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第四章
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予定時刻より三十分遅れて、八乙女社長がやってきた。
来客者用の応接室は一階のエントランスのすぐそばにある。
社員が出入りするエレベーターとは逆の位置にあるため、比較的静かだ。
八乙女社長を応接室へ案内する。
背はさほど高くはないものの恰幅はいい。スーツにゴツゴツとした金色のネックレスと指輪をはめ、脇にはバブル期を思わせるようなブランド物のハンドバッグを挟んでいる。
その傍らには何故か茜さんの姿があった。彼女のねちっこい視線はなぜか私に向けられている。
入り口から一番遠い上座の席に座ってもらう。
そのタイミングで早瀬専務が姿を見せた。高校の同級生だと話に聞いていた通り、二人は親し気に言葉を交わしている。お茶と和菓子をテーブルに置き、丁寧に頭を下げてから部屋を出る。
ひとまず役目は終わった。
後は八乙女社長が帰る前に陽介くんから頼まれた手土産を渡せばいい。
応接室から秘書課へ向けて歩き出したタイミングで「ねぇ」と背後から声を掛けられた。
振り返る。そこにいたのは茜さんだった。
「話があるんだけど」
「話……私にでしょうか?」
「バカね、アンタ以外誰がいるのよ」
棘のある言い方だった。穏やかな笑みを崩さず頷く。
「分かりました。ですが、まだ仕事が残っていまして……」
「すぐに終わるわ。ついてきなさい」
優位に立つ彼女はコツコツとヒール音を鳴らして、人気のない場所までやってきた。
「秋月さんって言ったかしら?」
彼女は胸の前で腕を組んで私を見下ろした。
彼女の方から漂う強烈な香水の匂いに顔を顰めたいのを必死に堪えて頷く。
「はい」
「陽介さんの周りを飛んでる虫ってアンタね。どういうつもり?」
キッと睨み付けられて息を呑む。
「どういう意味でしょうか……?」
「とぼけるんじゃないわよ。アンタ、彼があたしの婚約者だって知ってるの?」
ドクンッと心臓が不快な音を立てた。
青天の霹靂だった。茜さんが彼の婚約者……?
頭が真っ白になる。それはいったい、どういうことだろう。
「その顔……まさかアンタ、陽介さんに聞かされてないの?」
口元にわずかな笑みを浮かべているものの、彼女の視線は依然厳しいままだ。
彼女は誰もが知る高級ブランドバッグから何かを取り出した。
それを指でつまんで得意げに私に見せつける。
写真には四人の人物が映っていた。どこかの高級料亭だろうか。ソファに座る陽介くんと茜さん、さらに二人の背後には八乙女社長と早瀬専務の姿があった。
陽介くんは笑みを浮かべていた。けれど、私が知る屈託のない笑顔ではない。
自分の感情を押し殺したみたいなつくられた笑顔だった。
来客者用の応接室は一階のエントランスのすぐそばにある。
社員が出入りするエレベーターとは逆の位置にあるため、比較的静かだ。
八乙女社長を応接室へ案内する。
背はさほど高くはないものの恰幅はいい。スーツにゴツゴツとした金色のネックレスと指輪をはめ、脇にはバブル期を思わせるようなブランド物のハンドバッグを挟んでいる。
その傍らには何故か茜さんの姿があった。彼女のねちっこい視線はなぜか私に向けられている。
入り口から一番遠い上座の席に座ってもらう。
そのタイミングで早瀬専務が姿を見せた。高校の同級生だと話に聞いていた通り、二人は親し気に言葉を交わしている。お茶と和菓子をテーブルに置き、丁寧に頭を下げてから部屋を出る。
ひとまず役目は終わった。
後は八乙女社長が帰る前に陽介くんから頼まれた手土産を渡せばいい。
応接室から秘書課へ向けて歩き出したタイミングで「ねぇ」と背後から声を掛けられた。
振り返る。そこにいたのは茜さんだった。
「話があるんだけど」
「話……私にでしょうか?」
「バカね、アンタ以外誰がいるのよ」
棘のある言い方だった。穏やかな笑みを崩さず頷く。
「分かりました。ですが、まだ仕事が残っていまして……」
「すぐに終わるわ。ついてきなさい」
優位に立つ彼女はコツコツとヒール音を鳴らして、人気のない場所までやってきた。
「秋月さんって言ったかしら?」
彼女は胸の前で腕を組んで私を見下ろした。
彼女の方から漂う強烈な香水の匂いに顔を顰めたいのを必死に堪えて頷く。
「はい」
「陽介さんの周りを飛んでる虫ってアンタね。どういうつもり?」
キッと睨み付けられて息を呑む。
「どういう意味でしょうか……?」
「とぼけるんじゃないわよ。アンタ、彼があたしの婚約者だって知ってるの?」
ドクンッと心臓が不快な音を立てた。
青天の霹靂だった。茜さんが彼の婚約者……?
頭が真っ白になる。それはいったい、どういうことだろう。
「その顔……まさかアンタ、陽介さんに聞かされてないの?」
口元にわずかな笑みを浮かべているものの、彼女の視線は依然厳しいままだ。
彼女は誰もが知る高級ブランドバッグから何かを取り出した。
それを指でつまんで得意げに私に見せつける。
写真には四人の人物が映っていた。どこかの高級料亭だろうか。ソファに座る陽介くんと茜さん、さらに二人の背後には八乙女社長と早瀬専務の姿があった。
陽介くんは笑みを浮かべていた。けれど、私が知る屈託のない笑顔ではない。
自分の感情を押し殺したみたいなつくられた笑顔だった。
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