8 / 92
第一章
7
しおりを挟む「ねぇねぇ、結乃ちゃんもズルいと思わない~?」
真っ赤な顔を私の方にぐぐっと近付ける。
口元から強いお酒の匂いがする。
「えっと、私は……陽介くんをズルいとは思わないかな。早瀬商事がここ最近業績を伸ばしてるっていう話はよく聞くし、それは陽介くんの頑張りがあったからだと思うよ」
そう言った瞬間、私たちのいる掘りごたつの傍に誰かがやってきた。
頼んだお茶が届いたんだろうか。ふと顔を上げる。そこにはスーツ姿の背の高い男性がいた。
「……秋月、ひさしぶり」
目が合い、彼はわずかに微笑んだ。
「え……」
十年ぶりに聞く低い声。雷に打たれたような衝撃に身動きが取れない。
「はっ、えっ、陽介じゃん!!」
「マジかよ!サプライズ登場!?」
彼の登場に気付き、その場がどっと盛り上がる。
混乱しすぎてどうしたらいいのか分からない。
視線のやり場にすら困って助けを求めるように遠くのテーブルにいる奈々に目を向ける。
奈々は私に気付いて分かりやすく『頑張れ!』と身振り手振りで大げさに訴えてくる。
顔が赤い。すっかり出来上がっているようだ。
奈々の隣の女子が奈々を指差して「顔芸してんだけど!マジ、ゴリラじゃん!」と手を叩いてゲラゲラ笑う。
その姿は確かにゴリラでつられてクスッと笑う。奈々のお陰で緊張が幾分和らいだ。
すると、みんなに盛大にはやし立てられた陽介くんは笑みを浮かべたまま革靴を脱ぎ、何の迷いもなく私の隣へやってくる。
「隣、いい?」
「あっ、うん」
彼はスーツの上着を脱いでから私の隣に腰かけた。ふわりと香る甘い匂いにドキッとする。
不思議なことに彼のおでこと首筋には大粒の汗が浮かんでいる。
その汗をポケットから取り出したブランド物のハンカチで拭う。
今の季節は十月だし、外は汗ばむような気温ではない。不思議に思っている私の視線を感じとったのか、陽介くんは肩をすくめた。
「秋月が来てるって知って、飛んできた」
少し悪戯っぽく笑うその顔が高校生の時の陽介くんとリンクして、胸がキュッと締め付けられる。
彼の登場と同時に注文していたお茶が運ばれてきた。
店員さんにお礼を言って受け取り、私は酔いの進んだ二人にお茶を差し出す。
「お茶、よかったら」
「ありがとう~、結乃ちゃんて昔からマジで気が利くんだよな。ホント神!やっぱ今、彼氏いるよね~?」
「えっと……」
思わず苦笑いを浮かべる。今ではなく、今まで彼氏は一人もいない。
すると、隣に座る陽介くんが頬杖を突き、興味深そうに私の顔を覗き込んだ。
「それ、俺も知りたい」
昔と変わらない澄んだ切れ長の黒い瞳が私を捕らえて離さない。
「……いないよ」
「マジか!?え、じゃあ、俺とかどう?絶対に幸せにするから!」
「おいおい、抜け駆けすんじゃねぇぞ!」
「いやいや、お前彼女いんだろ!?」
酔っぱらった二人が言い争う隣で、彼は「本当にいないの?」と念を押す。
「……うん」
小さく頷き、私は黙り込む。隣に陽介くんがいることが信じられない。
来ない予定だった彼がどうしてここに……?
しかも、サッカー部で親しくしていた友達だってたくさんいるのに、私の隣を選ぶなんて。
メイク崩れや顔の赤みが気になって仕方がない。
彼が来ると分かっていたらトイレでメイク直しをしたのにと悔やむ。
自分の中にそんな乙女な部分があったんだと自覚する。
十年経った今も、私は彼にこんなにも心揺さぶられているんだ……。
21
お気に入りに追加
241
あなたにおすすめの小説
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~
及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら……
なんと相手は自社の社長!?
末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、
なぜか一夜を共に過ごすことに!
いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【完結】鳥籠の妻と変態鬼畜紳士な夫
Ringo
恋愛
夫が好きで好きで好きすぎる妻。
生まれた時から傍にいた夫が妻の生きる世界の全てで、夫なしの人生など考えただけで絶望レベル。
行動の全てを報告させ把握していないと不安になり、少しでも女の気配を感じれば嫉妬に狂う。
そしてそんな妻を愛してやまない夫。
束縛されること、嫉妬されることにこれ以上にない愛情を感じる変態。
自身も嫉妬深く、妻を家に閉じ込め家族以外との接触や交流を遮断。
時に激しい妄想に駆られて俺様キャラが降臨し、妻を言葉と行為で追い込む鬼畜でもある。
そんなメンヘラ妻と変態鬼畜紳士夫が織り成す日常をご覧あれ。
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
※現代もの
※R18内容濃いめ(作者調べ)
※ガッツリ行為エピソード多め
※上記が苦手な方はご遠慮ください
完結まで執筆済み
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる