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第七章 忍び寄る影

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「私、時間ないんだけど」
「いいだろ、少しくらい」

強引な俊介に連れられ、私は渋々JJTの本社ビルの向かいにある人目の多いコーヒーチェーンに向かった。
奥の席に向かい合って座ると、アイスコーヒーを注文する。
私はストローで勢いよくコーヒーを吸い上げるとすぐさま本題に入った。

「これから会社に戻らないといけないの。本当に時間がないから話があるなら手短にお願いします」

そう言うと、俊介の顔がみるみるうちに不機嫌になる。


「つーか、なんでお前、俺からの電話に出ないの?電話かけると留守電に切り替わるし、メッセージも無視とかありえなくない?ずっと未読のままだし……。もしかして、俺のことブロックしてる?」
「いい機会だから言わせてもらう。正直、ああやって一方的に電話かけたり連絡されるのって迷惑なの。それに私、付き合ってる人がいるの。前にも言ったでしょ?」

毅然と言い返す。

「それは聞いた。でも俺、またお前とやり直したいんだよ」

俊介は両腕を胸の前で組み、ふんぞり返りながら言った。

「やり直したい人の態度には思えないけど」

社会人になり少しはまともになったかもしれないと思ったけど、やはり根本は何も変わってなどいなかった。
俊介は渋々腕組みを辞めると、今度はテーブルに両腕をつきぐっと前のめりになった。

「今まで色んな女と付き合ったんだけど、どうもしっくりこねぇんだわ。顔が可愛くてスタイルがいい子ともたくさん遊んだけど、やっぱり実咲以上の女はいなかった」
「今更何言ってるの?私と付き合っているあんな短期間に、何度浮気した?そんな人と私がまた付き合うとでも?」
「それは昔の話だろ。俺、自分でもいうのもあれだけどJJTの営業の中で出世頭って言われてんだよ。営業成績も常に上位だし。言い寄ってくる女なら山ほどいる」
「だったら、その山ほどいる女性の中から好みの人を選べばいいじゃない。それができれば、の話だけど」

私は残っているアイスコーヒーを一気に飲み干して、財布の中から取り出した千円札をテーブルに置いた。
これ以上一緒にいても、時間の無駄だ。
すると、俊介は苛立ったようにトントンッとテーブルを指で叩き始めた。

「くそっ、みんなして俺をナメやがって……。そんな強気なこと言ってられんのも、今のうちだけだぞ?」
「なにが?」
「俺たち、付き合ってたとき、体の関係あっただろ?お前の写真も動画も持ってんだよ」
「……な、何言ってるの?そんなもの存在しないわ!」

確かに付き合っている間、私と俊介には体の関係があった。
一度、スマホで撮影しながらしたいと頼まれたこともあったけど、私は全力で拒否した。

「実はさ、隠し撮りしてたんだ。こないだ実咲と会って、あの動画どうしたかなって探したら当時のデータがまだPCに残っててさ」
「なっ……」

唇が震える。
撮らせた覚えがなかったとしても、勝手に撮られていたとなれば話は別だ。

「もしかして、私を脅す気?」
「そんなつもりはねぇよ。ただ、実咲が俺を拒否するなら俺にも考えがあるってこと」

ニッと笑う俊介の姿に、怒りを抑えるのに必死だった。
この最低最悪なクソ男をこの場でぶん殴ってやりたい衝動に駆られ、必死になって抑え込む。

「この間の、あの男……伍代だっけ?お前の上司で今カレ。アイツの勝ち誇った顔、マジでムカついたんだよね。俺のことナメやがって。あんな屈辱受けたの初めてなんだけど」
「あの人は関係ないでしょ!巻き込むのはやめて」
「関係ない?じゃあ、アイツと別れて俺とヨリ戻すってことでいいんだな?」
「そんなこと言ってない。俊介、あなたちょっと変よ?」

背筋がゾッとする。話がまともに通じないし、目も赤く充血している。
それに、今日の彼は明らかに不自然だった。着ているYシャツは皺だらけだし、ネクタイも曲がっている。
それに、目の下が窪み酷く疲れている印象を受ける。
なにをしでかすかわからない危うさを感じて、私はバッグに手を伸ばした。

「あなたとは絶対にやり直さない。これ以上しつこくしたら、私も黙ってないから」
「ふぅん。だったらさ、ちょっと金工面してもらえない?」
「お金……?自分が何言ってるか分かってるの?」

さっき自分がJJTの出世頭だと自慢していた人間とは思えない。
言っていることが支離滅裂すぎて話にならない。

「百万でいい。一週間だけ待つよ。それでも俺を拒否するなら、動画をバラまくよ。SNSにも実咲の働く東光エージェンシーにも。俺、本気だからな」

私は席を立つと、俊介を残したままコーヒーチェーンを後にする。

「まさか、本当に隠し撮りを……?」

俊介と一緒にいるときは気を張っていたけど、離れた途端、全身が小刻みに震えだす。
過去のこととはいえ、あらぬ姿をSNSで拡散されたり会社の人間に見られたら終わりだ。

どうしよう……。
どうしたらいいの……。

肌を焼くような太陽の光を浴びているというのに、暑さを感じずむしろ寒気がする。
動揺で口の中がカラカラに乾く。
この日、会社に着いてからも仕事が手につかず私は心ここにあらずの状態だった。
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