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第四章
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しおりを挟む「待って」
彼が射貫くような強い眼差しを私に向けた。
「もう話は終わったから」
彼は立ち上がった私の手首をパシッと掴んで制止した。
「陽介くん……?離して」
「とりあえず、座って。一方的に言いたいことだけ言って逃げるのはフェアじゃない。今度は俺が話す番だから、ちゃんと聞いて」
淡々とした口調ながら、絶対に折れないという確かな意思を感じた。
このまま強引に部屋を出ようとしても、彼に力でかなうわけがない。
それに、綺麗に別れるためにも彼を納得させる必要がある。考え直して私は再びソファに腰を下ろした。
「これはなに?説明して欲しい」
彼はビジネスバッグの中から、クリアファイルを取り出してテーブルの上に置いた。
その書類には見覚えがあった。秘書課のデスクに残してきた引き継ぎ書だった。
どうしてこれを……。私は驚いて彼を見た。
「さすが結乃だ。中身を確認させてもらったけど、よくできてる。今日俺に別れ話をして、そのまま仕事も辞める気だったんだな」
「……そうだよ」
素直に認める。別れて仕事を辞めること自体は、おかしいことではない。
「好きな男ができたから別れたいって一方的に言って出て行こうとする人が、頼まれてもいないのにわざわざ時間をかけて丁寧な引き継ぎ書を作ると思う?違和感しかないんだけど」
「仕事は好きだったから。それで……」
「知ってる。だったらなおさら、好きな仕事を途中で投げ出すなんてありえない」
頭の回転が速い彼はとにかく手強い。このままでは理詰めにあい、さらに追い込まれる。
「もうやめようよ。何を言われても私の気持ちは変わらないから――」
「専務に八乙女茜について吹き込まれた?それとも、彼女本人から?」
彼は私の言葉を遮るように言った。
「どうして……」
返答に困り、言葉に詰まる。
「結乃の態度がおかしくなったのは、八乙女社長が来訪した後だ。あの日、八乙女社長の娘である八乙女茜も一緒だったと耳に入っている。俺が気付かないとでも思った?」
「違う、それは関係ないの!」
咄嗟に強く否定する。けれど、ムキになった私を見て彼は確信を持ったように息を吐いた。
「もう隠そうとしなくていいよ。結乃が今どういう状況に置かれているか、分かってるから。俺を守る為に別れを切り出して、会社を辞めようとしてたんだな?」
肯定も否定もできず、私は黙ってうつむくことしかできなかった。
「俺と八乙女茜の婚約を勝手に決めたのは、早瀬専務だ。前にも話したけど、専務は社長の実の弟だ。あの人はずっと、俺を早瀬の人間だと認めてくれてはいないんだ」
彼は淡々と言葉を紡いだ。
「今までも何かにつけて専務とは小さな衝突を繰り返してきたんだ。『お前は早瀬の人間じゃない。だから、せめて結婚相手は早瀬商事にとって利用価値が高そうな女性としろ』って命令されて……。その相手が、八乙女茜だった」
八乙女社長と早瀬専務を含めた四人で食事をしたことも何度かあるらしい。
茜さんに見せられた写真はその時のものだろう。会う度に婚約はしないと八乙女社長や茜さんの前で断ったものの、聞き入れてはもらえなかった。さらに、失礼なことをするなと早瀬専務に怒鳴りつけられて、辟易していたらしい。
そんな日々が続いていた時、私と十年ぶりに再会したのだ。
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