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第三章

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奥の広々とした個室には洋服や靴が整然とディスプレイされている。
店内の商品も素敵だったけれど、この部屋の中にある物はさらに値の張るものだろう。
普段高い物は身に着けない私ですら、ここにあるどれもが洗練されていて高価な物であるとすぐに分かった。

「お好きなお色などございますか?」
「えっと、普段は黒とかベージュとか落ち着いた色の服ばかり着ています」

穏やかな笑みで尋ねられ、しどろもどろになる。

「左様でございますか。本日はディナーへ行かれるとお聞きしております。私からいくつかご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい!そうしてもらえると、助かります」
「かしこまりました」

店員はテキパキといくつかのドレスや靴を選んでくれた。その中から気に入ったものを手に試着室へ入る。
淡いパープル色のロングワンピースを着て脇のファスナーを上げる。
けれど、サイズが小さいのかうまくファスナーを上げられない。
大きく息を吸って止める。その間にファスナーを上げようと体を左右に振って格闘するも、これ以上やればファスナーを壊しかねない。
私はやれやれと溜息を吐いて次のドレスに手を伸ばした。

何着か試着して、淡いピンクベージュのドレスに決めた。
柔らかなピンクベージュの裏地に、光沢のある刺繍入りチュールを重ねたエレガントなドレスだ。
それにシルバーのピンヒールと同色のハンドバッグを合わせた。

「とってもよくお似合いです!お客様は細グラマーな体型ですので、身体にフィットしたこのドレスは色っぽさが際立ちますね」

絶賛されて口元をモゴモゴさせる。
お世辞だと恥ずかしくなる気持ちがある一方で、褒められたことが素直に嬉しくて顔が自然とほころぶ。

「今回は特別にヘアメイクもさせて頂きます。こちらへどうぞ」

試着室を出て、大きなドレッサーの前に腰を下ろす。
芸能人のメイク部屋みたいに、鏡にはいくつものライトが灯されて顔を明るく照らし出す。

続けて先程の店員とは違うショートカットの女性が現れた。
どうやら彼女がヘアメイクをしてくれるらしい。
薄っすらしていたメイクをオフし、ベースメイクを塗られる。
プロの手つきに感心して、鏡を凝視する。
丁寧にメイクを施された私はまるで別人のようにキラキラと輝いて見えた。
髪は緩く巻き、ハーフアップにしてもらった。

「これが……私……?」

思わず鏡を食い入るように見つめて、顔を左右に振って横顔まで細かに確認する。
普段は薄化粧にしているものの、鏡の中の私は今すぐパーティに参加してもおかしくないほどに華やかなに仕上がっている。
指で触れた頬はきめ細かく、ファンデーションの香料なのかほのかに甘い香りまでする。

「とってもお綺麗です」
「ありがとうございます……!」

華美なドレスを着てメイクと髪型を変えたことで心が弾む。
自分でも単純だと思う。けれど、まるで魔法をかけられたみたいに気持ちも明るくなり、気分が上がる。
試着室のある部屋を出ると、陽介くんの姿があった。店内の商品を優雅に眺めている彼はまだ私に気付いていない。ドキドキと胸を高鳴らせながら彼に近付いていく。
どんな反応をするかな……?
コツコツと響くヒール音が私の緊張を刺激する。

「陽介くん、お待たせ」

声を掛けると、陽介くんが振り返った。彼は私の全身に視線を走らせて、目を見開く。

「今日の結乃はさらに綺麗だ」

店員がそばにいるにも関わらず、彼は恥ずかしがる様子もなくうっとりと私を見つめる。

「ヘアメイクもいつもと違うね。よく似合ってる」

彼はひとしきり私を褒めたあと、「いこう」と私の腰に腕を回した。

「待って。お金を払わなくちゃ」
「もう済んでるから気にしなくていい。これは、俺からのプレゼント」
「でも……」
「俺がしたくてしてることだから、結乃が気にすることはないよ」

店員のお辞儀に見送られて店を後にして、車に乗り込む。
私は運転席に座る彼の変化に気が付いた。

「陽介くんも着替えたの?そのスーツ初めて見たよ」

店に来る前は濃いグレーのスーツを着ていたのに、今は上品な色のミディアムブラウンだ。
会社で毎日顔を合わせているものの、このスーツを見たのは初めてだった。
容姿の良い彼はどんな服を着ても様になるけれど、このスーツは格別だった。
男性の色気を纏う彼を直視できない。
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