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第七章 忍び寄る影
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しおりを挟む「お話中すみません。JJTの方がいらっしゃっていると聞いたもので」
現れたのは智哉さんだった。
壁に体を押し付けられている私に気付いた途端、智哉さんは血相を変えて、俊介の手を勢いよく振り払った。
「お前、何してるんだ!」
智哉さんのその声には威圧感があった。
「別に、何もしてないですよ。なぁ、実咲?」
俊介の言葉に私は唇を噛みしめながら頷いた。
私が俊介に従うのを見ていた智哉さんが信じられないというように目を見開く。
まだ、あれでは証拠として不十分だった。
あと一歩のところで言質が取れなかったことが悔やまれる。
俊介はそのまま逃げる様にミーティングルームを飛び出していった。
「実咲、何があったんだ。大丈夫か?」
智哉さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫です。心配をかけてしまってすみません」
そう答えると、智哉さんは私の体を優しく抱きしめた。
「困ってることがあるなら、俺には何でも言って欲しい」
「……はい。でも、大丈夫です」
どうしても智哉さんには知られたくなかった。
俊介からの不在着信の時間や送り付けられてきたSMSの内容はすべて保存している。
先程のやりとりもボイスレコーダーで録音した。
あと少し証拠を集めたら警察に相談に行こう。
けれど、それは甘い考えだったのだとすぐに思い知らされた。
この日、仕事を終えて自宅アパートに辿り着いたとき、私は唖然とした。
部屋の扉の前に座り込む男がいたのだ。それが俊介であることを知り、全身の毛がぞわっと逆立つ。
スマホを手にしている俊介がこちらを見た。私と目が合うと「おかえり、実咲。今日は早いんだな?」にやりと笑う。
「ど、どうしてうちが分かったの?私、教えてないよね?」
彼と付き合っていたのは大学時代のこと。就職後に今のアパートに越してきたときには彼とはとっくに別れていて、連絡もとっていない。
顔が強張る。ポケットの中のボイスレコーダーをオンにしたいのに、手が震えてうまく動かせない。
家を特定された恐怖で唇が小刻みに震える。
「さあ、どうしてかな。これを愛のパワーっていうんじゃないか?」
俊介が立ち上がった。後ずさるものの、じりじりと距離を詰められる。
「せっかく遊びに来たんだから、家に入れてくれよ」
「やめて!!来ないで!!」
私はそう叫ぶと、俊介に背中を向けて一目散にアパートの階段を駆け下りる。
ヒールを履いているせいで、足がもつれる。
「待て!!」
階段を降りきって安心した矢先、足を滑らせたはずみで手すりに左のこめかみの辺りを打ち付けた。
脳震盪を起こしたのか目の前が真っ黒にかすむ。
恐怖が全身を支配した。
俊介に捕まれば、なにをされるか分からない。
その場に倒れ込みながらも、私は必死に震える手でスマートフォンを取り出した。
でも、うまく指が動かない。
「俺から逃げられるわけないだろ?」
その場で倒れている私の前に俊介が仁王立ちする。
生暖かいなにかが頬を伝い、アスファルトにシミを作る。
それが自分の血だと気付き目を瞑ると、瞼に愛する智哉さんの顔が浮かんだ。
「智哉さん……お願い……助けて……」
絶体絶命の状況に縋りつくように彼の名前を呼んだときだった。
「――実咲!!」
後方からザッザッという足音がした。その足音は私のすぐそばで止まった。
顔を動かさず目だけを動かすと、そこには智哉さんと幸子ちゃんの姿があった。
「実咲、大丈夫か!?」
「智哉さん……」
彼が助けにきてくれたことにホッとしてすがるように手を伸ばした瞬間、智哉さんはガクッっとその場に両膝をついて、過呼吸のような苦し気な呼吸を繰り返しはじめた。
「実咲ちゃん、血が出てる……!」
幸子ちゃんの叫び声が響く。
何事にも動じることのない智哉さんにとって唯一の弱点は血だ。
智哉さんは何かに耐える様にポケットから取り出したハンカチを私のおでこに当てた。
「……幸子、実咲を頼む」
「おい、てめぇ何しに来たんだよ!!」
必死に歯を食いしばり立ち上がった智哉さんを俊介が怒鳴りつける。
お願いだから、もうやめて……。智哉さんに手を出さないで……。
「実咲ちゃん!ねぇ、実咲ちゃんってば!!」
私の名前を呼ぶ幸子ちゃんの声が耳の奥で反響する。
俊介と向かい合った智哉さんの後ろ姿が徐々にかすみ、私はそのままプツリと意識を失った。
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