68 / 100
第六章 芽生えた感情
7
しおりを挟む
「どうしてこんなことに……」
シャワーを浴びて身支度を済ませ終えたころ、伍代さんから今から家を出るという連絡を受けた。
部屋の鏡に自分の姿を映して、おかしいところはないかチェックする。ベージュの薄手ニットにデニムを合わたカジュアルコーデだ。
春ちゃんを連れているとき、不測の事態が起こる可能性も考えて足元はパンプスやヒールではなくスニーカーを選んだ。
「気合入ってるとか思われたら嫌だな……」
普段は長い髪を一つに束ねているけれど、休日は大体下ろしている。そもそもずっと髪を結んでいると、頭痛がしてくるのだ。
けれど、ただ下ろすだけだとまとまりがなくなってしまう為、緩く巻いている。
もちろん、それは今日に限った話ではない。
ほどなくして彼からアパートの前に着いたと連絡を受けた私は、ローテーブルの上の鍵を手に玄関先に向かった。
鍵を閉め、アパートの階段を降りようとしたとき、若者たちがゾロゾロと階段を上がってきた。
仕方なく、全員が登りきるまで待つことにする。
「やばくね、あの高級車!俺、初めて見たんだけど」
「ていうか、乗ってる人見た!?めちゃくちゃイケメンだったよ!アンタたちとは大違い!」
「おいおい、その言い方ひでーな」
一人、二人、三人……計八人の男女の手にはこれからBBQでもやるのか大量の食材が握られている。もちろん、箱買いの缶チューハイやらビールやらもある。
「あっ、こんちは!」
「こんにちは」
最後に上がってきたのは、まさにうちの隣の住人だった。
私に向かって笑顔を浮かべた男性は頭を下げながら挨拶をする。
彼は大学生で、親の仕送りで1LDKのアパートで悠々自適な一人暮らし生活を送っているらしい。
「あっ、今日の夜うちで焼肉やるですけど、よかったらお姉さんも来ます?」
「いえ、私は結構です」
私たちの会話を横目に、彼の友人たちは男の部屋に吸い込まれ行く。
「そっか。残念だなぁ。あっ、今日結構人集まっちゃったんで、ちょっとうるさいかもしれないっす」
悪びれもなく言い放った彼に目の下を引きつらせる。
うるさいかもしれない、じゃなくて絶対うるさいの間違いだろう。
「楽しく焼肉をやるのは構いませんが、一階には最近生まれたばかりの赤ちゃんがいますし、深夜までのどんちゃん騒ぎはやめて下さいね」
「あー……、ですね。分かりました。気を付けます」
口うるさい女だと思われたとしてもいい。私が言うことで少しでも抑止力になりさえすれば。
階段を下りて行った私は小走りで伍代さんの車に駆け寄った。
「すみません、お待たせしました」
「そんなの気にしないでいいよ。乗って?」
彼の白い高級車に乗り込む。
普段はキッチリ整えている黒髪はカジュアルに整えられ、服装もグレージュのトップスにネイビーのパンツというシンプルな装いだった。
「私服だと雰囲気変わりますね」
「そうかな?実咲とデートするってわかってたらもう少しちゃんと準備してたんだけどね」
「いやいや。これ、デートじゃないですし」
「俺はデートって思ってるけどね」
私の反応をうかがうように顔を覗き込んでこようとする伍代さんからプイっと顔を背ける。
「実咲こそ、今日は雰囲気違うね。髪下ろしてるからか」
伍代さんはそう言うと、そっと私の髪に触れた。
「なっ!」
突然のことに思わずビクッと反応すると、彼はそれを見てくすくす笑う。
「いつもみたいに結んでるのもいいけど、下ろして巻いてるのは特別感があっていいね」
「からかわないでください」
「からかってないよ。ただ、そういう可愛いところは他の人には見せたくないし、俺と二人の時だけにしてね」
彼は、こういう姿を会社では一切見せない。私が知り得る限りでは他の女性社員を口説こうとしている様子もない。
社内でも人気の伍代さんを飲みや食事に誘おうとしても、みんな丁重に断られるらしい。
どんなに可愛い子にも隙を見せず、鉄壁のガードを貫いている。
……私が伍代さんに惹かれているのは間違いない。
こんなにも真っすぐ気持ちを伝えてくれる男性は今までいなかったし、彼に本当にその気があるなら付き合ってみたい気もする。
だけど、だ。彼は私と誰かを勘違いしている。
「フミ」と昨日名前を呼んでいた女性が彼の想い人なんだろう……。
それに、車内に落ちていたあのピアスと『幸子』という名前の女性も気にかかる。
心の中が悶々とする。
「新村さんの家、どのあたり?」
奈々子の家の場所を伝えると、車はなだらかに発進した。
シャワーを浴びて身支度を済ませ終えたころ、伍代さんから今から家を出るという連絡を受けた。
部屋の鏡に自分の姿を映して、おかしいところはないかチェックする。ベージュの薄手ニットにデニムを合わたカジュアルコーデだ。
春ちゃんを連れているとき、不測の事態が起こる可能性も考えて足元はパンプスやヒールではなくスニーカーを選んだ。
「気合入ってるとか思われたら嫌だな……」
普段は長い髪を一つに束ねているけれど、休日は大体下ろしている。そもそもずっと髪を結んでいると、頭痛がしてくるのだ。
けれど、ただ下ろすだけだとまとまりがなくなってしまう為、緩く巻いている。
もちろん、それは今日に限った話ではない。
ほどなくして彼からアパートの前に着いたと連絡を受けた私は、ローテーブルの上の鍵を手に玄関先に向かった。
鍵を閉め、アパートの階段を降りようとしたとき、若者たちがゾロゾロと階段を上がってきた。
仕方なく、全員が登りきるまで待つことにする。
「やばくね、あの高級車!俺、初めて見たんだけど」
「ていうか、乗ってる人見た!?めちゃくちゃイケメンだったよ!アンタたちとは大違い!」
「おいおい、その言い方ひでーな」
一人、二人、三人……計八人の男女の手にはこれからBBQでもやるのか大量の食材が握られている。もちろん、箱買いの缶チューハイやらビールやらもある。
「あっ、こんちは!」
「こんにちは」
最後に上がってきたのは、まさにうちの隣の住人だった。
私に向かって笑顔を浮かべた男性は頭を下げながら挨拶をする。
彼は大学生で、親の仕送りで1LDKのアパートで悠々自適な一人暮らし生活を送っているらしい。
「あっ、今日の夜うちで焼肉やるですけど、よかったらお姉さんも来ます?」
「いえ、私は結構です」
私たちの会話を横目に、彼の友人たちは男の部屋に吸い込まれ行く。
「そっか。残念だなぁ。あっ、今日結構人集まっちゃったんで、ちょっとうるさいかもしれないっす」
悪びれもなく言い放った彼に目の下を引きつらせる。
うるさいかもしれない、じゃなくて絶対うるさいの間違いだろう。
「楽しく焼肉をやるのは構いませんが、一階には最近生まれたばかりの赤ちゃんがいますし、深夜までのどんちゃん騒ぎはやめて下さいね」
「あー……、ですね。分かりました。気を付けます」
口うるさい女だと思われたとしてもいい。私が言うことで少しでも抑止力になりさえすれば。
階段を下りて行った私は小走りで伍代さんの車に駆け寄った。
「すみません、お待たせしました」
「そんなの気にしないでいいよ。乗って?」
彼の白い高級車に乗り込む。
普段はキッチリ整えている黒髪はカジュアルに整えられ、服装もグレージュのトップスにネイビーのパンツというシンプルな装いだった。
「私服だと雰囲気変わりますね」
「そうかな?実咲とデートするってわかってたらもう少しちゃんと準備してたんだけどね」
「いやいや。これ、デートじゃないですし」
「俺はデートって思ってるけどね」
私の反応をうかがうように顔を覗き込んでこようとする伍代さんからプイっと顔を背ける。
「実咲こそ、今日は雰囲気違うね。髪下ろしてるからか」
伍代さんはそう言うと、そっと私の髪に触れた。
「なっ!」
突然のことに思わずビクッと反応すると、彼はそれを見てくすくす笑う。
「いつもみたいに結んでるのもいいけど、下ろして巻いてるのは特別感があっていいね」
「からかわないでください」
「からかってないよ。ただ、そういう可愛いところは他の人には見せたくないし、俺と二人の時だけにしてね」
彼は、こういう姿を会社では一切見せない。私が知り得る限りでは他の女性社員を口説こうとしている様子もない。
社内でも人気の伍代さんを飲みや食事に誘おうとしても、みんな丁重に断られるらしい。
どんなに可愛い子にも隙を見せず、鉄壁のガードを貫いている。
……私が伍代さんに惹かれているのは間違いない。
こんなにも真っすぐ気持ちを伝えてくれる男性は今までいなかったし、彼に本当にその気があるなら付き合ってみたい気もする。
だけど、だ。彼は私と誰かを勘違いしている。
「フミ」と昨日名前を呼んでいた女性が彼の想い人なんだろう……。
それに、車内に落ちていたあのピアスと『幸子』という名前の女性も気にかかる。
心の中が悶々とする。
「新村さんの家、どのあたり?」
奈々子の家の場所を伝えると、車はなだらかに発進した。
1
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
孤独なメイドは、夜ごと元国王陛下に愛される 〜治験と言う名の淫らなヒメゴト〜
当麻月菜
恋愛
「さっそくだけれど、ここに座ってスカートをめくりあげて」
「はい!?」
諸般の事情で寄る辺の無い身の上になったファルナは、街で見かけた求人広告を頼りに面接を受け、とある医師のメイドになった。
ただこの医者──グリジットは、顔は良いけれど夜のお薬を開発するいかがわしい医者だった。しかも元国王陛下だった。
ファルナに与えられたお仕事は、昼はメイド(でもお仕事はほとんどナシ)で夜は治験(こっちがメイン)。
治験と言う名の大義名分の下、淫らなアレコレをしちゃう元国王陛下とメイドの、すれ違ったり、じれじれしたりする一線を越えるか超えないか微妙な夜のおはなし。
※ 2021/04/08 タイトル変更しました。
※ ただただ私(作者)がえっちい話を書きたかっただけなので、設定はふわっふわです。お許しください。
※ R18シーンには☆があります。ご注意ください。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】鳥籠の妻と変態鬼畜紳士な夫
Ringo
恋愛
夫が好きで好きで好きすぎる妻。
生まれた時から傍にいた夫が妻の生きる世界の全てで、夫なしの人生など考えただけで絶望レベル。
行動の全てを報告させ把握していないと不安になり、少しでも女の気配を感じれば嫉妬に狂う。
そしてそんな妻を愛してやまない夫。
束縛されること、嫉妬されることにこれ以上にない愛情を感じる変態。
自身も嫉妬深く、妻を家に閉じ込め家族以外との接触や交流を遮断。
時に激しい妄想に駆られて俺様キャラが降臨し、妻を言葉と行為で追い込む鬼畜でもある。
そんなメンヘラ妻と変態鬼畜紳士夫が織り成す日常をご覧あれ。
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
※現代もの
※R18内容濃いめ(作者調べ)
※ガッツリ行為エピソード多め
※上記が苦手な方はご遠慮ください
完結まで執筆済み
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」
私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!?
ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。
少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。
それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。
副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!?
跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……?
坂下花音 さかしたかのん
28歳
不動産会社『マグネイトエステート』一般社員
真面目が服を着て歩いているような子
見た目も真面目そのもの
恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された
×
盛重海星 もりしげかいせい
32歳
不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司
長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない
人当たりがよくていい人
だけど本当は強引!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる