ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」

84話 酒場での調査

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 トゥリヤの完璧な時間感覚のおかげで、カルデルトの晩酌に遅れることなく到着できた。彼は既に、カウンター席の一番左端でワインを飲んでいる。ここがお気に入りの場所らしい。
 この酒場は、キャッセリアの中でも特に高級で上品な店だ。周囲の酒場は料金が低い分、神たちのたまり場となっており騒がしいのだが、ここは客の人数が少なく静かだ。調度品や装飾もシックで、いかにもカルデルトが好きそうな店である。
 今度は僕が外に出てきたので、ヴィータはいない。代わりと言ってはなんだが、アスタがついてきた。そのアスタは現在、酒場のテーブル席で不満そうにジュースを飲んでいる。僕らはそんな様子を窓から覗き見ている。

「……今思ったんですけど、僕らよりも小さい子を酒場に入れてよかったんでしょうか」
「だから言ったじゃないか」

 僕がやりたかったわけじゃない。トゥリヤの作戦だ。
 僕とトゥリヤで酒場の入口付近で待ち伏せをし、アスタは酒場の中に潜伏してもらっている。正直危険じゃないかと思ったが、僕らは顔が割れているので潜伏調査には向かないのは事実だ。
 ふと、アスタがこちらを向いた。すぐに懐から何かを取り出し、テーブルの上で書き殴る。やがて、胸の前に掲げられたのはメッセージが書かれた紙だった。

『退屈だから話し相手ちょうだい!』

 ごめん、無理。そう伝えたくて両腕で否定のサインを作った。向こうは頬を膨らませ、またジュースをぐびぐび飲み始めた。

「それにしても……アスタさん、僕らのことが気になっているみたいなんですよね」
「え? どうして急に?」
「さっき、僕とクリムさん……特に、僕に何か言いたげな目をしていたんです。問いただしてはいないんですけどね」

 確かに、彼もヴィータ同様謎は多い。それに、アイリス様といざこざがあった原因も気になる。
 だが、今はそれよりも作戦のことを考えなければいけない。
 カルデルトはほぼ毎日この酒場で外晩酌をしているが、基本一人か酒場で会う神と飲むのが趣味らしい。普段から付き合っている知り合いや親しい者と飲むことは少ない。

「いつからミラージュとカルデルトが飲むようになったんだい?」
「つい最近ですよ。カルデルトさんは何百年も前からですが、ミラージュさんは五十年くらい前から、こうやって夜な夜な飲みに来ているみたいです」
「メアたちが生まれるよりも前じゃないか」

 それなら、世話神としての役目を放棄しているのも頷ける。メアより前に預かった神も何人かいるそうだが、総じて育児放棄している。
 育児放棄されたとしても、キャッセリアには捨てられた神を育てる場所がある。だから育成自体は困らないのだが、こうなるとミラージュの内面と世話神制度の問題が浮上してくるわけだ。

「あ、来ましたよ」

 窓から離れ、路地裏に身を隠す。宮殿の方向から、ミラージュと思しき女が歩いてきた。濃い金髪をまとめあげ、漆黒のマーメイドドレスに身を包む彼女は、凛とした雰囲気を持っている。
 僕らの存在に気づくことなく、酒場に入った。もう一度窓から様子を見ると、まっすぐにカルデルトの元へ歩いていった。
 軽く挨拶を交わしてから、当然のようにカルデルトの隣に座った。酒場のマスターに注文を頼んでからしばらくは、カルデルトと会話していた。
 ……ここからではちゃんと聞こえない。
 アスタの座っているテーブル席は、カルデルトたちのカウンター席に近いところにある。会話の内容も聞こえやすいだろうし、何を話しているかは聞き取れるだろう。

「二人とも、仲がいいのでしょうか」
「……さあ」

 やがて、ミラージュもワイングラスを受け取った。乾杯をしてすぐに一口味わう。黒い手袋に包まれた細い指先が、カルデルトの黒いコートを艶めかしく撫でる。
 一見すれば恋人か愛人同士に見えた。けれど、そういったスキンシップは一方的なもので、カルデルトは無関心を貫いている。

「……痴情のもつれに発展したらどうしましょう?」
「僕に言われても困るよ、専門外だ」



 しばらくすると、ミラージュが立ち上がりカルデルトから離れた。はっとした僕らは窓から離れ、物陰に隠れる。
 てっきり酒場から出ていくと思ったのだが、ミラージュは出口ではなく、あろうことかテーブル席へと歩いていった。

「あら、大人の会話を盗み聞きなんて、趣味が悪いですこと」
「離せーっ! 好きで見てたわけじゃないもん!」

 目が笑っていないミラージュに首根っこを掴まれ、ジタバタと暴れるアスタ。「まずいですよっ!」と慌てだしたトゥリヤをなだめようとしたところで、カルデルトの視線に気づく。

「おいおい、何だお前ら。ここは子供の遊び場じゃねぇぞ」
「こ、子供扱いしないでよ! これはれっきとした調査だよ」
「調査だぁ? 今度は何の調査だよ……」

 詮索は失敗したが、ここからは直接問いただす。酒場の中に入ると、初老の男の姿をしている「マスター」がカウンター席の向こうで困ったような顔をしていた。
 ミラージュはアスタを元のテーブル席にポイっと戻し、腕組みをして僕らの前に立つ。トゥリヤは拳を握りつつ、ミラージュとカルデルトに向き直った。

「こうなったら、単刀直入に尋ねます。お二人はどういうご関係ですか!?」
「え、そっち!?」
「どういう関係……そんなの、決まっていますわ」

 ふふん、とミラージュが鼻で笑った。そして、カルデルトの腕にしがみついて見せつけるように密着してくる。

「わたくし、カルデルト様を愛しておりますの。いずれは結ばれる運命にありますわ」
「「「……はぁ?」」」

 僕たち三人、同時に変な声が出た。
 よりにもよってカルデルトか、というのが率直な感想だ。こっちがあんぐりを口を開けている間、カルデルトは冷や汗を流しながらミラージュを引き剥がそうとしている。

「カルデルト……見損なったよ」
「こんな悪趣味だったなんて……変わった神だとは思っていましたが……」
「違う、これは誤解だ。俺とミラージュはただの飲み仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 よかった、カルデルトとの距離を置かなければいけなくなるところだった。
 こんな女神と飲んでいた理由も、大方トゥリヤとかティアルは飲みに付き合ってくれないとか、そういう感じだろう。

「おい、俺は恋愛に興味ないって言ってるだろ」
「わたくしは年上が好みですの。お子様はお帰りになって?」

 本人が頑なに否定する中、もう片方はさらに密着するばかりか手で「しっしっ」と追い払おうとした。
 ……ミラージュが平然と育児放棄を行う理由が、なんとなくわかった気がした。大人にばかり興味を向けて、子供には関心がないどころか追い払おうとする始末である。
 というか、僕とトゥリヤは子供の姿をしているというだけで、年下ではないはずなのだが。

「ひ、ひどいですよミラージュさん!! メアさんや他の子供たちが可哀想じゃないんですか!?」
「メア……そうでしたわ、聞いてくださいカルデルト様! この前急にメアが屋敷に帰ってきて、大変でしたのよ!」

 さらにカルデルトに詰めよるミラージュを見て、だんだんと腹が立ってきた。だが、猫なで声でカルデルトに訴えかけている中で、どこか慌てているようにも見える。

「この前急にメアが帰ってきたのですけど、屋敷の主であるわたくしをいきなり追い出したんですのよ!? ひどくないですか!?」

 僕ら一同、えぇっと驚きの声を上げた。まさか、追い出されているとまでは思っていなかったのだ。

「虐待された恨みじゃないの? 因果応報だよ、因果応報」
「お黙りっ! 昔はあんなに反抗的な子じゃなかったんですの、どうにかしていただけませんこと!?」

 呆れるアスタを一蹴し、カルデルトにすがりついている。あくまでも、誰かを頼ろうとするのか。
 しがみつかれている本人は、深くため息をついてミラージュを見下ろした。

「お前さんに虐待しているつもりはないんだろうけどな。育児放棄も立派な虐待だぞ。とりあえず、反省しないことには助けてやれん」
「そ、そんな……! 申し訳ありません、カルデルト様! もう致しません!」
「謝る相手が違うだろ。俺じゃなくて、メアに謝れよ」

 見捨てられたくないのか、ずっと「ごめんなさい」「すみません」「許してください」と呟き続けている。
 ミラージュがやってきたことは、倫理的に許されることではない。罪を裁くことは必要だが、ただ単に追い出されただけにしては、怯えすぎではなかろうか。

「それにしても、どうしてトゥリ坊たちがミラージュのところに来たんだ?」
「これでもメアさんの世話神ですから、何か話を聞ければと思ったんです。最近彼女の様子がおかしいようでして」
「……そういうことか」

 カルデルトも僕も、最近のメアの様子は知っている。妙に納得した顔を見せたので、トゥリヤは首を傾げていた。
 そのうち、ミラージュは腕にしがみついたまま震えだす。冷や汗をかいているだけでなく、次第に目の焦点が合わなくなってきた気がする。

「あの子……きっと、悪魔か何かと契約したんだわ」
「どういうこと、ミラージュ?」
「だって、おかしいですわ!! たった二十年しか生きていないあの子が、わたくしたちの知らない魔法なんて使えるはずがないのに……!!」

 カルデルトから離れ、頭を両手で抱えわけのわからないことを口走り始める。僕らは顔を見合わせるばかりだった。少しメアについて聞こうとしただけなのに、ここまで混乱するとは……。
 次の行動を決めあぐねていると、せわしない足音がこちらに近づいてきているのに気づいた。

「クリム、カルデルト!! 助けてくれ!!」

 かなり焦った様子で走ってきたのは、シオンとソルだった。シオンの方は誰か二人を抱えてきており、どうやら何かから逃げてきたらしい。

「落ち着いて、二人とも。何があったの?」
「大変なことが起きた。メアが妙な魔法を使ったせいで、二人が……」

 シオンは抱えていた二人を地面に降ろす。どちらも、身体中脂汗まみれで顔色が悪く、とても呼吸が苦しそうだった。
 一人はアルバトス、そしてもう一人は彼の姉であるノイン・ヴィオランドゥールだった。姉弟揃って倒れたと知り、僕とカルデルト、ミラージュは驚きの声を上げる。

「どうして……この子たちが……?」
「おい、こいつら瀕死じゃねぇか! 何があったんだよ!?」
「こっちが知りてぇよ!! これだけじゃねぇ。一緒にいたユキアだけ、メアと一緒に消えちまって……!」

 こちらはさらに驚かされ、向こうは苦虫を嚙み潰したような顔になる。得体の知れない魔法相手に、二人を連れて命からがら逃げてくるしかなかったのだろう。
 予想外の出来事が連続して起こり、到底落ち着ける状況じゃなかった。そんな中、アスタは二人の近くにしゃがみこみ、片手を伸ばす。

「お、おい! 危ないぞ!」

 カルデルトの制止さえ無視し、夜空色の目を閉じる。辺りに薄い光のような力の奔流を生み出した。

「────『〈Remotioリモーティオ〉』」

 奔流は瀕死の二人を包み込み、しばらくすると空気に溶けるように薄らいでく。呼吸が荒かったのがだんだんと落ち着いていき、やがて普通に眠っているように見えるくらいに呼吸が整った。

「お、おい……何をしたんだ、お前さん……」
「……キミたち神でさえ使えない力を使ったんだ」

 アスタは顔をしかめたまま、僕らに目を向ける。

「シオン、ソル。メアの居場所を教えて。この二人はしばらく動けないだろうから、どこかで休ませてあげて」
「は? 急にそんなこと言われても……」
「仕方ねぇ、俺の診療所で休ませる。トゥリ坊、こいつら運ぶの手伝え」
「わ、わかりました!」

 カルデルトがシオンとソルを両脇に抱え、トゥリヤがノインを背負う。そのまま、診療所のある宮殿方向へと走っていく。

「カルデルト様! わたくしも連れて行ってください!」
「は? お前さんは責任をとりに行ってこい。いつまでも逃げようとすんな」
「……は、はい……申し訳ございません」

 ……このメンバーで大丈夫かなぁ。
 他にもいろいろと不安はあるけれど、今はとにかく急がなくてはいけない。手遅れになる前に、ユキアを助け出さなければならないのだ。
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