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第四章

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「多賀社長、結乃が作った資料を見やすいと絶賛してたよ。熱意が伝わったのか、前向きに導入を検討すると言ってくれた。全部結乃のお陰だな。ありがとう」

帰社した陽介くんに呼ばれて副社長室へ向かう。
彼は自身が褒められたみたいに誇らしげな表情を浮かべた。

「お役に立ててよかったです。頼まれていた件も、問題ありません。八乙女社長にお土産もお渡ししました」
「そうか、ありがとう」

彼は首から外したマフラーを綺麗に折りたたんでデスクの上に置いた。

「それでは、私はこれで。失礼します。」
「待って」

頭を下げて一刻も早く副社長室を出ようとするも、呼び止められる。
彼は私の前まで歩み寄り、顔を覗き込んだ。

「どうした、元気がないけどなにかあった?」
「いえ、なにもありません」
「目、腫れてる。泣いたのか?」
「泣いていません」

視線を反らすも、彼は逃がさないとばかりに私の腕を掴んだ。

「結乃、言って」

言い聞かせるような優しい口調だった。私は小さく首を振る。

「離して。まだ急ぎの仕事が残ってるの」
「本当になにもない?」
「ないよ、大丈夫」
「……それならいいけど」

彼はそっと私の腕から手を離した。
ホッとすると同時に、彼に嘘を吐いていることへの後ろめたさが込み上げてくる。
私はそのまま彼と目を合わすことなく、副社長室を後にした。


その日から、一週間。私は彼に怪しまれないように普段通りの生活を送った。
仕事の合間をぬって、次の秘書がスムーズに業務に入れるように引き継ぎ書を制作した。
一週間の仕事の流れや会社のルール、それに予定の入れ方。
さらに陽介くんの好みまで知り得る情報すべてを記載した。

私の後任が決まれば、室長の白洲さんが私にしてくれたように懇切丁寧に教えてくれるのは分かっている。
けれど、私自身も早瀬商事や陽介くんに報いることがしたかった。
さらに、秘書課で活用できるように電話対応マニュアルを作成した。
すでにあるマニュアルではすべてをカバーすることはできなかったため、臨機応変に対応できるよう配慮して作ったオリジナルだ。

「お先に失礼します」

頭を下げて挨拶をする。
ここで働くのは今日で最後だ。元々会社に私物を置くタイプでなかったため、私の異変には誰も気が付かない。
作成した資料はデスクの奥に入れておいた。私が去った後に気付いてもらえるだろう。
短い間とはいえ、私を成長させてくれた場所。白洲さんや関さん、それに他の秘書課のみんな。
お世話になった人に直接別れの挨拶ができなかったことが心残りだ。
けれど、仕方ない。決めたのは私だ。
小さく息を吐く。後ろ髪ひかれながらも私はそのまま秘書課を後にし、その足で陽介くんのマンションへ向かった。
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