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第6章「最高神生誕祭」

116話 昔と、今の夢

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 ────神としてこの世に生まれて、一番最初に教えられること。それは、この世界の最高神であるアイリス様の存在だ。
 わたしたちは、アイリス様に生み出された優秀な「神」。アイリス様のお役に立つことが、一番の幸せ────何度も何度も、そう教えられた。
 最初はわたしも頑張ろうと思っていた。でも、一人前の神を目指せば目指すほど、わたしには才能がないことに気づかされていった。

「ユキアちゃん、固有魔法使えないの?」

 グレイスガーデンの校庭で行っていた魔法の授業。そのときは、みんなが自由に魔法を使っていい時間だった。
 系統魔法を練習していたわたしに、クラスメイトの女の子がとても無邪気に声をかけてきたのだ。

「わ、わかんない。うまくできないよ、わたし」
「ほっとけよー、そいつ系統魔法しか使えないんだよ。今どき遅れてるよね」
「今年の年代は優秀だって、先生言ってたよー。固有魔法使える子が多いんだって」

 固有魔法は、必ず発現する神幻術と違って発現する確率が低い。そのため、同じ年代の子供の中でも、固有魔法が使える子とそうでない子がいる。わたしは後者だった。
 別に、固有魔法が使えないからって、役に立てないと決まっているわけじゃない。わたしにだって誇れるものはあった。生まれつき多い魔力量で、たくさん魔法を使えればそれでいいと思っていたけれど────

「……ここまでひどいのは見たことがありません。今回の『子供』は、失敗作の中でも特に落ちこぼれみたいですね」

 グレイスガーデンの管理者たる彼女ナターシャ先生の冷たい言葉を、たまに思い出しては苦しくなってしまう。
 最高神のお役に立てないなら、わたしが助けられるひとは誰? 神ではないのなら────人間?
 わたしが生まれたキャッセリアには、人間がいない。それなら、人間はどこにいるのだろう? それを探っているうちに、キャッセリアの外にある人間の世界と────神と人間が共に生きていた神の存在を知った。



 異端な考えを誰かに認められたいのなら、まずは行動しないとダメだと思った。
 まだ、永世翔華神物語を読み終わったばかりの頃。わたしは、剣術の師匠であるアリアにある話を持ち掛けたことがあった。

「アイリス様に、人間の箱庭に行けるように頼むぅ!?」

 緑と青のオッドアイをめいっぱい開きながら、大げさに驚いていたのを今でも覚えている。しかも、剣術の修行をしていた場所が宮殿の中庭だったので、庭の草木を見てくつろいでいた神々にも丸聞こえだったらしい。声でかい、と言いたかったけど遅かったから諦めた。
 遠い場所からどよめきが聞こえる中で、アリアは慌ててわたしを自分の元に引き寄せて、小声で諭そうとしてきた。

「ちょっとユキア、本気なの!? おねーちゃん、さすがにそれは許せないよ!?」
「アリアが許すか許さないかは関係ない。わたしはアイリス様に、あのゲートを使わせてもらうように頼むだけ」

 わたしが指さした、中庭の真ん中に植えられた大木は、あらゆる人間の箱庭へと繋がるゲートらしい。これはトルテさんのカフェで偶然聞いた噂に過ぎなかったのだけど、アリアの慌てぶりから真実だとわかった。

「神を縛る忌々しい掟を変えてやりたいの。『神はあくまで箱庭の観測者である』とか、偉そうって思わない? 神はそんなに偉いのかっつのー」
「もう、何に影響されたのよ~……グレイスガーデンで習ったでしょ? 掟を破ったら、神隠しに遭ったり処刑されるんだよ?」
「そんなのどうでもいい! とにかく、アイリス様に話をつけるから!」

 あまりにも無鉄砲だったわたしは、アリアの制止を振り切ってアイリス様の部屋に向かった。
 この頃はただ、カイザーの物語が本当の話だったことを信じているだけだった。物語は簡単に現実になることはないのだと、わたしはまだ知らなかったのだ。



 一応ノックするなどの礼儀はちゃんとするように心がけつつ、単身でアイリスの部屋にやってきた。そのとき、部屋にいたのはアイリスだけだった。わたしが突然現れても特に驚く様子はなかった。
 ソファに向かい合わせで座り、わたしは自分の考えを率直に話した。途中で話の腰を折ってくる可能性も考えていたが、わたしの話を遮ることなく黙って聞いていた。
 もしかしたら、少しは考え直してくれるかも────そう思ったわたしがバカだった。

「くだらん。子供の夢物語に付き合っている暇などないわ」

 アイリス様は、ひどく蔑むような目でわたしを見ていた。

「大多数の神が今の現状に満足しておる。それを変えるというのは勝手じゃが、お主の考えを皆に認めさせたのかえ?」
「っ! そ、それは」
「大体、お主はまだグレイスガーデンでの修業も終えていないじゃろう。そんな子供が、この世の理を変えられるとでも思っているのか? 笑わせるわ」
「あ、あなただって子供の見た目じゃない!」
「うるさい。掟は掟じゃ。そんな特例など認められぬ」

 そう冷たく吐き捨てて立ち上がった彼女が、ひどく狭量でつまらない女神に見えてしまった。あれだけ大人たちに、「尊敬しろ」「お役に立て」と言われ続けた相手が。

「……固有魔法さえ発現しなかった『失敗作』の分際で。余計なことは考えないで、神々の世界の役に立つことだけ考えて成長せい」
 
 アイリスが部屋を立ち去ろうと扉を開けたとき、わたしは怒りを抑えられず立ち上がった。

「────今より昔の方が、ずっといい時代だった!! あんたなんか、大っ嫌い!!!」

 目の前にいる最高神が、どうしようもないくらい憎かった。
 そして、顔も見たことすらない初代最高神が今も世界を治めていてくれたら、と願わずにはいられなかった。



 そのときから、わたしを見る目がまるっきり変わってしまったように思う。宮殿を立ち去ろうとしたときも、アイリスへ怒鳴るわたしの声が丸聞こえだったせいか、ひそひそ話と悪口が飛び交っていたのを覚えている。
 けれど、怒りで興奮していたわたしにとって、陰口は些細なものであるはずだった。誰もわたしの考えを理解してくれない、誰かに理解してほしい、そんな願いばかりが先行する。

「違う、違う違う────わたしは失敗作なんかじゃない! 間違っているのは、この世界の方だ!!」

 繁華街から逃げて、郊外の博物館へ走っていく。そこには、わたしを認めてくれるひとたちがいる。
 それでもきっと、明日からの外には地獄が待っているだろう。できることなら、もう二度と外には出たくない。誰とも関わりたくない。
 どんどん悲観的になっていくわたしの脳裏に、ふと憧れのあのひとがよぎった。

「……カイザー。わたし、あなたみたいに強くなりたいよ……」

 独りで道を歩く中、カイザーの勇姿を思い出す。
 神も人間も導くカイザーにはなれずとも、困難にへこたれないくらい強くなりたかった。いくら拒絶されても、バカにされても、失敗作だと決めつけられても────自分の意志を貫き通したかった。
 そうじゃなきゃ、生きている意味なんてないと思ったんだ。

 ────────

 ……まだ夢の中にいるということは、目を開いてすぐにわかった。
 いつぞや見た、大理石でできた貴族の部屋。ワイン色のふかふかなソファに寄りかかるという形で、私は分不相応なその場所に存在している。
 調度品も、窓の外に広がる青空も何一つ変わらない。誰もが望んだ平和な姿のまま、時が止まっているかのような錯覚を覚える。
 そしてもう一人、私の他に佇むひとの姿。彼は窓の外を見ていたらしく、こちらを振り返った。

「よぉ、久しぶりだな。未来を担う女神サン」

 金髪と紅玉の瞳を持ち、白いマントと黒の装束をまとい、王の証である黄金の冠と黒い剣を持つ男。永世翔華神カイザーが、他でもない私に言葉をかけたのだ。
 正直、この光景を見ることはもう二度とないと思っていた。前も夢に似た曖昧な形であったけれど、今回は以前のような緊迫した状況じゃない。
 ……冷静に考えたら、これは絶好のチャンスなのでは? 冷静に考えなくてもそうじゃないか。

「あの……私が、わかるの?」
「ん? 何言ってんだ。俺は最初からお前に話しかけてんだけど?」

 一国を任された王とはかけ離れた、ちょっとぶっきらぼうで砕けた口調の返事だった。訝しげな目を向けられている気がしなくもないけれど、不思議なことにまったく気にならなかった。
 憧れの存在が目の前で語りかけてきている、今のこの状況に心が躍っている自分に気がついたのだ。

「すごい、物語の中そのまんまだ。部下に話しかけるときと同じ話し方じゃん……ていうか意外とフランクなのね」
「おいおい、何ぶつぶつ言ってんだよ? お前さては変人か?」
「変人って失礼ね! 私、小さい頃からあなたを尊敬して生きてるんですけど!?」
「────ん? 尊敬? 俺、未来でどういう扱いになってんだ? ひょっとして有名神!?」

 ……あれ、なんかイメージから少し外れてきてる?
 私の言葉に有頂天になっているカイザー。若干ぶっきらぼうだったり、陽気な王であることは物語でわかっていたが、目の前にいる憧れは若干子供じみた性格をしているように見える。
 もしかしたら、かつて実在した彼は元々こういう性格だったのかもしれないけれど。

「いやぁ~、まさか俺も未来に語り継がれるすごい奴になっていたとはな~」
「……まさか、あなたってナルシスト?」
「そういうのじゃねぇ! てか、自分を卑下するよりはマシだろっ!」

 それはそうかもしれない。このひとの場合、自信過剰ということはないだろうから。
 窓際に腕を置いて寄りかかるような形になったカイザーは、大きくため息をついた。先程までの明るい雰囲気は薄れ、真面目な表情に変わる。

「それより、ちょいと話したいことがあるんだ。言っておかなきゃ死んじまいそうだからな」
「……何?」
「『戦女神化』を使いすぎるな。あれはお前が思うほど便利な力じゃない」

 一瞬だけだが、紅玉の瞳が鋭くなった。厳しい視線を向けられ、私の胸は僅かに痛みを覚える。

「あれは、俺たち神が扱うエーテルと、それを超えるアストラルを混合して使う特殊な魔法だ。少量とはいえアストラルを含んでいる。使えば使うほど、お前は今のままじゃいられなくなっちまうぞ」
「っ……でも、今まで過酷な状況を切り抜けてこられたのは、あの力のおかげなのよ!? それを今更使うなだなんて……!」
「別に使うなとは言ってない。それに、お前はあの力を微塵も使いこなせちゃいない。多用するにしても、使いこなせるようになってからじゃないと、身体にとてつもない負担がかかる」

 負担……考えてみれば、私は「戦女神化」という力をこれほどでもかというほど持て余していたと思う。最初は一日一回使っただけでも気絶していたし、最近になってようやく二回使えそうなところまで辿り着いたくらいだ。
 普通の神が使う魔法とは異質ということはわかっていたが、自分が思っていた以上に負荷が大きい力らしい。使い続ければ私の身が持たない、カイザーはそう言いたいのだろう。

「じゃあ、どうすれば使いこなせるようになれるの?」

 痛む胸を押さえながら、私は憧れの存在へと問う。答えは、困ったような微笑みと単純な返事にあった。

「鍛錬すればいいだけだろ。強くなるまで、あの姿が長く持つようになるまでひたむきにな。俺だって、王になる前は親父に散々絞られたぜ?」
「……鍛錬か。そういや、今まであまり真面目にしてこなかったかも」
「それに、身体の基礎を鍛えれば、自ずと魔力の質も高まって戦いやすくなっていく。新しい魔法も使えるようになるはずだ。まずはやれることからやることだな」

 今まで自分がやってきた「鍛錬」とは、自分が魔物に襲われたときの自衛手段を学ぶことだった。いくら他者から強力な魔法を教えられたからと言って、術者の身体がついてこれなければ意味がない。
 なぜだろう────漠然と感じていた不安感が、少しずつ解消されていく気がした。

「これからお前が何を成し遂げて、どんな成長を遂げていくのか。陰ながら楽しみにしてるぜ」

 この時になると、カイザーは笑っていた。やがて、あのときと同じ、白い闇に包まれる。
 夢が終わり、朝が訪れた世界で目を覚ましていく。今日はどうするか────その答えは、もう見つけた。
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