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第六章 芽生えた感情

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奈々子の住むアパートはうちから車で二十分ほどの距離にある。
十六時過ぎ、ようやく奈々子のアパートの前の駐車場に到着した。
着いたと連絡を入れると、アパートの駐車場まで春ちゃんを連れて出てきた。

「実咲~!って……なんで!?」

笑顔でブンブンとこちらに手を振る奈々子は伍代さんの姿を見るなり声を上げた。

「え。なんで伍代さんが!?ちょっと!実咲、そういうのはもっと早く言ってよ!!あたしのイメージが崩れるじゃない!!」

奈々子は分かりやすく動揺し、目元を必死に隠した。
身だしなみなど整える余裕もなかったのか、前髪をちょんまげにしてすっぴんの奈々子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
伍代さんが一緒に来ると話せばミーハーな奈々子はきっと仕事どころではなくなってしまっただろう。
黙っていたのも、ある種の優しさだ。

「これには色々な事情があるのよ。それで、伍代さんが春ちゃんを一緒に見てくれるっていうからお言葉に甘えることにしたの」
「伍代さんが!?あたしはとっても助かるんですが、いいんですか?」

奈々子の言葉に彼は人のよさそうな顔でにっこりと笑った。

「もちろんです。子供は大好きなので。春ちゃん、こんにちは」

奈々子の後ろで太ももにつかまり、遠慮がちに顔を出した春ちゃんに伍代さんが笑顔を向ける。
すると、春ちゃんは緊張した様子ながらも彼の傍へ行きギュッと手を繋いだ。

「あらっ、春ってば普段は人見知りするのに……。イケメンに弱いのは母親譲りだわ」

伍代さんに続くように私は腰をかがめて春ちゃんと同じ目線になり、
「こんにちは。今日はみーちゃんと一緒に遊ぼうね?」と微笑みかけた。

すると、春ちゃんは眉間にしわを寄せて今にも泣きだしそうな険しい表情を浮かべる。

「は、春ちゃん……。私のほうが何度も会ってるのに、どうして?赤ちゃんの時、私がおむつを替えてあげたことだってあるのよ?」

愕然とする私を見て、伍代さんと奈々子は目を見合わせてケラケラと笑う。
和やかなムードにホッとしたのか、春ちゃんの表情も和らぐ。
サラサラな猫っ毛の髪を二つに束ねている春ちゃん。赤ちゃんの頃からほっぺがぷにぷにで本当に可愛い。

「実咲も伍代さんも、貴重な休日なのに本当にごめんね。JJTのコンペ終わったばっかりで疲れてるのに……」
「気にしないでください。それに、JJTの案件にはクリエイティブの新村さんにもいろいろお世話になりましたし」
「そんなそんな!それにしても、伍代さんってばホント神!ていうか、二人とも早く付き合っちゃえよって感じです!」
「白鳥さんさえよければ、私はいつでも」

私が黙っているのをいいことに、シレっと話を進める二人。

「実咲ってばずーーっと彼氏いなくて枯れてるんで、ホントもらってください!」
「余計なことは言わなくていい!!」

私が奈々子に春ちゃんの荷物を預かっている間に、伍代さんが車の後部座席に奈々子から預かったチャイルドシートを設置する。

「ねぇねぇ、本当に伍代さんとのこと真剣に考えてみたら?」

すると、私の隣に移動した奈々子が小声で言った。

「伍代さん、信頼できる人だと思うよ。アンタの元カレみたいに浮気するような人じゃないと思う。もう何年も前のことなんだから新しい恋に踏み出さなくちゃ。ねっ?」
「うん……」

だけど、やっぱりどうしても不安だ。彼の周りにはフミと幸子というふたりの女性の影がある。
それを解決できなければ、彼との関係を進められない。
すると、あっという間にチャイルドシートをつけた伍代さんがこちらに向かって歩み寄ってきた。
彼が目の前まで来ると、奈々子が笑顔を浮かべた。

「よしっ、春。いってきな。みーちゃんとともくんと仲良くね」
「とも、くん?」

思わず私がそう漏らすと、奈々子がにやりと笑った。

「そう。白鳥、伍代っていう呼び方は春には難しいから、春がいる間はお互いにその呼び方でお願いね」
「……わ、分かったわ。春ちゃん、行こうか?」

私が手を差し出すと、今度こそ春ちゃんはぎゅっと握ってくれた。
小さな掌のぬくもりに温かい気持ちになる。

「まま、ばいばい~!」

私たちは車に乗り込むと、奈々子に見送られて駐車場を後にした。
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