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第一章
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しおりを挟む都心から電車で十五分の場所に私の働く北本貿易株式会社のビルはある。
五階のフロアの一角で、パソコン画面に向き合い、一心不乱にキーボードを叩く。
大学卒業後、北本貿易で働き始めてから早六年。私は輸出部門の事務員として働いている。
商品の配送注文はもちろん輸送や通関の手続きから代金の回収、さらにはクレーム処理などその業務は多岐に渡る。
申告や送金など請求すべてに数字が関わり、荷物を一桁間違えただけで通関を通らず許可が下りないなど仕事には正確さが要求される。
一つのミスが起これば大きな損害に繋がる仕事だ。
その為、書類は必ず人を変えて三重チェックをかける。
上がってきた書類チェックでミスを見つけた私は、その修正に追われていた。
「秋月!」
張り詰めた低い声で名前を呼ばれて、反射的にビクッと体を震わせてキーボードから手を離す。
振り返るよりも早くやってきた轟部長は、私のデスクを力いっぱい叩いた。
「お前、まだ修正終わってないのか?通関手配今日までだって言ったよなぁ?」
「も、申し訳ありません。あと少しで終わります」
「チンタラすんなよ。若くてちょっと可愛いからって許されるほどこの仕事は生易しくないぞ。それができなきゃ、この会社では勤まらねぇぞ~?」
「すみません……。大至急修正します」
頭を下げて謝罪する私に気を良くしたのか、轟部長は「急げよ」とだけ残して自席へ戻っていく。
私は部長の背中を目で追った。
五十代バツイチ。皺だらけの白いYシャツの襟元の折目は黄ばんでいる。
整理整頓が苦手なのか、デスク回りには書類の束が積み重なり、いつ雪崩が起きてもおかしくない。
そんな部長が作成した書類に複数の不備が見つかったのは、ほんの数時間前だった。
物を輸出するためには、出荷から代金回収はもちろんのことさまざまな関連書類が付随する。
輸出した貨物が相手国の輸入通関を通らなければすべて没収される可能性もある。
数量を一つ間違えるだけで命取りになる。
「まったく。自分のミスを棚に上げて何様のつもり?あの人、あなたを口説き落とせなかったのをまだ根に持ってるのよ。あんなの気にしちゃダメよ」
先程の会話を聞いていた隣の席の小田さんがすかさずフォローしてくれる。
私よりも三歳年上の先輩は、私が新卒の頃の教育係だった。
黒髪のショートボブに目鼻立ちのハッキリした美人だ。仕事ぶりは完璧で、さらに面倒見も良い。
パワハラまがいのことをされても頑張っていられるのは、小田さんがいてくれるお陰だ。
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