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第六章 芽生えた感情

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「たのしかったー!」

一時間みっちりプレイルームで遊ぶと、春ちゃんは大満足の様子だった。

「子供の体力はすごいな。ちょっと休憩しよう」

さすがの彼も一時間春ちゃんを追いかけまわして疲れた様子だ。
私は二人が遊ぶ様子を写真や動画に収めた。あとで奈々子に送ってあげよう。

「その前に春ちゃんのおむつ替えしてきますね。伍代さんはどこかに座って休憩していてください」

私が言うと、彼は不服気な表情を浮かべる。

「え?私、変なこと言いました?」
「今日はともくん、でしょ。みーちゃん」
「ともくん、いってくるね。ハァ、なんかめんどくさいですね」
「めんどくさいって、ひどいな」

彼は苦笑いを浮かべて肩を竦める。

「冗談ですよ」

こんなバカらしいやりとりを楽しんでいる自分が信じられない。

「春ちゃん、いってらっしゃい」
「はーい!」

ヒラヒラと手を振る春ちゃんを伍代さんは笑顔で見送った。

悪戦苦闘しながらもパンツ型のオムツを替えて何とかベビールームを出ると、伍代さんは近くのソファに座りスマホをいじっていた。
私と春ちゃんが歩み寄っていっても、気付く様子はない。

「ともくーん!」

春ちゃんが声をかけると、伍代さんはハッとしたように顔を持ち上げて慌ててスマホをポケットに押し込んだ。

「どしたの?」

不思議そうに春ちゃんが尋ねると、彼は誤魔化すように微笑む。

「ううん、なんでもないよ。春ちゃん、お腹空いてない?ご飯、食べる?」
「うん!!」

私たち三人は揃って1階にあるファミリー向けのレストランへ足を向けた。
休日ということもあり混雑していたものの、無事に席に座ることができた。
春ちゃんはオムライスの乗ったお子様ランチ、私はミートドリア、伍代さんはハンバーグをそれぞれ注文した。
お子様プレートについてきた車のおもちゃで楽しそうに遊ぶ春ちゃん。今のところ機嫌も良く、順調そのものだ。

「今日は本当にありがとうございました。伍代さんがいてくれたおかげで、春ちゃんもすごく楽しそうでした」
「いや、それは俺が無理矢理ついてきただけだから」

彼は続ける。

「それと今日、実咲のアパートに二人を帰らせる気はないから」
「え?」

その言葉に耳を疑う。

「それ、どういう意味です?」
「どの部屋の住人かはわらかないけど、今日はきっとお祭り騒ぎだよ。大人数がすごい量の荷物を持って階段を上がっていったけどすれ違わなかった?」

ハンバーグを食べ終えた伍代さんはナイフとフォークをお皿に置いた。

「すれ違いました。ちなみに、隣人です」
「隣人か。なおさら、帰せないよ。春ちゃんだってあれじゃゆっくり眠れないだろう。今日はうちに泊まっていけばいいよ」

当たり前のようにあっけらかんと言う彼。

「なっ!?無理ですよ!それに私、何の用意もしてきてないんですから!」
「そういうと思って、ここに連れてきたんだよ」

伍代さんはニッと笑う。

「ここなら何でも揃うだろ。足りないものがあったら、俺が全部プレゼントするから」

全て伍代さんの策略だったのだ。すました顔をしているけど、彼は相当したたかな男だ。
けれど、確かに春ちゃんのことを考えればうちのアパートより伍代さんのマンションのほうが環境は良い。
ママと離れて寝ているときに隣の部屋からどんちゃん騒ぎが聞こえてきて目覚めてしまったら、私はどうしたらいいのかきっとわからなくなる。
だからといって、伍代さんの家に春ちゃんだけを泊まらせるなどと無責任なことはできない。

それならば。

「……でも、いいんですか?」

腹を決めた私はおずおず尋ねた。

「なにが?」

言おうかどうか躊躇う。彼には『幸子』と『フミ』という女性の影がある。車の中にあったピアスだってそうだ。
春ちゃんだけでなく私まで家に泊めるならば、確認しておかなければならない。

「伍代さん、本当に彼女いないんですか?」
「俺?いないよ、前にも話さなかった?」
「実は、この間居酒屋で――」

私が言いかけた時、ガシャンという音がした。
ハッとしたように視線を音のしたほうに向けると、春ちゃんの顔がみるみるうちに歪んでいく。
見ると子供用のプラスチックのコップが倒れ、テーブルが水浸しになっていた。

「大丈夫だよ、春ちゃん」
「そうそう。全然平気よ」

私と伍代さんは春ちゃんに声をかけながら阿吽の呼吸でテーブルの上の食器をどかし、タオルでテーブルを拭いた。
結局、そのあと彼に『幸子』と『フミ』の正体を聞くことは叶わなかった。
私は伍代さんの家に泊まらせてもらうことに決め、下着など最低限の物だけを揃えてレジへ向かう。

すると、お金を払うタイミングで現れた伍代は「これで」とクレジットカードを店員に手渡しさっさと支払いを済ませてしまう。
こういうことをされなれていない私がお金を返そうとしても、伍代さんはいつものように頑なに受け取ろうとしない。
結局、私は諦めてお礼を言うことしかできなかった。
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