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第五章 不穏と波乱
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しおりを挟む「もう無理だって局長に泣きついたらどうだ?今から不参加にしてもらうのも手だぞ?まあ、そうなれば誰かが責任をとらなくちゃいけなくなるけどな」
無理なのは、タバコと歯槽膿漏の入り混じったドブのようなアンタの口臭だ。
とは言わず、私は部長を真っすぐ見つめて毅然と言い返す。
「例え誰かに足を引っ張られたとしても、私はこのコンペを成功させます」
部長をその場に残して、私は黒川さんのデスクへ歩み寄った。
「黒川さん」
声をかけると、黒川さんがゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
「……あたし、クビですか?」
あれからずっと泣いていたのか、目の下がアイラインとマスカラでパンダのように黒くなっている。
ファンデーションにも剥がれて、涙のラインで跡がついている。
「ねえ、黒川さんヤバくない?」
「だよね。ざまあ」
以前、私を黒川さんと一緒に悪女だと噂していた金魚のフンたちが口々に彼女の悪口を言う。
それが耳に入ったのか、黒川さんはワナワナと唇を震わせてデスクに伏せてしまった。
「ここじゃあれだし、違う場所で話そうか」
私は必死に彼女をなだめると、ビルの屋上へ連れてきた。
わが社には屋上庭園がある。
まるで屋上とは思えないほどに緑豊かなその場所には人工芝が敷かれ、ベンチとテーブル席まで用意されている。
天気がよく穏やかな日は、お弁当を食べたり休憩もできる憩いの場だ。
ベンチに揃って腰掛けると、黒川さんは鼻をすすった。
「いい加減泣き止んだら?いくら悔やんでもなかったことにはならないんだし」
「……あたしに東光エージェンシーっていう肩書がなくなったら、終わりです」
黒川さんが珍しく神妙な面持ちを浮かべた。
「あたし、昔から秀でてることってなくて。ホント普通の子だったんです。勉強も運動もそれなりだし、顔だってそこそこ。大学だって全然名の知れたところじゃないし、そういうのがずっとコンプレックスで。だから、第一希望の東光エージェンシーに採用が決まって舞い上がってました。みんなが知ってる一流企業に入れた自分にその時ようやく自信が持てたんです」
私は黙って頷きながら彼女の言葉を聞いた。
「元々はマーケティングの仕事がしたかったんです。でも、営業部に配属になった以上はここで頑張ろうって思ってました。だけど、入社してすぐ自分の実力のなさに気づいちゃったんです」
営業の仕事は指導係が手取り足取りすべてを教えてくれるものではない。一年ほどで一気にノウハウを叩きこまれて、そのあとは徐々に自分の仕事を見つけていく作業になる。
私だって最初の数年は右も左もわからないまま仕事を続けてきた。迷ったことだってたくさんある。
それでも、持ち前の負けん気の強さでがむしゃらに仕事に励んだ。
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