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第六章 芽生えた感情

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「どうしてこんなことに……」

シャワーを浴びて身支度を済ませ終えたころ、伍代さんから今から家を出るという連絡を受けた。
部屋の鏡に自分の姿を映して、おかしいところはないかチェックする。ベージュの薄手ニットにデニムを合わたカジュアルコーデだ。
春ちゃんを連れているとき、不測の事態が起こる可能性も考えて足元はパンプスやヒールではなくスニーカーを選んだ。


「気合入ってるとか思われたら嫌だな……」

普段は長い髪を一つに束ねているけれど、休日は大体下ろしている。そもそもずっと髪を結んでいると、頭痛がしてくるのだ。
けれど、ただ下ろすだけだとまとまりがなくなってしまう為、緩く巻いている。
もちろん、それは今日に限った話ではない。
ほどなくして彼からアパートの前に着いたと連絡を受けた私は、ローテーブルの上の鍵を手に玄関先に向かった。
鍵を閉め、アパートの階段を降りようとしたとき、若者たちがゾロゾロと階段を上がってきた。
仕方なく、全員が登りきるまで待つことにする。

「やばくね、あの高級車!俺、初めて見たんだけど」
「ていうか、乗ってる人見た!?めちゃくちゃイケメンだったよ!アンタたちとは大違い!」
「おいおい、その言い方ひでーな」

一人、二人、三人……計八人の男女の手にはこれからBBQでもやるのか大量の食材が握られている。もちろん、箱買いの缶チューハイやらビールやらもある。

「あっ、こんちは!」
「こんにちは」

最後に上がってきたのは、まさにうちの隣の住人だった。
私に向かって笑顔を浮かべた男性は頭を下げながら挨拶をする。
彼は大学生で、親の仕送りで1LDKのアパートで悠々自適な一人暮らし生活を送っているらしい。

「あっ、今日の夜うちで焼肉やるですけど、よかったらお姉さんも来ます?」
「いえ、私は結構です」

私たちの会話を横目に、彼の友人たちは男の部屋に吸い込まれ行く。

「そっか。残念だなぁ。あっ、今日結構人集まっちゃったんで、ちょっとうるさいかもしれないっす」

悪びれもなく言い放った彼に目の下を引きつらせる。
うるさいかもしれない、じゃなくて絶対うるさいの間違いだろう。

「楽しく焼肉をやるのは構いませんが、一階には最近生まれたばかりの赤ちゃんがいますし、深夜までのどんちゃん騒ぎはやめて下さいね」
「あー……、ですね。分かりました。気を付けます」

口うるさい女だと思われたとしてもいい。私が言うことで少しでも抑止力になりさえすれば。
階段を下りて行った私は小走りで伍代さんの車に駆け寄った。

「すみません、お待たせしました」
「そんなの気にしないでいいよ。乗って?」

彼の白い高級車に乗り込む。
普段はキッチリ整えている黒髪はカジュアルに整えられ、服装もグレージュのトップスにネイビーのパンツというシンプルな装いだった。

「私服だと雰囲気変わりますね」
「そうかな?実咲とデートするってわかってたらもう少しちゃんと準備してたんだけどね」
「いやいや。これ、デートじゃないですし」
「俺はデートって思ってるけどね」

私の反応をうかがうように顔を覗き込んでこようとする伍代さんからプイっと顔を背ける。

「実咲こそ、今日は雰囲気違うね。髪下ろしてるからか」

伍代さんはそう言うと、そっと私の髪に触れた。

「なっ!」

突然のことに思わずビクッと反応すると、彼はそれを見てくすくす笑う。

「いつもみたいに結んでるのもいいけど、下ろして巻いてるのは特別感があっていいね」
「からかわないでください」
「からかってないよ。ただ、そういう可愛いところは他の人には見せたくないし、俺と二人の時だけにしてね」



彼は、こういう姿を会社では一切見せない。私が知り得る限りでは他の女性社員を口説こうとしている様子もない。
社内でも人気の伍代さんを飲みや食事に誘おうとしても、みんな丁重に断られるらしい。
どんなに可愛い子にも隙を見せず、鉄壁のガードを貫いている。

……私が伍代さんに惹かれているのは間違いない。
こんなにも真っすぐ気持ちを伝えてくれる男性は今までいなかったし、彼に本当にその気があるなら付き合ってみたい気もする。

だけど、だ。彼は私と誰かを勘違いしている。
「フミ」と昨日名前を呼んでいた女性が彼の想い人なんだろう……。
それに、車内に落ちていたあのピアスと『幸子』という名前の女性も気にかかる。
心の中が悶々とする。

「新村さんの家、どのあたり?」

奈々子の家の場所を伝えると、車はなだらかに発進した。
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