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第一章
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しおりを挟む「ねぇねぇ、結乃ちゃんもズルいと思わない~?」
真っ赤な顔を私の方にぐぐっと近付ける。
口元から強いお酒の匂いがする。
「えっと、私は……陽介くんをズルいとは思わないかな。早瀬商事がここ最近業績を伸ばしてるっていう話はよく聞くし、それは陽介くんの頑張りがあったからだと思うよ」
そう言った瞬間、私たちのいる掘りごたつの傍に誰かがやってきた。
頼んだお茶が届いたんだろうか。ふと顔を上げる。そこにはスーツ姿の背の高い男性がいた。
「……秋月、ひさしぶり」
目が合い、彼はわずかに微笑んだ。
「え……」
十年ぶりに聞く低い声。雷に打たれたような衝撃に身動きが取れない。
「はっ、えっ、陽介じゃん!!」
「マジかよ!サプライズ登場!?」
彼の登場に気付き、その場がどっと盛り上がる。
混乱しすぎてどうしたらいいのか分からない。
視線のやり場にすら困って助けを求めるように遠くのテーブルにいる奈々に目を向ける。
奈々は私に気付いて分かりやすく『頑張れ!』と身振り手振りで大げさに訴えてくる。
顔が赤い。すっかり出来上がっているようだ。
奈々の隣の女子が奈々を指差して「顔芸してんだけど!マジ、ゴリラじゃん!」と手を叩いてゲラゲラ笑う。
その姿は確かにゴリラでつられてクスッと笑う。奈々のお陰で緊張が幾分和らいだ。
すると、みんなに盛大にはやし立てられた陽介くんは笑みを浮かべたまま革靴を脱ぎ、何の迷いもなく私の隣へやってくる。
「隣、いい?」
「あっ、うん」
彼はスーツの上着を脱いでから私の隣に腰かけた。ふわりと香る甘い匂いにドキッとする。
不思議なことに彼のおでこと首筋には大粒の汗が浮かんでいる。
その汗をポケットから取り出したブランド物のハンカチで拭う。
今の季節は十月だし、外は汗ばむような気温ではない。不思議に思っている私の視線を感じとったのか、陽介くんは肩をすくめた。
「秋月が来てるって知って、飛んできた」
少し悪戯っぽく笑うその顔が高校生の時の陽介くんとリンクして、胸がキュッと締め付けられる。
彼の登場と同時に注文していたお茶が運ばれてきた。
店員さんにお礼を言って受け取り、私は酔いの進んだ二人にお茶を差し出す。
「お茶、よかったら」
「ありがとう~、結乃ちゃんて昔からマジで気が利くんだよな。ホント神!やっぱ今、彼氏いるよね~?」
「えっと……」
思わず苦笑いを浮かべる。今ではなく、今まで彼氏は一人もいない。
すると、隣に座る陽介くんが頬杖を突き、興味深そうに私の顔を覗き込んだ。
「それ、俺も知りたい」
昔と変わらない澄んだ切れ長の黒い瞳が私を捕らえて離さない。
「……いないよ」
「マジか!?え、じゃあ、俺とかどう?絶対に幸せにするから!」
「おいおい、抜け駆けすんじゃねぇぞ!」
「いやいや、お前彼女いんだろ!?」
酔っぱらった二人が言い争う隣で、彼は「本当にいないの?」と念を押す。
「……うん」
小さく頷き、私は黙り込む。隣に陽介くんがいることが信じられない。
来ない予定だった彼がどうしてここに……?
しかも、サッカー部で親しくしていた友達だってたくさんいるのに、私の隣を選ぶなんて。
メイク崩れや顔の赤みが気になって仕方がない。
彼が来ると分かっていたらトイレでメイク直しをしたのにと悔やむ。
自分の中にそんな乙女な部分があったんだと自覚する。
十年経った今も、私は彼にこんなにも心揺さぶられているんだ……。
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