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第四章

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渡されていたカードキーで家に入り、彼の到着を待つ。

「久しぶりに陽介くんの家に遊びにいってもいいかな?」と尋ねると、彼はパッと表情を明るくした。

「もちろん。結乃からうちに来たいって言ってくれるの初めてだな」

なにも知らずに嬉しそうな顔をする彼に心が痛んだ。
私は今日、ここで彼に別れを告げるのだ。
ソファに座って部屋の中をぐるりと見渡す。クリスマスの日の楽しかった記憶が鮮明に蘇る。

彼に抱かれ、愛され、心から満たされたあの瞬間を、私はきっとこの先忘れることはないだろう。
しばらく感傷に浸っていると、ピピッという電子音で我に返った。

「ただいま。遅くなってごめん。帰りがけに来客があって」
「ううん、気にしないで」

彼は慌ただしくリビングに入り、腕時計に目を落とす。

「腹減ったよな。なにか食べに行く?もし疲れてるようだったら、配達してもらおう」
「あのっ、陽介くん」
「うん?」
「その前に、話があって……。いいかな?」

空気がピリッと張り詰めた。

「……今?」
「うん」

何か思うことがあるのかもしれない。
普段は穏やかな彼の表情がわずかに強張っている。
陽介くんはコートを脱いでマフラーを外し、私の隣に腰かけた。

「話って?」

私が話しやすいように穏やかに尋ねる彼の優しさが辛い。私は決意を込めて言った。

「私と別れてください」

彼は小さく息を吐き、私を見つめる。

「理由を聞いてもいい?」
「好きな人ができたの」

私の言葉に彼のこめかみがピクリと反応した。

「好きな人……?相手は誰?」
「陽介くんの知らない人だよ。だから、別れよう。もちろん仕事も辞めるから安心して」

私はバッグの中から取り出したマンションのカードキーとネックレスをそっとローテーブルに置いた。
「返すね。もう私には必要のないものだから。マグカップとかお皿も後で処分して」

彼は黙っていた。これでよかったんだと自分に言い聞かせる。
彼を心から想うなら、彼の幸せを願うなら、私が彼の隣にいてはいけない。

「じゃあ、またね。体に気を付けて」

言いたいことは山ほどある。私と付き合ってくれてありがとう、好きになってくれて、愛してくれて本当にありがとう。好きだよ。大好きだよ。……ずっとずっと愛してる。
もちろん、それを口に出すことは叶わない。私は短く言葉を切って、傍らに置いたバッグを掴んだ。
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