73 / 100
第六章 芽生えた感情
12
しおりを挟む春ちゃんがぐっすり眠ったのを見届けてから寝室を出る。
現在の時刻は、二十二時少し前。
奈々子に『春ちゃんもう寝たよ。仕事頑張って!』というメッセージとともに今日撮った写真も添付した。
すると、『ほんとありがとう!伍代さん、イケメン!最高!』という返事がすぐに届いた。
電気の付いているリビングに向かう途中、突然スマホが鳴りだした。
俊介からの電話かもしれないと身構えながら画面を見ると、表示されていたのは冬野くんの名前だった。
「冬野くん、どうしたの?」
彼が休日のこんな時間に電話をかけてくるなんて珍しい。
なにかトラブルでもあったのかと心配しながら電話に出る。
『白鳥さん、こんな時間にすみません。俺です。冬野です』
「あーうん、知ってる。どうしたの、そんなに慌てて」
なぜか冬野くんの声が上ずっている。
『実は、さっきクリエイティブの同期から連絡があって。新村さんが仕事でトラブってるって話を聞いてなんかいてもたってもいられなくなって……。それで……』
「うん」
『新村さんの為に俺にできることって何だろうって考えてたんですが、思い浮かばなくて……。クリエイティブにいるときから新村さんにはすごいお世話になってたんです。白鳥さん、俺にできることってありますかね?』
なるほど。私は今の冬野くんの言動で核心を持った。
「冬野くんってさ、奈々子のこと好きだよね?」
『えっ!?な、なんでですか?』
電話口からバンッと何かが落ちる男がした。きっと、言い当てられた彼は今相当焦っているに違いない。
分かりやすく狼狽える冬野くんに思わず苦笑いを浮かべる。
「前からそうかなぁって気がしてたんだけどね。無意識だと思うけど、冬野くんって奈々子の話よくするし」
『うわっ、マジですか……。ハァ……隠してたんだけどな……』
「奈々子に言ったりしないから安心して。ただ、あの子って仕事となるとホント寝ることも食べることも疎かになっちゃうから、その点心配なの。もしどうしても気になるなら、電話してなにか手伝えることがあるか本人に直接聞いてみたら?間違ってもこんな時間にアポなしで自宅訪問したりしちゃダメよ」
今も奈々子はきっと、ちょんまげ前髪にスッピンだろう。
『でも、迷惑じゃないですかね……』
「奈々子は人の厚意を迷惑なんて思わないよ。それは、冬野くんだって知ってるでしょ?」
私の言葉にほんのわずかに沈黙した後、『新村さんに連絡してみます』と冬野くんは決意を込めたように言った。
「そうしなよ。頑張ってね」
電話を切った私はふっと笑った。
奈々子も冬野くんのことを可愛がっていたし、いまだに彼を心配している様子だった。
あの二人……もしかすると、もしかするかも?
そんなことを考えながらリビングの扉を開けると、ダイニングテーブルでPCに向き合っていた伍代さんがこちらに顔を向けた。
「春ちゃん、寝た?」
「はい。疲れていたみたいでぐっすりです」
「そっか。よかった。実咲も疲れただろうし、ゆっくりしなよ」
「ありがとうございます」
ソファに座るように促されて腰掛けると、自然な動きで隣に伍代さんが座った。
「そういえば、さっき誰かと電話してた?声がした気がしたんだけど」
「ああ、今冬野くんから電話がかかってきたんですよ」
「……休みのこんな時間に?どうして?」
伍代さんはいぶかし気に私を見つめる。
「ちょっと相談に乗ってほしいことがあったみたいで。でもなんか、冬野くんの可愛いところが見れて、ほっこりした気持ちになりました」
奈々子へなにかをしてあげたいけどなにをしたらいいのか分からず、私に電話をかけてくるなんて健気で可愛すぎる。
口が悪くちょっとやんちゃ気味な彼が好きな人のピンチに焦る。
そのギャップに不覚にも母性本能をくすぐられてしまった。
「彼とずいぶん仲良しなんだね」
「ふふふっ、冬野くんと私がですか??まあ、ある意味仲良しですかね」
冬野くんの好きな人は、私の親友の奈々子なんだから。
彼が今、ドキドキしながら奈々子に電話をかけているところを想像すると、自然に口元が緩んだ。
あとで奈々子を問いたださなくちゃ。
「さっきから、彼の話ばっかりだね」
不満気に言うと、伍代さんは私の肩を掴みソファに押し倒した。
「え……?」
「俺がなにもしないと思って安心してる?」
「ちょっ、伍代さん?」
ふざけているのかと思ったものの、彼の目は真剣そのものだった。
「俺さ、今必死に理性と戦てるんだよね」
「っ……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
お互いの視線が熱く絡み合った瞬間、胸の奥から熱い感情がこみ上げてきた。
必死に抵抗を続けてきたけど、もう抗えないかもしれない。
伍代さんの唇がゆっくり近付いてくる。
「ちょっ……待って……」
「待てないって言ったら?」
伍代さんの腕にそっと右手が触れた。
筋肉質で引き締まった彼の腕。この腕で抱かれたあの晩の記憶が鮮明に蘇ってくる。
互いの息遣いすら聞こえてきそうな距離になった時だった。
『ピーンポーン』という音がして互いの動きがぴたりと止まった。
「あのっ、誰か来ましたけど……?」
「こんな時間に誰だ」
私の腕を掴んでゆっくりと体を起き上がらせたとき、再び玄関のチャイムが鳴った。
それどころか、来訪者は苛立つように何度もチャイムを連打する。
0
お気に入りに追加
412
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる