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第一章
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しおりを挟む「待って。なんでそこで陽介くんの名前が出てくるの?」
『だってアンタ、高校のとき陽介くんのこと好きだったでしょ?』
「えっ、なっ、ち、違うよ!」
平静を装うとしているのに、明らかに声が上ずる。
これじゃ肯定しているのと一緒だ。
『いいよ、隠さなくても。アンタたちが両片思いだってサッカー部の中で知らない人はいなかったし』
「りょ、両片思い?なにそれ、ありえないよ」
ぶわっと顔が赤くなったのが自分でも分かった。右手でパタパタと火照る顔を仰ぐ。
『はいはい。ということで、行くってことでいいよね?サッカー部の連中がアンタのこと連れて来いってうるさいから。じゃ、時間と場所はあとで連絡するから』
「ちょっ、奈々!待っ……」
ブツッと一方的に切られる電話。
奈々は昔から、一度言い出したら絶対にきかない。
私は再び椅子の背もたれに体を預けて、目を瞑りやれやれと溜息を吐く。
瞼の裏に高校時代の彼の笑顔が浮かんだ。
早瀬陽介。
彼は誰もが認めるサッカー部のエースだった。
涼し気な奥二重の瞳に黒く焼けた肌。形の整った白い歯。愛くるしい笑顔。
眩いほどにキラキラと輝く彼の姿が鮮明に蘇る。
高校時代、私と奈々はサッカー部のマネージャーをしていた。
入学早々仲良くなった奈々に男子と話すことが苦手だと話すと「それなら荒治療だ!」と半ば無理やりな形でサッカー部のマネージャーに立候補させられた。
三十人ほどいるサッカー部員の中に陽介くんはいた。彼は常に女子の憧れの的だった。
抜群の容姿だけでなく、彼には華があり人を引き付ける不思議な魅力があった。
それでいて、モテることをひけらかすことなく誰に対しても平等で優しい。まるで非の打ちどころがない人物。
けれど、当時の私は校内の女子を虜にするほどにとびっきりの魅力を兼ね備えた陽介くんに苦手意識を持っていた。
彼個人を嫌いなのではなく、あまりにも華のある立場にいる彼が苦手だったのだ。
私は彼とできるだけ距離を置いて過ごした。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼は度々私に声を掛けてきた。
十年前のあの日。他校での練習試合が終わった後、ベンチに戻ってきた部員に冷えたスポーツドリンクのペットボトルを順番に手渡した。
七月の前半だというのに最高気温は三十度を超え、地面から陽炎が立ち上り、吸う息も熱く感じられた。
頭がガンガンッと痛む。
脱水寸前なのに、持ってきていた飲み物は飲み干してしまった。
みんなに渡したら自販機を探して水分補給をしないと、今にも倒れそうだ。
列の最後にやってきたのが陽介くんだった。
「お疲れさまでした」
平静を装ってペットボトルを手渡す。陽介くんは私の顔を覗き込んだ。
「顔真っ赤じゃん。秋月も水分とりな。倒れんぞ」
陽介くんはペットボトルのキャップを開けて、私に差し出した。
「私は大丈夫だよ。陽介くんが飲んで」
大慌ててブンブンッと胸の前で手を振る。
彼はさっきまでフルで試合に出ていた。
首筋に大粒の汗をかいている彼の飲み物をもらうわけにはいかない。
「秋月がそう言っても、俺が大丈夫じゃない。ほら、早く」
「ありがとう……」
受け取ってお礼を言い、スポーツドリンクを遠慮がちに口に含むと、カラカラに乾いていた喉が潤った。
彼は私からペットボトルを受け取りキャップを閉めると、、私の頬にぺたっとペットボトルを押し当てた。
ひやっと冷たい感覚が気持ちよくて、身体の熱が少しだけ冷めていく。
「あの……」
「それ、あげる。あんまり無理すんなよ」
彼はそのままベンチの奥へ歩いていく。
私はその背中を目で追った。
心臓が破裂しそうなほど高鳴って、呼吸がしずらくなった。
多分、あの瞬間だったと思う。私が彼に恋に落ちたのは。
私にとって遅い初恋だった。
「――あのぉ、そろそろ閉めますが、よろしいでしょうか?」
思い出に浸っていた私は、守衛さんの声でふと我に返る。
「あっ、すみません。今出ます」
私は弾かれたようにバッグを掴んで立ち上がった。
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当然の事ながら、この話はフィクションです。
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