息子へ初めて贈ったもの。

塚田裕介

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息子へ初めて贈ったもの

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 十数年前、私の息子が生まれました。 親になった私達夫婦が彼に最初にプレゼントしたものは「名前」です。 様々な経緯があって、最終的に「ゆたか」という名前を贈りました。

 命名の漢字は私と妻が息子に「こうあってほしい」という字を一つずつ出し合って、私が画数の本と首っ引きで良い画数の漢字を選んでつなぎ合わせ、いくつかの候補から二人で話し合って決めたのです。

 さて、漢字は決まりましたが、この名前をどう読むか、となりました。 改めて息子の名前を並べてみると、なんだか武将のような画数の多い勇ましい漢字が並んでいるのです。字はいかついけど、読みは柔らかくしたいな、と新米パパの私は頭を抱えます。

 妻と息子はまだ病院でしたので、お見舞いから帰って、一人、静かなアパートのワンルームで考えます。
 ポツンと置かれた小さなテーブルの前に何故か正座。
 通勤カバンから取り出した、当時持ち歩いていた名前候補の紙を眺め、改めて息子の氏名を声に出して読んでみます。 決まっていて変えようがない名字に3文字の名前を加えると、読み上げるリズムがしっくりいきました。よし、これでいこう。 
 ちょうど会社の先輩に「ゆたか」さんがいて、漢字の名前の「読み」にもあまり違和感ないように思えたので、こっそり拝借することにしました。 そして妻に提案し「いい名前ね」、と同意をもらい、彼の名前が決まったのです。役所に届ける時、妙に緊張したことを覚えています。

 こうした由来を持つ息子の名前ですが、実はもう一つ、私は彼の名前に願いを込めています。 「ゆたか」なので、豊かな人生を送ってほしい。少なくても、彼の人生が終わる時、そう思ってほしい、という願いです。

 今は覚えていないのですが、なぜか妻にはこの「もう一つの願い」をきちんと伝えていませんでした。

 十年前くらいでしょうか。息子が保育園の時に、二人で車で遊びにいった車中にそれは起きました。 当時夢中で見ていたテレビ番組の話などの他愛の無い話をしていると、息子は、保育園で自分の名前の由来を聞いてくるように言われた、と突然コーフン気味に言い出しました。


「パパ、僕の名前、どうしてつけたの?」


「ああ、ママと話し合って『こういう人になってほしい』って思ってつけたんだよ」


 神妙な顔で私の話を聞く息子。いつか、この由来は私から彼に伝えようと思っていたので、ちょうど良いタイミングだったかもしれません。
 実は私は親から名前の由来を未だに聞けず、心残りに思っていました。小さい頃に質問したのですが、親が照れていたのか、それほど由来について考えていなかったのか、納得いく答えが聞けていませんでした。
 息子にはそういう気持ちにさせたくないし、ちゃんと考えて名前を送ったことは伝えたいと考えていたのです。
 せっかくの良い機会なので、私は妻に言っていないもう一つの由来もきちんとお話しました。


「実は君の名前に、パパはもう一つ、願いを込めたんだ」


「どういうこと?」


「『豊かな人生を送ってほしい』……つまり、楽しかったり嬉しいことができる限り多いように生きてほしいってことさ。楽しくないこともきっとあるけど、出来れば楽しいことの方が多くなってほしい、という願いだよ」


 息子は押し黙って窓の景色を眺め始めました。なんの変哲もない大通りが見えますが、小さな頭で解釈しようとしているのでしょう、景色は目に入っていない様子でした。
 その後、息子は得意げに名前の由来を妻に伝えた結果、私は『もう一つの願い』について聞いていなかった妻から「なんでそんな大切なこと言わなかつたの!!」と半分本気で叱られました。 そりゃそうですよね、私達の大切な子供なのに隠れ情報があったら、いい気分にはなりません。

 さて、名前を贈ってから、十数年。
 当時小さかった息子も、今は思春期の小生意気全開です。
 腹立たしいことも多いですがそれなりに健康に育ちました。彼が豊かな人生を送っているかどうか、それは彼自身にしかわかりません。 
 ただ、やかましくボイスチャットで騒ぎながらオンラインゲームで遊んでいる彼を見て「彼は彼なりに豊かな人生かもな」と感じる私がいます。
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