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第一章 出会い編

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「ええ。ここからちょっと離れていますが馬を出せば5分くらいで着きます。天然の露天風呂ですよ。ここの浴場は入りましたか?」


「うん、入ったよ」

「ここのお湯もその温泉から引いてきてます。疲れた時は最高ですよ!  」

「ああ、それで湯冷めしないしお湯もなめらかなんだ?   この国はほんとに恵まれてるね……」

アルは伏し目がちにい言った。


「………アルはどこから来たんですか?」

「小さな村だよ、ほんとに小さなね‥でも今はない‥‥‥」

「ない‥とは?」

聞き返されて、アルは足元を見つめながら切ない笑みを微かに零す。
そして小さく口を開いた。

「元は川も森も自然が溢れてたんだ……それがすっかり水が枯れちゃって‥水が失くなるってことは、他の動植物もいなくなるってことだから結局は食物が失くなるってこと…村は滅んだよ………」

アルは悲しげに笑った。

「そうでしたか、それはまた…  気の毒なことを聞いてしまいましたね‥」

アルは首を横に振る。

「‥いいよ気にしないで!皆いろんな事があって当たり前だから。それに村を出て、地図もないのにこの国に着いたんだからまさに“神のお導き”ってやつだと思う!しかも今はタダで屋根付き・食事・お風呂・ベッド……こんな贅沢なことってないよ!」


話してるうちに暗い影を帯びていたアルの表情が、見るまに明るくなる。

そんなアルの表情を見てアレンはほっとした。

「そうですか‥そういうふうに言って頂くと我々もやり甲斐があります‥ニコッ!」


アルは優しく微笑んだアレンを見てふと思い出した。

「‥そういえば、食事してる時に聞いたんだけど、大会当日は“バトル組”“観光組”に分かれるって……」

「ええ、分かれますよ」

アレンは平然と応えた。

「“ええ”って腹は立たないの?   」

「腹?  なんで立つんですか?」

「…っ……だってあんなに受付にきて、大会に出る人は半分に減っちゃうのにっ!アレン達だって手続きの処理だけですごく大変なはず。出ないなら最初から手続きしなきゃいいのにって思わないの?」


アルは問い詰めたが、アレンは穏やかな表情のままだ。そしてふふっとムキになるアルを笑っている。

「……私達は仕事ですから。それに、観光組で来る方達は皆さんエバの手料理をとても楽しみにしています。そして、彼女もそれを励みに頑張っている。……観光組の方達は試合に出ない代わりに、街に出てたくさんのお買い物や施設をご利用になられます。  街にはこの大会の出資元。貴族の方々が運営している店がたくさんありますから、利益はキレイに循環している。ということです」 

「……っ…」

アレンの説明にアルは次第に目を見開いていく。

「 観光が栄えれば街が潤います。街が潤えば国が繁栄するということです。無駄働きなんて何一つ思いませんよ。……ニコッ!」


アレンはそう言って爽やかに笑った。

アルは俯いて考え込む。

……そう、だったのか…結局、自分は狭い見方しかしてなかったんだ…


なんて幼稚な質問をしてしまったのだろうか。
アルはそんな自分がすごく恥ずかしくなってしまった。でも、どんな事でもアレンは優しく解りやすく教えてくれる。穏やかなアレンの存在はアルの中で大きなものになっていた。


♪ピロリロリン!

*アレンは信頼度が72Upした! アレンはサドンデスが使えるようになった!*


(なんじゃそりゃ?)

何故か頬を緩める。そんなアルを、アレンは覗くように伺いをたてる。

「アルは街を見て周りましたか?」

「え?いや、まだだよ。こっちに着いてすぐに大会のチラシを見て会場来たから」


「そうですか。大会が終わったら優勝者はパレードで市街地を巡り、それから三日間街を上げてのフェスティバルです。ものすごく街は賑やかになりますよ」


「へえ、パレードか……」

「ええ、是非観覧して下さい。もし宜しければ、街も私がご案内致します。一応、役所の統括を任されていますから、街でも顔が利きます。連れて歩いても損はさせませんよ」


アレンはそう言って微笑むと優しくアルの髪を撫でる。

アルはフワリと後頭部に触れたその感触に思わず動きが止まった。

「……っ…」

―――っど、どうしよう!‥なんかすごく恥ずかしい!!

アルは何を意識したのか、一気に顔が真っ赤になっていた。


♪ピロリロリン!!

*アルは脈拍数が上がった! 
 心拍数も上がった!!


アルは恋する少年? にランクUpした !!!   *


(こらこらっ)

「……アル? 大丈夫ですか?」

「う、うんっ…な、なんでもな…っ…」

ひゃあっ…っ
ち、近過ぎるっ……

アレンは真近でアルを覗き込む。とても近くになった切れ長の澄んだアレンの瞳にアルは尚更慌てていた。

「おい……お前ら誰がこんなところでイイ雰囲気作れっていった‥‥‥」


深みのある艶やかな声に驚いてアルは顔を上げた。すると、そこには褐色の肌に端整な顔立ち。微かに潤んだ漆黒の瞳はまるで雄大な砂漠を雄々しく駆け回る、黒い雄馬を思い出させる男が立って居た。

広い肩幅と上半身には計算されつくしたように綺麗に筋肉が付き、その骨格はギリシャ像の彫刻のように美しい。そして、背中までの黒髪を無造作に一つにまとめ、身体には玉のような汗をかいている。だが暑苦しさを微塵にも感じさせなかった。

 それどころか荒い息づかいがとても色っぽい…



―――っ!?
こ、この人なんで上半身裸でこんなに息上がってんのっ!?


アルは男の裸の上半身に釘付けになった。


「お前どこ見てるっ!?」

「えっ!? いや別にっ…」

男の声にアルは慌てて視線を反らす。


「まぁまぁ…ロイドこそどうしたんですか?   そのようなハレンチな出で立ちで…」


「…ハレンチっ!?  俺はカラダ鍛えてただけだっ!ハレンチはそっちだろっ!鍛練所の前で変な雰囲気つくりやがってっ!!」

アレンの言葉にロイドは真っ赤な顔で声を荒げる。


「鍛錬所の前?ああ…いつの間にか着いてしまっていたようで。つい話し込んで気付かずに居ました」

はは、っと頭をかいたアレンにロイドは呆れた溜息を吐いて腰に手を当てた。

「たくっ。お前らこんなところで何やってたんだ?」

「ええ‥アルに施設内を案内しているところです」


そう説明したアレンの後ろに居たアルをロイドは見つめ、アルは赤い顔でロイドの上半身を凝視している。



――はあっ駄目っ! 凄すぎて目が放せないっ!


ロイドはアルのギンギンになった視線に恐怖を覚え、片手でさりげなく身体を隠す。


…っ…こいつ、まさか床屋の店主と同類じゃねぇよな?


ロイドは寒気を感じ不安に身を庇っていた。

「アル、紹介しておきます。こちらはロイド・グレーバン。去年の大会の優勝者ですよ!ちなみに、ルイス殿の幼なじみです」



「優勝者…っ…へえ、強いんだ…」

アレンの言葉にアルは素直に反応する。そして手を差し出した。


「どうも、ディアノル・J・バートンです。でもアルでいいよ!この間は騒ぎを止めてくれてありがとう」

アルはロイドに握手を求めた。

「ああ、なに……礼を言われる程のことじゃない。俺の事はロイドって呼んでくれ」

そう言って差し出された手を握った瞬間、ロイドは目を見開く。

「……(細っ!?)」

「あ、あの……ロイド、そろそろ御手を離された方がよろしいかと……」


「えっ?……あ、ああ悪いっ……ちょっと驚いて…ははっ…」


長く手を握っていたことをアレンに指摘され、ロイドは我に返り、慌ててアルの手を放した。

「じゃあ、アル。 せっかくですから鍛練所の中も見て周りましょうか」


「うん、見てみたい」


「では、ロイド…あなたもご一緒にどうですか?」

「ああ、せっかくだが俺は遠慮する。汗かいたから仕上げに水でも浴びに行こうとしてたところだ。俺は汗を流したら帰るよ」


「そうでしたか。では風邪を引かないように気をつけて下さい…じゃあ、私達はこれで」

会釈して背を向けたアレンの後に続いてアルも頭を下げて鍛練所の中に入って行く。


ロイドはそれを見送ると視線を自分の手のひらに落とした。

「…うそだろ……」

小さく呟く。
アルの華奢な後ろ姿を見つめ、ロイドは先程のアルの手の感触を思い出す。


あんなに細い手で大会に出るつもりか?
あれで剣を持てるのかよ……



握ると同時に容易く包み込めてしまった少年の小さな手。
ロイドは自分の大きな手の平をまじまじと見つめながらそう思っていた。
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