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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」
88話 受け入れて、赦し合って
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*
闇が充満するあまり、僕たちは一度退避せざるを得なかった。僕とミラージュ、シオンとソルは屋敷から脱出することができたものの、扉が閉まったきり開けられなくなってしまった。
ユキアとアスタは、屋敷の中に取り残されたままだ。
「どうするんですの……子供が二人死んだりしたら、目も当てられませんわよ!?」
「なぁ、ソル! どうにかならないのか!?」
「僕だってできることとできないことがあるって……!」
僕も扉をこじ開けようと力を入れたり、剣で斬りつけて突破しようと試みたりしたが、どれも効果がなかった。
扉に触れた瞬間、何か魔力のようなものを感じた。開かなくなったというより、意図的に開けられないようにしているのかもしれない。だとしても、こんなことをする理由が────
『アスタから本をもらったの。あのとき、意識が飛んで……気づいたら、信じられないようなことが起きた』
事情聴取の際のユキアの言葉が頭をよぎる。信じられないようなこととは、魔物をユキアとアスタが倒したという事実。メアに取りついていたのも魔物で、今苦しんでいるのも恐らくその影響だ。
つまり……あの二人ならば、本当にどうにかできるということなのか?
「……ユキアとアスタを信じよう。今、僕らにできることはそれだけだ」
「っ、嘘だろ……?」
「ていうか、これ以上屋敷を壊さないでちょうだい!」
屋敷の中からは、未だに禍々しい気配が漏れ出ている。必要以上に触れてはいけない。とにかく、無事を祈ることしかできないのだ。
*
黒ずんだ霧に包まれながら、私とアスタはゆっくりとメアに近づいていく。
依然としてメアの身体から放たれているのは、普通の魔力とは似て非なる異質な力。その正体まではわからないが、私は触れても問題ないらしい。そうでなければ、私がメアに捕まった時点で力に侵蝕され、同じようなことになっていたと思う。
多分……あの本に宿っていた力のおかげなのかもな。
メアの苦しみはそう簡単にやむものではなかった。ずっと頭を抱えて、痛みに耐えて、苦しみ続けている。
「メア。助けに来たよ」
「……放って、おいてくれ」
か細い声で突き放され、胸が痛くなる。
メアは顔を上げ、私たちの方を向く。その瞬間、目がギラリと鋭くなり、隣に立っていたアスタの身体を突き飛ばし床に叩きつけた。武器を手にすることすらせず、両手でアスタの首を掴む。
「アスタ!?」
「来ないで、ユキ!!」
私はメアを引き剥がそうとしたが、アスタがこちらに目を遣り訴えた。一体何を考えてるの……?
メアは凍り付いた表情を浮かべたまま、両手に力を込めていく。首を強く圧迫され、アスタ自身耐えきれなくて苦しげな声を漏らしているのに、何の抵抗もしないのがひどく痛々しい。
そして、苦しんでいる様を見下ろしながら淡々と殺そうとしている彼女が一番恐ろしかった。
「お前が苦しむ顔を見て、少し気分が楽になった。ぽっと出の化け物の分際で、ユキアの隣を奪おうとするからこうなるんだよ」
「……っ、キミの、本心なんて……最初から、わかってたよ。けれど……ボクは、ユキを独り占めしたい、わけじゃない……こんなこと、したって……虚しくなるだけだよ……」
「やめろ!! 私を惨めにさせたいのか!?」
さらに首を絞める力が強まる。いくら死なないとわかっていても、見ていられなかった。
メアの後ろへ駆け寄り、アスタから引き剥がそうと力を込める。私が止めようとしても暴れようとする。それでも、私しか止められる者はいない。
「メア、お願いだからもうやめて! これ以上、誰かを傷つけようとしないで!!」
精一杯叫んでも、メアには届かない。引き剥がそうとした身体は振りほどかれ、壁へと叩きつけられる。
「! ダメっ……ユキに、だけは……あぁっ!?」
「うるさい!! 黙って死ね!!」
今の私では、メアを助けられない。ただの人間に近いだけの、なり損ないの女神の私じゃ。けれど、諦めたくなんかない。メアは、私が助けるって決めたんだ────
しかし、どうすればいいか迷っている間に、メアはついに銃を召喚していた。首を絞めるだけでは殺せないと気づいたのだろう。その隙に片手が首から離れ、アスタの喉元に込められていた力が弱まる。
「っ、ボクは死ねないんだよっ……それに、まだ死にたくなんかない!!」
まともに息ができていない状態なのに、悲痛な叫びは部屋中にこだました。メアがほんの一瞬怯んだ隙に、アスタが歯を食いしばりながらこちらへと手を伸ばす。
「カイ!! ユキを……ボクの友達を助けて!!!」
その瞬間、私の身体が輝きだす。力を起動する呪文が自然と頭の中に浮かび、いつの間にか叫んでいた。
私に、大切なものを守る勇気を────
「〈Valkyrja〉!!」
一瞬のうちに私の身体を包んだのは、温かな光の魔力、そしてそれとは一味違う謎の力だった。二つが渦を巻き、溶け合い、やがて私の姿を大きく変えていく。長くなった髪、変化する装束……そして、身体中を包む温かい力。
海が見えた箱庭で、グラウンクラックを倒したときに使った謎の力と同じ。まさか、また使えるようになっていたとは思わなかった。
力を解放した私を目にして、メアの動きが固まった。アスタの気道が完全に確保され咳き込む声と、身体の力が抜け床に崩れ落ちる音が響き渡る。
こちらを向いたメアの目には、憎悪だけが宿っている。
「お前、ユキアじゃないな。殺してやる」
まだ、メアは正気に戻っていない。魔物を身体の外に追い出すだけでは不十分だったということかもしれない。
自身を強化させたことで、武器は片手剣から双剣に変化していた。こちらが剣を構えて飛び込むと同時に、メアもこちらに銃口を向け発砲した。光線が何度も飛んできて、身体を掠める。
「ごめん、メア!」
身を翻し、斬りかかる。しかし、ほとんど銃身か魔法で防がれてしまう。光の攻撃魔法も放つものの、メアにはすべて対策できるようだった。まあ、私よりも頭がいいから当たり前かもしれないけれど。
「やめて!! キミはボクが憎いんでしょ!? 撃ち殺すべきはボクだよ!!」
囮のつもりなのか、目を不自然に見開いたまま動き回るメアに飛びつき、自分の頭に無理やり銃口を突きつけさせようとする。死なないからって命知らずな真似をされるのも困るが、おかげで隙が生まれた。
どうしたらいい? アスタを助けて、メアを傷つけずに正気に戻す方法は────?
そう頭の中で考え続けていると、勝手に足は立ち止まった。そのまま、身体が自然と動き出す。まるで────誰かが私にどうすればいいかを教えてくれるみたいに。
「メア、今助けるから!」
身体中から力が湧き出て、足元に魔法陣が展開される。双剣を床に突き刺し、両手に二つの力を込める。力が激しく動き回ることによる風が起こり、髪と服がバタバタとはためく。
まとわりつくアスタの身体を振り払い、こちらに飛びかかってくる。銃口をこちらに向けると同時に、私も両手を広げた。
「歪められし生命よ、在るべき形に戻れ! 『〈Glorious Light〉』!!」
足元から、まばゆい金色の光が放たれる。メアの目がくらみ、体勢が崩れる。攻撃する間を奪った隙に、落ちてきたメアを抱きしめ捕まえた。そして、光がすべてを包み込む。
視界が真っ白に染まり────幾ばくか時間が経ったタイミングで、光が薄らいだ。そのときには、メアの様子はだいぶ落ち着きを見せていた。
「……あ……私、は……」
メアは抱きしめられたまま、力なく俯いていた。私も少し疲れてしまい、足から力が抜けてしまった。二人で一緒に、魔法陣が消えた床に座り込んでしまう。同時に、カン、と銃が床に落ちた音がした。
「大丈夫、二人とも!?」
アスタがこちらに駆け寄ってきた。メアは、私の身体に身を預けたまま動こうとしない。
「……本当はわかってたんだ。アスタ、お前は何も悪くない。悪いのは私だ。周りの環境と一緒に、ユキアとの関係が変わってしまうことが怖かっただけなんだ……」
悲しそうに、苦しそうに吐露する。
私は、メアの感情の重さを受け入れているつもりだった。けれど、本当はきちんと受け止めきれていなかったのだと思う。どこかで鬱陶しく思っていたかもしれない。それが、今回メアが魔物に付け入られた原因ではないだろうか。
ならば、私はその感情を受け入れなければいけない。今までよりも丁寧に、優しく包み込むように。
「メア。私、誰かを傷つけてまで自分の意思を貫こうとは思わないよ。それに、種族が違うからって拒絶するのも嫌なんだ」
「……じゃあ、私のやってきたことは……全部、間違っていたのか?」
「全部じゃないよ。メアは賢いし、いつも頼りにしてた。それに、私が道を外そうとしたらいつも止めてくれていたでしょ。私のことは、ずっとよく考えてくれていたんだよね」
はっと顔を上げたメアと、私の目が合った。たまらず嬉しくなって、さらに強く抱きしめた。
「私は、メアのことを嫌ったりしないよ。ずっと、親友のままだよ」
「……本当に? 信じても、いいのか?」
「何言ってるの。私たち、もう十五年以上も付き合ってるじゃん。今まで色々あったけどさ、今更親友をやめたりなんてしないよ」
私を強く抱きしめ返しながら、マゼンタの瞳から大粒の涙をこぼし始める。
やがて、空間中の黒ずんだ霧が薄らいでいく。月光は薄れ、代わりに明るい光が窓から射しこんできた。
「よかったよ、メア。無事に正気に戻ったね」
アスタも床にちょこんと座り込みながら、微笑みを浮かべていた。振り向いたメアがどんな顔をしているかわからないが、ふっと小さな息を漏らす。
「すまない、アスタ。私はお前を必要以上に傷つけた。罰を与えたいなら、やってくれ」
「やだ☆ ボク、必要以上に誰かをいたぶる趣味なんてないもん」
こちらに目を戻したメアは、苦笑いだった。なんだかおかしくなって、思い切り笑い飛ばした。
それから三人で、ひとしきり笑った。こんなに笑ったのは、いつぶりかなと思うくらいに。
「ユキア、アスタ……あり、がとう……」
にっこりと微笑みながら私に身体をゆっくりと預け、そのままメアは眠ってしまう。私とアスタで、小さくおやすみと言った。
安心した私の横で、アスタは切ない笑みを浮かべていた。
「ユキの大事なひとを助けられてよかった。ボクの一番大事なひとは……多分、もうこの世にはいないからさ……」
ここに来てから、こいつはやけに切なそうな顔をするようになった。それがとても儚げで、見ているのが苦しかった。
「たとえ他の奴が、あんたを化け物扱いしてもさ。私はアスタのこと、人間だって思ってるよ」
「ボク、いくら刺されても、銃で撃たれても、毒を盛られても死なないよ?」
「そういう意味じゃない。あんたには、人間らしい心が人間以上にあるってこと」
そう言いながら、小さな頭を撫でてあげる。俯いた唇は、噛みしめつつも笑っていた。
闇が充満するあまり、僕たちは一度退避せざるを得なかった。僕とミラージュ、シオンとソルは屋敷から脱出することができたものの、扉が閉まったきり開けられなくなってしまった。
ユキアとアスタは、屋敷の中に取り残されたままだ。
「どうするんですの……子供が二人死んだりしたら、目も当てられませんわよ!?」
「なぁ、ソル! どうにかならないのか!?」
「僕だってできることとできないことがあるって……!」
僕も扉をこじ開けようと力を入れたり、剣で斬りつけて突破しようと試みたりしたが、どれも効果がなかった。
扉に触れた瞬間、何か魔力のようなものを感じた。開かなくなったというより、意図的に開けられないようにしているのかもしれない。だとしても、こんなことをする理由が────
『アスタから本をもらったの。あのとき、意識が飛んで……気づいたら、信じられないようなことが起きた』
事情聴取の際のユキアの言葉が頭をよぎる。信じられないようなこととは、魔物をユキアとアスタが倒したという事実。メアに取りついていたのも魔物で、今苦しんでいるのも恐らくその影響だ。
つまり……あの二人ならば、本当にどうにかできるということなのか?
「……ユキアとアスタを信じよう。今、僕らにできることはそれだけだ」
「っ、嘘だろ……?」
「ていうか、これ以上屋敷を壊さないでちょうだい!」
屋敷の中からは、未だに禍々しい気配が漏れ出ている。必要以上に触れてはいけない。とにかく、無事を祈ることしかできないのだ。
*
黒ずんだ霧に包まれながら、私とアスタはゆっくりとメアに近づいていく。
依然としてメアの身体から放たれているのは、普通の魔力とは似て非なる異質な力。その正体まではわからないが、私は触れても問題ないらしい。そうでなければ、私がメアに捕まった時点で力に侵蝕され、同じようなことになっていたと思う。
多分……あの本に宿っていた力のおかげなのかもな。
メアの苦しみはそう簡単にやむものではなかった。ずっと頭を抱えて、痛みに耐えて、苦しみ続けている。
「メア。助けに来たよ」
「……放って、おいてくれ」
か細い声で突き放され、胸が痛くなる。
メアは顔を上げ、私たちの方を向く。その瞬間、目がギラリと鋭くなり、隣に立っていたアスタの身体を突き飛ばし床に叩きつけた。武器を手にすることすらせず、両手でアスタの首を掴む。
「アスタ!?」
「来ないで、ユキ!!」
私はメアを引き剥がそうとしたが、アスタがこちらに目を遣り訴えた。一体何を考えてるの……?
メアは凍り付いた表情を浮かべたまま、両手に力を込めていく。首を強く圧迫され、アスタ自身耐えきれなくて苦しげな声を漏らしているのに、何の抵抗もしないのがひどく痛々しい。
そして、苦しんでいる様を見下ろしながら淡々と殺そうとしている彼女が一番恐ろしかった。
「お前が苦しむ顔を見て、少し気分が楽になった。ぽっと出の化け物の分際で、ユキアの隣を奪おうとするからこうなるんだよ」
「……っ、キミの、本心なんて……最初から、わかってたよ。けれど……ボクは、ユキを独り占めしたい、わけじゃない……こんなこと、したって……虚しくなるだけだよ……」
「やめろ!! 私を惨めにさせたいのか!?」
さらに首を絞める力が強まる。いくら死なないとわかっていても、見ていられなかった。
メアの後ろへ駆け寄り、アスタから引き剥がそうと力を込める。私が止めようとしても暴れようとする。それでも、私しか止められる者はいない。
「メア、お願いだからもうやめて! これ以上、誰かを傷つけようとしないで!!」
精一杯叫んでも、メアには届かない。引き剥がそうとした身体は振りほどかれ、壁へと叩きつけられる。
「! ダメっ……ユキに、だけは……あぁっ!?」
「うるさい!! 黙って死ね!!」
今の私では、メアを助けられない。ただの人間に近いだけの、なり損ないの女神の私じゃ。けれど、諦めたくなんかない。メアは、私が助けるって決めたんだ────
しかし、どうすればいいか迷っている間に、メアはついに銃を召喚していた。首を絞めるだけでは殺せないと気づいたのだろう。その隙に片手が首から離れ、アスタの喉元に込められていた力が弱まる。
「っ、ボクは死ねないんだよっ……それに、まだ死にたくなんかない!!」
まともに息ができていない状態なのに、悲痛な叫びは部屋中にこだました。メアがほんの一瞬怯んだ隙に、アスタが歯を食いしばりながらこちらへと手を伸ばす。
「カイ!! ユキを……ボクの友達を助けて!!!」
その瞬間、私の身体が輝きだす。力を起動する呪文が自然と頭の中に浮かび、いつの間にか叫んでいた。
私に、大切なものを守る勇気を────
「〈Valkyrja〉!!」
一瞬のうちに私の身体を包んだのは、温かな光の魔力、そしてそれとは一味違う謎の力だった。二つが渦を巻き、溶け合い、やがて私の姿を大きく変えていく。長くなった髪、変化する装束……そして、身体中を包む温かい力。
海が見えた箱庭で、グラウンクラックを倒したときに使った謎の力と同じ。まさか、また使えるようになっていたとは思わなかった。
力を解放した私を目にして、メアの動きが固まった。アスタの気道が完全に確保され咳き込む声と、身体の力が抜け床に崩れ落ちる音が響き渡る。
こちらを向いたメアの目には、憎悪だけが宿っている。
「お前、ユキアじゃないな。殺してやる」
まだ、メアは正気に戻っていない。魔物を身体の外に追い出すだけでは不十分だったということかもしれない。
自身を強化させたことで、武器は片手剣から双剣に変化していた。こちらが剣を構えて飛び込むと同時に、メアもこちらに銃口を向け発砲した。光線が何度も飛んできて、身体を掠める。
「ごめん、メア!」
身を翻し、斬りかかる。しかし、ほとんど銃身か魔法で防がれてしまう。光の攻撃魔法も放つものの、メアにはすべて対策できるようだった。まあ、私よりも頭がいいから当たり前かもしれないけれど。
「やめて!! キミはボクが憎いんでしょ!? 撃ち殺すべきはボクだよ!!」
囮のつもりなのか、目を不自然に見開いたまま動き回るメアに飛びつき、自分の頭に無理やり銃口を突きつけさせようとする。死なないからって命知らずな真似をされるのも困るが、おかげで隙が生まれた。
どうしたらいい? アスタを助けて、メアを傷つけずに正気に戻す方法は────?
そう頭の中で考え続けていると、勝手に足は立ち止まった。そのまま、身体が自然と動き出す。まるで────誰かが私にどうすればいいかを教えてくれるみたいに。
「メア、今助けるから!」
身体中から力が湧き出て、足元に魔法陣が展開される。双剣を床に突き刺し、両手に二つの力を込める。力が激しく動き回ることによる風が起こり、髪と服がバタバタとはためく。
まとわりつくアスタの身体を振り払い、こちらに飛びかかってくる。銃口をこちらに向けると同時に、私も両手を広げた。
「歪められし生命よ、在るべき形に戻れ! 『〈Glorious Light〉』!!」
足元から、まばゆい金色の光が放たれる。メアの目がくらみ、体勢が崩れる。攻撃する間を奪った隙に、落ちてきたメアを抱きしめ捕まえた。そして、光がすべてを包み込む。
視界が真っ白に染まり────幾ばくか時間が経ったタイミングで、光が薄らいだ。そのときには、メアの様子はだいぶ落ち着きを見せていた。
「……あ……私、は……」
メアは抱きしめられたまま、力なく俯いていた。私も少し疲れてしまい、足から力が抜けてしまった。二人で一緒に、魔法陣が消えた床に座り込んでしまう。同時に、カン、と銃が床に落ちた音がした。
「大丈夫、二人とも!?」
アスタがこちらに駆け寄ってきた。メアは、私の身体に身を預けたまま動こうとしない。
「……本当はわかってたんだ。アスタ、お前は何も悪くない。悪いのは私だ。周りの環境と一緒に、ユキアとの関係が変わってしまうことが怖かっただけなんだ……」
悲しそうに、苦しそうに吐露する。
私は、メアの感情の重さを受け入れているつもりだった。けれど、本当はきちんと受け止めきれていなかったのだと思う。どこかで鬱陶しく思っていたかもしれない。それが、今回メアが魔物に付け入られた原因ではないだろうか。
ならば、私はその感情を受け入れなければいけない。今までよりも丁寧に、優しく包み込むように。
「メア。私、誰かを傷つけてまで自分の意思を貫こうとは思わないよ。それに、種族が違うからって拒絶するのも嫌なんだ」
「……じゃあ、私のやってきたことは……全部、間違っていたのか?」
「全部じゃないよ。メアは賢いし、いつも頼りにしてた。それに、私が道を外そうとしたらいつも止めてくれていたでしょ。私のことは、ずっとよく考えてくれていたんだよね」
はっと顔を上げたメアと、私の目が合った。たまらず嬉しくなって、さらに強く抱きしめた。
「私は、メアのことを嫌ったりしないよ。ずっと、親友のままだよ」
「……本当に? 信じても、いいのか?」
「何言ってるの。私たち、もう十五年以上も付き合ってるじゃん。今まで色々あったけどさ、今更親友をやめたりなんてしないよ」
私を強く抱きしめ返しながら、マゼンタの瞳から大粒の涙をこぼし始める。
やがて、空間中の黒ずんだ霧が薄らいでいく。月光は薄れ、代わりに明るい光が窓から射しこんできた。
「よかったよ、メア。無事に正気に戻ったね」
アスタも床にちょこんと座り込みながら、微笑みを浮かべていた。振り向いたメアがどんな顔をしているかわからないが、ふっと小さな息を漏らす。
「すまない、アスタ。私はお前を必要以上に傷つけた。罰を与えたいなら、やってくれ」
「やだ☆ ボク、必要以上に誰かをいたぶる趣味なんてないもん」
こちらに目を戻したメアは、苦笑いだった。なんだかおかしくなって、思い切り笑い飛ばした。
それから三人で、ひとしきり笑った。こんなに笑ったのは、いつぶりかなと思うくらいに。
「ユキア、アスタ……あり、がとう……」
にっこりと微笑みながら私に身体をゆっくりと預け、そのままメアは眠ってしまう。私とアスタで、小さくおやすみと言った。
安心した私の横で、アスタは切ない笑みを浮かべていた。
「ユキの大事なひとを助けられてよかった。ボクの一番大事なひとは……多分、もうこの世にはいないからさ……」
ここに来てから、こいつはやけに切なそうな顔をするようになった。それがとても儚げで、見ているのが苦しかった。
「たとえ他の奴が、あんたを化け物扱いしてもさ。私はアスタのこと、人間だって思ってるよ」
「ボク、いくら刺されても、銃で撃たれても、毒を盛られても死なないよ?」
「そういう意味じゃない。あんたには、人間らしい心が人間以上にあるってこと」
そう言いながら、小さな頭を撫でてあげる。俯いた唇は、噛みしめつつも笑っていた。
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