シュノーがいきなり暴走してユキアやセルジュに襲いかかったことがある。あれは、シュノーが小瓶の中の液体を飲んだせいだったんじゃないかと思ってね」
「それは僕も調べたよ。ヴィータに調査してもらったけど、付着した液体にはアストラルが含まれていたことが判明してる」
「そう。つまり、シュノーは薬を飲んだことで黒幽病になった状態だった。どうして薬を飲んでしまったかまでは覚えていないんだけど……カルデルトは実際にシュノーやレノの身体を調べていたから、ある程度予想はしていたんでしょ?」

 ソルがカルデルトへ振ると、彼は少しそわそわした様子で「おう」と頷いた。
 シュノーが「しばらく戦えない」と言っていたのは、カルデルトが彼女の状態を知っていたゆえにドクターストップをかけていたからだ。本人は言いつけを守っているように見えなかったけど。

「……言いたいことはなんとなくわかった。シオンとソルも、かつてのシュノーと同じ状態になってたんでしょ」
「えぇ!? クリム、今ので話の流れわかったのかよ!?」
「さっきまで、カフェで提供されていたスイーツについて調べていたからね。あれにもアストラルが含まれていたから。でも、証拠が消えてたってどういうことだい?」
「そのままの意味だ。軽度であれ重症であれ、黒幽病を患った神には必ずアストラルの残滓が残る。いくらアストラルを除去したところでな。だが、シオンとソルにはそれが残っていなかった。まるで、最初からアストラルが身体に入っていなかったみたいに」

 そんなこと、あり得るはずがない。二人は一度、組織側に回ったような状態に陥ったはずなのだ。それが、痕跡すら残さず元に戻るなんて。
 誰かの魔法によるものと考えるのが妥当だが、アストラルを除去する力を使えるのはアスタやヴィータくらいだ。アスタは重傷を負って一度動けなくなっているし、ヴィータはデウスプリズンを離れられない。今までどこにいたのかわからない二人を元に戻す余裕なんてなかったはずだ。
 じゃあ、一体誰が?

「まあ、何はともあれ元に戻ったことだし、大変なことになっちまったから働かせるけどな」
「うん。グレイスガーデンの方には怪我人がいっぱいいるし。クリムはまだやることがあるんでしょ? シュノーたちは行くことができないから」
「カトラスさんとアリアもあいつらを追ってる。合流して対処した方が得策だろうから、頑張ってくれ」

 カルデルトが僕に背を向けて、片手をひらひらと振りながら歩き去っていく。シュノーも親指を立てて見せてから、彼の後を追っていった。
 シオンとソルも同じようにすると思ったのだが、シオンが「あっ」と声を上げた。

「そうだクリム! ユキアに伝言してほしいんだけど」
「え?」
「オレたちはキャッセリアにいるから。いつぞやみたいに、寝たきりみたいになって帰ってきたら叩き起こしてやるからなって、言ってくれるか?」

 お調子者のイメージが強いシオンの顔は、とても真剣なものだった。二人は病み上がり同然だし、幼なじみが心配することしかできないとわかっているのだろう。
 ユキアはとても若い神だけど、僕が持ってないものをたくさん持っている。真っすぐで諦めの悪い彼女を失いたくはないし、少しでも希望を持っていてほしい。

「わかった。それより、メアもグレイスガーデンにいるんでしょ? 言動には気をつけなよ」
「げっ!? もしかしてオレたち、知らない間にやらかしたか!?」
「うーん……ユキアが帰ってくる前に、メアに全力で謝らないと命が危ないね」

 どうやら、ユキアに冷たい言葉を浴びせたことを覚えていないようだ。
 少し迷ったが、思い出させる必要はないと思った。失敗作と罵ったのは二人の意思じゃないということは、ユキアもメアもわかっているだろうから。
 やがて、二人もその場から立ち去っていく。

「やっと終わったか?」

 クロウが路地からひょっこりと顔を出した。やれやれと両腕を上げながら歩み出てくるクロウに続き、ジュリオも一緒に路地裏から歩み出てきた。
 
「ちょっと、なんでいきなり隠れたの?」
「他の連中に見つかったら色々面倒だったからだよ。特にシオンとソル、あの双子の片割れには顔も割れてるし」
「『薬』についての話も、正直今更だと思いましたね。あの刀使いに薬を飲ませたのはシファ様ですし」
「え、そうだったの!?」
「神隠し事件だけじゃなくて、今までの事件の大半はシファ様が主導になって起こした事件ですよ。ミストリューダにとって重要な事件はノーファ様が大きく関わることもありますけど」

 ジュリオがさらっと新事実を口にしてきた。そう考えると、今までの疑問も納得できる気がしてくる。
 かつて、メアに魔物を取り憑かせたのも、ラケルをそそのかしたのもシファの所業だった。今回の生誕祭の事件だって、シファだけでなくノーファもかなり暴れた様子だ。
 次から次へと事件が重なって、思うように調査や対処が進められなかったのは事実だ。だが、ミストリューダが本格的にキャッセリアへ侵攻してきたことで、僕たちも少しずつ真実に近づくことができている。
 こうやって、着実に理解を深める他、未知の力に対抗する手段はないのかもしれない。

「あのシオンとソルという者がいきなり戻った原因……なんとなく、ぼくは察しがついていますよ」
「はぁ? 適当言ってんじゃねぇよオマエ」

 クロウはいちいち突っかかるが、ジュリオに直接関係することでもないのに、わざわざ嘘を吐く理由などないだろう。

「もしかして、君の仲間にアストラルを除去できる者がいるのかい? シファやノーファではないと思うけど」
「これに関しては確証が持てませんから、まだ言わないでおきます。それに、何かと甘いあなたのことですから、余計なことをされても困りますし」

 ジュリオはそれだけ言って、郊外へ続く道へ向かって歩き出した。すごく早足で、どんどん僕たちから遠ざかっていく勢いだ。早くついていかないと見失ってしまう。
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