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第三章 近付く距離

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「今、私のことなんて呼びました……?」
「実咲って呼んだけど」

彼はなんてことのないようにしれっと答える。
私はテーブルの上のティッシュを一枚頂いて、慌てて口元を拭う。

「伍代さんはずっと海外で暮らしていたと聞きましたし、ファーストネームで呼ぶのに慣れているのかもしれません。でも、ここは日本ですよ?こういうこと他の女性にしたら、勘違いされて大事件に発展するかもしれませんよ?」

彼の言動は明らかに思わせぶりだ。
私はともかくとして、気があると女性に勘違いされたらどうするつもりなんだろう。

自覚はないのかもしれないけど、彼は有り余るほどに男としての魅力を兼ね備えている。
容姿端麗で尚且つ御曹司で家柄も良く、物腰も柔らかくて人当たりも良い。
非の打ちどころがない。
そんな男から気を持たせるような言動を取られれば、女性はひとたまりもない。
正直、私もそんな彼に絆されて関係を結んでしまったわけで……。
だからこそ、お節介かなと思いながらも彼の為を思って忠告した。

「そんなこと起こらないよ。前にも言ったけど、俺は一途だから。愛情表現をするのも実咲だけだし」

優雅にホットコーヒーを飲んでいるだけなのに、それすらも絵になる。

「あ、愛情表現ですか?」
「そう。こういうことをするのは実咲だけってこと。好きだから酔いつぶれてる実咲を家に連れてきて介抱したし、好きだから抱いた。それで、好きだから朝食も振る舞った。ね、単純でしょ?」
「ま、まさか……。そんなのありえません」

反論すると、彼は首を横に振る。

「女性が酔い潰れたらタクシーには乗せるけど、それ以上深入りはしないよ。みんなに優しく接するようにはしてるけど、こうやって甘やかすのは実咲だけだよ」

容姿、身長、学歴、職歴、財力、知力。
人々が欲してやまないすべてのものを手にしている男。
恥ずかしげもなくそんな甘いセリフを口にする彼とふいに、目が合った。

漆黒の瞳がこちらに向けられた瞬間、心臓が跳ねた。
コーヒーをソーサーに置くと彼は神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。

「正直に言うと、俺は実咲を一分でも一秒でも早く自分のものにしたいと思ってる」
「……はい?」
「身体だけじゃなくて、実咲の心が欲しいんだ」

今度はいったいなにを言い出したのかと、身構える。

「実咲の食生活の話を聞いて心配になった。そんな生活を続けていたら、病気になる可能性だってあるし、俺がちゃんと管理してあげないと」
「どうして伍代さんが私の食生活の心配をするんです?しかも、病気?大丈夫ですよ、私はいたって健康なので」

驚きを通り越して呆れる。
なぜ彼が私にこだわるのか全く理解できないのだ。

「そもそも、伍代さんはどうしてここまで私にこだわるんです?」
「どうしてと言われても、実咲じゃないとだめなんだ」
「だから、どうしてです?身体の相性が良かったから?」

何気なく尋ねると、彼はなにかを思いついたようにパッと表情を明るくした。

「身体の相性、よかったんだ?」

ニッと満足気な彼に私は苦虫を潰したような顔になる。私ってば余計なことを……。

「それはまあ……良かったです……」
「そっか。じゃあ、身体の問題はクリアってことだね」
「どういう意味です?」
「後はお互いを知っていけばいい。俺は実咲に好きになってもらえるように努力するね」
「ま、待ってください!私、今は誰ともお付き合いする気は――」
「付き合うだけじゃなくて、ゴールは結婚だから。俺は実咲に何を言われても諦めないから覚悟しててね」

慌てる私の言葉を彼が笑顔で遮る。

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