上 下
67 / 100
第六章 芽生えた感情

しおりを挟む
音は床の上のバッグからしているようだ。
慌てて駆け寄りスマホを取り出すと、画面には奈々子の名前が表示されていた。

「もしもし、奈々子?どうしたの?」

スマホを耳に当てると、「実咲、あたしを助けてぇぇぇ!!」と電話口で奈々子が絶叫した。


「……――ということで、奈々子の娘ちゃんを預かることになりました」

急な仕事の修正依頼に対応するために、娘の春ちゃんを預かってほしいというお願いだった。
ベビーシッターや休日託児所に連絡を入れたものの、どこもいっぱいで受け入れてもらえなかったと奈々子が私にSOSを出したのだ。
春ちゃんとは何度か会ったことがあるし、こうやって預かるのもこれが初めてではない。
奈々子がシングルマザーとして頑張っているのは傍にいて知っているし、協力できることならばしてあげたいと常々思っていた。

ただ、いつもと少し事情が違う。
今回の仕事は数時間だけ春ちゃんを預かったくらいで終わるようなものではないらしい。

「いつまで?今日だけ?」

電話の内容を把握した伍代さんはさっさとベッドから出ると、身支度を整え始めた。

「いえ、明日の夕方までの予定です。ここに連れてきて、お泊りさせます」

隣の部屋の住人の洗濯機がようやく止まった。と思ったら、今度は掃除機をかけ始めた。
壁に掃除機のヘッドが当たっているのか、ドンドンッという音が響く。
こうやって部屋の掃除をし始めた日の夜は、必ず友人などを大人数連れて来てどんちゃん騒ぎをする。
何度かアパートの管理会社に話をしたものの、一向に改善される気配はない。

「新村さんのお子さんは何歳?まだ小さいんだっけ?」
「二歳です」
「二歳か。ママと離れて泣いたりするかもしれないな」
「まあ、それはなんとかなだめて……」

すると、伍代さんがにこりと笑った。

「子供の面倒見るの、得意そうには見えないけど大丈夫?」
「なっ、失礼な……」

言い当てられて顔をしかめる。
確かに私は子供の相手をするのが苦手だ。だからといって嫌いなわけではない。
一人っ子だったせいで兄弟もおらず、どうやって接したらいいのかよくわからないのだ。

「その反応、やっぱりそうなんだ?」
「確かに得意ではありませんけど、しょうがないじゃないですか。奈々子のピンチだし、私にしてあげられることってそれくらいしか……」

奈々子は私にとってかけがえのない親友だ。
その親友が困っているなら、力を貸してあげたいと思うのは当たり前のことだ。

「そうか。じゃあ、俺も一緒に面倒をみるよ」
「……はい?」
「一度、家に帰ってシャワーを浴びて着替えたらまたこのアパートに実咲を迎えに来る。そのあと、新村さんの家に行って春ちゃんを預かろう」
「いやいや、大丈夫です!私だけでもちゃんと責任を持って春ちゃんを預かれるので」
「じゃあ、出来るだけ早く迎えに来るから。実咲も準備して待ってて。家を出るときに電話するね」
「ちょっ、ちょっと伍代さん!私の話聞いてます!?」
「もうタクシーが着いたみたいだから、行くね。また後で」

玄関先へ行き、革靴を履く伍代さん。
話をしている最中に、スマホの配車アプリを利用してタクシーを呼んでいたようだ。
いくらなんでも仕事が早すぎる。
ひらひらと手を振って出ていく伍代さんの背中を唖然と見つめる。

私と伍代さんが二人で春ちゃんの面倒をみることになるなんて……。
できることならば、彼とは距離を置きたかった。
今ならまだ、自分の気持ちにブレーキをかけられると思っていたから。

それなのに……。

「ハァ……」

私は盛大に溜息を吐いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった

春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。 本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。 「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」 なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!? 本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。 【2023.11.28追記】 その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました! ※他サイトにも投稿しております。

処理中です...