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第一章
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しおりを挟む「乗って」
居酒屋の近くのパーキングに停められていたのは誰しもが知る海外製の白い高級車だった。
彼は回り込んでピカピカに磨き上げられた車の助手席のドアを開けて座るように促す。
「靴は脱がなくても大丈夫?」
「もちろん、そのまま乗って。秋月の車は土足禁止なの?」
陽介くんはおもしろそうに尋ねる。
「まさか!私は車を持ってないから。ただ、こんな高そうな車に乗るのは初めてで……」
「ああ、そういうことか。気にしないでいいよ」
彼は軽く言うものの、そういうわけにはいかない。
どこも傷付けたり汚したりしないように、慎重に助手席に座る。
運転席に乗り込んでエンジンをかけた彼は、私のことを不思議そうに見つめた。
「落ち着かないな、どうした?」
「こんな素敵な車に傷でもつけたりしたら大変だなって」
私の言葉に目を丸くした後、彼はふはっと笑顔を見せた。
高校時代と変わらぬ笑みに心臓がトクンッと音を立てる。
「俺の車に乗ったのを後悔してるのかと思った」
「えっ?ち、違うよ!」
居酒屋の時よりも砕けた口調の陽介くん。まるで昔に戻ったみたいに錯覚する。
「冗談だって。で、今日この後予定ある?」
「特にないけど……」
大画面のカーナビの時計は二十時十五分と表示されている。
「明日は仕事?」
「ううん、休み」
「そっか。なら、少しドライブしよう」
彼はグッと私の方へ体を近付けた。
ふわりと彼から香る甘いムスクの匂いに息が止まりそうになる。
彼は自然な動きでシートベルトを締めてくれた。私の心臓はどうにかなりそうなほど大暴れする。
「じゃあ、行こう」
彼はなんてことなく言い、行き先を告げぬままなだらかに車を発進させた。
車は首都高へ進む。社用車で何度か走ったことはあるものの、分岐や出入り口が複雑で常に緊張を強いられるため大の苦手だ。
彼は慣れているのか危なげなくスムーズに車を走らせる。
高級車かつ完璧な運転技術のお陰で乗り心地は抜群だった。
「陽介くんはすごいね」
「なにが?」
「なんでもスマートにこなせるから。運転だって上手だし、女性の扱いだって。シートベルトを締めてくれる人なんて初めてだよ」
「そう?」
彼は肯定も否定もしない。それでいて驕らず、謙遜もしない。常に冷静で余裕が感じられる。
だから、昔から彼を嫌う人はいない。
「それを言うなら秋月こそスマートでしょ。みんなが大騒ぎしててもテーブルの上片付けたり、酔っ払いにお茶配ったり。そういう気配りができるところ変わってなくて嬉しい」
「気配りっていうか……場の空気を読んで人に気を遣うのは、癖みたいなものだから。本当はやめたいの」
そう、これは癖だ。
周りを見て先回りして行動するのは物心ついたときから始まった。
父の機嫌を損ねないようにするための防衛策。両親が離婚して父と離れたあとも、その癖が抜けきらない。
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