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第3章「海と大地の箱庭」
57話 緊急事態
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混乱の渦に巻き込まれそうになりながらも、ヴィータとともに街を走る。
繁華街の神たちは、戦闘能力に長けていない者が多い。戦闘が苦手だったり、別の能力に特化していたりするわけだが、彼らはアーケンシェンや魔特隊のように戦えない。
おまけに、アクシデントに不慣れな者が多い。だから、アーケンシェンが中心となって繁華街の混乱を抑えるのが一番なのだが。
「みんな、落ち着いて! 街中にいれば安全だから!」
真剣なアリアの声が響き渡る。彼女の言葉を聞き、神たちは次第に落ち着きを取り戻していくが、そう長くは持たないだろう。
「街中は安全……ですか。何かからくりがあるのですか?」
「ああ、中央都市にはアイリス様による結界が張ってあるんだ。だから、大体の魔物は入ってこられない」
「なるほど。どうりで魔力が満ちているわけです」
普段僕らが街で過ごしていても、結界が張られていると感じるような感覚はない。結界の内側で生きていれば自ずと慣れるからだ。
魔物が現れたのは、当然ながら結界の外側だ。この中央都市から南西部の草原……魔物が目撃されやすい地点の一つである。今頃、魔特隊の大半はそこで交戦しているだろう。
「ヴィータ、ここからは飛んでいくよ。僕につかまって」
「ええ、ではお願いします」
小さな身体を抱きかかえ、翼を大きく広げる。走るよりも飛ぶ方が早い。
空を飛び、結界を抜ける。光の魔力が薄れた先は、徐々に邪悪な魔力が満ちていく。
南西部へ飛んでいくと、遠方に魔特隊の隊員らしき神が何人か見えてくる。少し遠いところで降りて、ヴィータを降ろした。
魔物らしき影は今のところ見えないのだが……遠くで戦闘音が聞こえる。僕らが降りた付近には、負傷した神が何人か休んでいた。
「────ふう。ようやく助っ人が来たか」
誰かから話を聞きに行こうとしたところ、とある男に声をかけられる。
灰の髪の中年男性の見た目をした神。役割にそぐわぬ黒いコートに身を包んでいるのは、昔から変わらない。小さく気怠げな目の色は、紫と深緑のオッドアイだ。
僕を見て、薄くひげの生えた口元を緩ませ、ため息をついた。
「カルデルト! 状況を説明してくれないかい?」
「あーあー、慌てんなクリム。俺もちゃんと状況を把握してるわけじゃねぇ」
カルデルト・アライヴェーロ────生命の管理人の称号を持つ、アーケンシェンの一人。ちなみに、アーケンシェンの中ではアリアの次に年配者である。
「んで、誰だその子供は。見ねぇ顔だが」
「わたしはヴィータと申します。緊急事態ですし、身辺調査は後日にしていただけますか」
「あー、それもそうだな。時間も時間だし、手っ取り早く説明するか」
コホン、と一度咳払いしてから、カルデルトは口を開いた。
「お前らも知っての通り、キャッセリアから南西部に位置する草原に魔物が出現した。上級一体、特級一体ってところだ」
キャッセリアでは、魔物の危険度のランクが決められている。最弱の低級から中級、上級、そして特級に分けられている。
低級から中級の魔物ならば、戦闘能力を有する神であれば大体倒すことができる。上級の魔物となると、魔特隊でなければ討伐が難しいし、特級はアーケンシェン以上でないと接触自体が危険な場合が多い。
「上級の魔物はそこそこデカい奴だったんだが、既に討伐されている。問題は特級だ。やはり魔特隊の奴らじゃ歯が立たん。早く行ってやれ」
黙って頷き、ヴィータを連れてその場を去る。
しばらくヴィータはカルデルトのことを振り返っていたが、距離を離していくうちに前方へ視線を戻した。
「あのカルデルトという者は戦わないのですか?」
「いいんだ。彼は別の面で役に立ってもらってるから」
カルデルトは、一言で言うと生命を司る神である。生命エネルギーを操り、外的要因だけでなく内的要因で干渉できる特性を持っている。つまり、あらゆる生命を生かすことも殺すこともできる。
戦闘能力は一般神よりも高いが、アーケンシェンの中ではそれなりだ。僕らにはない特性を生かして、傷ついた神の治療などに専念してもらう方がいいのだ。
「……魔物。やはりいますね」
「わかるのかい?」
「大まかな位置だけですが。個体自体は大きくありませんが、能力値が驚異的なレベルです。気をつけなさい」
忠告を飲み込み、先へ進む。
草原を突き進んでいくにつれて、魔特隊の神や神兵の数が増えてくる。激戦区に近づいているのだ。
最前線となる場所に、集団の先頭となる一人の女性がいた。緋色の長髪を持ち、鋼鉄の鎧を身にまとった女騎士のごとき人だ。
「みんな、防衛ラインの維持に徹しろ! 体勢立て直せるか!?」
「これ以上は無理です、ティアル様! 負傷者が続出しております!」
「くそっ……なんて化け物なんだ……!!」
ティアルと呼ばれた女騎士は、アーケンシェンの一人だった。僕らの中でも戦闘に優れており、攻撃と防御を得意としている。
周りの者たちは決死の覚悟で魔物へ突撃したり、深く傷ついて怖気づいたりと、ひどい状態である。ダメージを受けすぎた神兵は動かなくなり、地面に何十人も倒れ伏している。
……予想よりも深刻な有様だ。
「っ! 次の攻撃が来るぞ、みんな伏せろ!!」
予兆として、微弱な魔力の波動が周囲に撒き散らされる。ティアルの鋭い一声に、神たちは一斉に防御の姿勢をとった。
僕もガラスペンを手にして、剣へと変形させる。ヴィータは特に動く様子は見られなかった。
緋色の剣と盾を構え、ティアルは魔力を収束させる。
「『マテリアル・ウィールダー』〈ディフェンス〉!!」
高らかな詠唱に呼応し、周囲の地面が抉れ素早く変形する。土は壁となりティアルと周囲の神を守るように固まった。
念のため、僕も魔法陣型の防壁を展開し、壁を強化した。
「────寄こせ」
予兆からほどなくして、淡々とした声が魔力を増幅させた。闇が満ち、エネルギーが一気に暴発する。暴風が吹き荒れ、草木も神たちもなぎ倒されていく。
「うわああぁぁぁ!!」
「くそぉ!! 耐えろみんな……うぐぅっ!!」
最初こそ土壁は攻撃に負けなかったものの、ティアルが吹き飛ばされるのと同時に崩壊していく。
慌てて彼女の元に駆け寄った。
「ティアル! あとは僕がどうにかするから下がってて!」
「っ、クリムか……! 気をつけろ、あいつの強さは異常だ……!!」
短いやり取りだけ済ませ、前に出る。一般神たちはティアルを連れ、撤退していった。
その刹那、殺気が迫り、反射的に刃を振りかざす。
「っ!!」
ガラスの刃から重い感触が伝わり、跳ね返す。黒く、一切の模様も入っていないはずの鎌には、血液が大量の筋のように伝っている。一体、どれだけの神を斬ったのか、想像がつかない。
何よりも、鎌の持ち主に驚きを隠せなかった。
「……ちっ。一人も殺せんうちに、また厄介な奴が増えたようだな」
邪悪な魔力をまとう、人の形をした影だった。
見た目に黒以外の色が存在しなかった。老若男女の判別さえつかず、声もくぐもっていてわかりづらい。
ただ……避けることのできぬ殺意だけが向けられていることだけは、確かに感じられた。
繁華街の神たちは、戦闘能力に長けていない者が多い。戦闘が苦手だったり、別の能力に特化していたりするわけだが、彼らはアーケンシェンや魔特隊のように戦えない。
おまけに、アクシデントに不慣れな者が多い。だから、アーケンシェンが中心となって繁華街の混乱を抑えるのが一番なのだが。
「みんな、落ち着いて! 街中にいれば安全だから!」
真剣なアリアの声が響き渡る。彼女の言葉を聞き、神たちは次第に落ち着きを取り戻していくが、そう長くは持たないだろう。
「街中は安全……ですか。何かからくりがあるのですか?」
「ああ、中央都市にはアイリス様による結界が張ってあるんだ。だから、大体の魔物は入ってこられない」
「なるほど。どうりで魔力が満ちているわけです」
普段僕らが街で過ごしていても、結界が張られていると感じるような感覚はない。結界の内側で生きていれば自ずと慣れるからだ。
魔物が現れたのは、当然ながら結界の外側だ。この中央都市から南西部の草原……魔物が目撃されやすい地点の一つである。今頃、魔特隊の大半はそこで交戦しているだろう。
「ヴィータ、ここからは飛んでいくよ。僕につかまって」
「ええ、ではお願いします」
小さな身体を抱きかかえ、翼を大きく広げる。走るよりも飛ぶ方が早い。
空を飛び、結界を抜ける。光の魔力が薄れた先は、徐々に邪悪な魔力が満ちていく。
南西部へ飛んでいくと、遠方に魔特隊の隊員らしき神が何人か見えてくる。少し遠いところで降りて、ヴィータを降ろした。
魔物らしき影は今のところ見えないのだが……遠くで戦闘音が聞こえる。僕らが降りた付近には、負傷した神が何人か休んでいた。
「────ふう。ようやく助っ人が来たか」
誰かから話を聞きに行こうとしたところ、とある男に声をかけられる。
灰の髪の中年男性の見た目をした神。役割にそぐわぬ黒いコートに身を包んでいるのは、昔から変わらない。小さく気怠げな目の色は、紫と深緑のオッドアイだ。
僕を見て、薄くひげの生えた口元を緩ませ、ため息をついた。
「カルデルト! 状況を説明してくれないかい?」
「あーあー、慌てんなクリム。俺もちゃんと状況を把握してるわけじゃねぇ」
カルデルト・アライヴェーロ────生命の管理人の称号を持つ、アーケンシェンの一人。ちなみに、アーケンシェンの中ではアリアの次に年配者である。
「んで、誰だその子供は。見ねぇ顔だが」
「わたしはヴィータと申します。緊急事態ですし、身辺調査は後日にしていただけますか」
「あー、それもそうだな。時間も時間だし、手っ取り早く説明するか」
コホン、と一度咳払いしてから、カルデルトは口を開いた。
「お前らも知っての通り、キャッセリアから南西部に位置する草原に魔物が出現した。上級一体、特級一体ってところだ」
キャッセリアでは、魔物の危険度のランクが決められている。最弱の低級から中級、上級、そして特級に分けられている。
低級から中級の魔物ならば、戦闘能力を有する神であれば大体倒すことができる。上級の魔物となると、魔特隊でなければ討伐が難しいし、特級はアーケンシェン以上でないと接触自体が危険な場合が多い。
「上級の魔物はそこそこデカい奴だったんだが、既に討伐されている。問題は特級だ。やはり魔特隊の奴らじゃ歯が立たん。早く行ってやれ」
黙って頷き、ヴィータを連れてその場を去る。
しばらくヴィータはカルデルトのことを振り返っていたが、距離を離していくうちに前方へ視線を戻した。
「あのカルデルトという者は戦わないのですか?」
「いいんだ。彼は別の面で役に立ってもらってるから」
カルデルトは、一言で言うと生命を司る神である。生命エネルギーを操り、外的要因だけでなく内的要因で干渉できる特性を持っている。つまり、あらゆる生命を生かすことも殺すこともできる。
戦闘能力は一般神よりも高いが、アーケンシェンの中ではそれなりだ。僕らにはない特性を生かして、傷ついた神の治療などに専念してもらう方がいいのだ。
「……魔物。やはりいますね」
「わかるのかい?」
「大まかな位置だけですが。個体自体は大きくありませんが、能力値が驚異的なレベルです。気をつけなさい」
忠告を飲み込み、先へ進む。
草原を突き進んでいくにつれて、魔特隊の神や神兵の数が増えてくる。激戦区に近づいているのだ。
最前線となる場所に、集団の先頭となる一人の女性がいた。緋色の長髪を持ち、鋼鉄の鎧を身にまとった女騎士のごとき人だ。
「みんな、防衛ラインの維持に徹しろ! 体勢立て直せるか!?」
「これ以上は無理です、ティアル様! 負傷者が続出しております!」
「くそっ……なんて化け物なんだ……!!」
ティアルと呼ばれた女騎士は、アーケンシェンの一人だった。僕らの中でも戦闘に優れており、攻撃と防御を得意としている。
周りの者たちは決死の覚悟で魔物へ突撃したり、深く傷ついて怖気づいたりと、ひどい状態である。ダメージを受けすぎた神兵は動かなくなり、地面に何十人も倒れ伏している。
……予想よりも深刻な有様だ。
「っ! 次の攻撃が来るぞ、みんな伏せろ!!」
予兆として、微弱な魔力の波動が周囲に撒き散らされる。ティアルの鋭い一声に、神たちは一斉に防御の姿勢をとった。
僕もガラスペンを手にして、剣へと変形させる。ヴィータは特に動く様子は見られなかった。
緋色の剣と盾を構え、ティアルは魔力を収束させる。
「『マテリアル・ウィールダー』〈ディフェンス〉!!」
高らかな詠唱に呼応し、周囲の地面が抉れ素早く変形する。土は壁となりティアルと周囲の神を守るように固まった。
念のため、僕も魔法陣型の防壁を展開し、壁を強化した。
「────寄こせ」
予兆からほどなくして、淡々とした声が魔力を増幅させた。闇が満ち、エネルギーが一気に暴発する。暴風が吹き荒れ、草木も神たちもなぎ倒されていく。
「うわああぁぁぁ!!」
「くそぉ!! 耐えろみんな……うぐぅっ!!」
最初こそ土壁は攻撃に負けなかったものの、ティアルが吹き飛ばされるのと同時に崩壊していく。
慌てて彼女の元に駆け寄った。
「ティアル! あとは僕がどうにかするから下がってて!」
「っ、クリムか……! 気をつけろ、あいつの強さは異常だ……!!」
短いやり取りだけ済ませ、前に出る。一般神たちはティアルを連れ、撤退していった。
その刹那、殺気が迫り、反射的に刃を振りかざす。
「っ!!」
ガラスの刃から重い感触が伝わり、跳ね返す。黒く、一切の模様も入っていないはずの鎌には、血液が大量の筋のように伝っている。一体、どれだけの神を斬ったのか、想像がつかない。
何よりも、鎌の持ち主に驚きを隠せなかった。
「……ちっ。一人も殺せんうちに、また厄介な奴が増えたようだな」
邪悪な魔力をまとう、人の形をした影だった。
見た目に黒以外の色が存在しなかった。老若男女の判別さえつかず、声もくぐもっていてわかりづらい。
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