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第五章 冒険編
4話 女神の降りる丘
しおりを挟む「あっ、見て皆!また山がっ……」
日中の忙しい時間だった。火山の麓にある集落。その村で働く女達に紛れ、幼い少女が山頂から噴き出す煙を怯えながら見上げていた。
「ただいま!今戻ったよ」
「おかえりなさい!」
山を見つめる少女の背中でその声の主達を村の女達が出迎える。
「すごい立派な雄牛!」
「そうさすごいだろ!族長が一発で仕留めたんだよ!これに乗せるのも一苦労だったさ」
後から牽いてきた荷車に集る女達に、狩りから戻ったばかりの女は少し得意気に語っていた。
短い袖から覗く二の腕は逞しく肉付きもかなりいい。その女だけに限らず狩りから戻った女達は皆、村で待っていた女達よりも見るからにガッチリとした肉体を持っていた。
「族長は?」
村の女達は尋ねた。
「後からくるよ!山菜を少し摘んでくるって!今夜は族長手製のこの牛の内臓を煮込んだ美味いスープが飲めるさ!」
ガタイのいい女の言葉に女達は、わあっと顔を嬉しそうに綻ばせていた。
雄牛は荷車の上でそのまま解体される。肉をそれぞれの部位に切り分けて並べると、保存用に細かく調理されていく。
塩漬け用・腸詰め用・干物用と、分けた肉を村の女達が手を加えていく中で、今夜の御馳走になる内臓の煮込み用の大鍋が準備されていた。
・
「皆!族長が戻ってきたよ!」
遠くから馬に跨がり駈けてくる姿を目にして、集落の入り口にいた女がそう声を掛けていた。
「族長!おかえりなさい!」
「族長!大きな肉をありがとう!」
村の皆が口々に礼を言う。
「ああ、脂ののった美味そうな肉さ。皆で食べるよ!」
族長は笑いながら栗毛の馬から降りる。真っ赤な布のバンダナを額に巻いたその族長の足元には先ほどの少女が駆け寄ってきていた。
「ねえ族長!山がまた煙をはいたわ」
高い声で騒ぐ。族長と呼ばれた女は眉を寄せてその山を見つめた。
「ああ、この分じゃ近い内にデカイ噴火が起きそうだ」
そう口にしながら族長は馬の小脇にぶら下げた山菜や野草の束を抱えて下ろした。
元が活きた火山だ。火口から上がる小さな噴火や火柱はそう珍しい物でもない。
だが、ここ数ヵ月……異常な程に噴火の回数が増えてきている。
増えてはいるのに火柱はとんと噴き上がることはなかった。
族長の表情を見つめ、少女の眉も八の字に下がる。不安を浮かべた少女を振り返ると族長はその少女の頭を撫でていた。
「火柱が上がる前に蓋をしに行かなきゃならないね」
「そんな大きな蓋はどこにあるの?」
少女はキョトンと目を丸くする。
族長の女はシ!っと口に指を当てて片方の目をつぶると人差し指を指していた。
・
少女はその先を見て思わずクスッと笑い、口を両手で隠す。
「リベルタのあの大きな尻なら火山に蓋ができると思わないかい」
「族長!しっかり聞こえてるよ!」
コソッと口にした族長の指先に指された、この村一番のガタイのいい女。リベルタは呆れながら族長と少女を軽く睨んでいた。
二人は肩をすくめ、クスクスと笑いながら雄牛の仕込みをするリベルタの元にやってくる。
手にした山菜の束を調理の台に置くと族長はリベルタに尋ねた。
「湯は沸かしてあるかい」
「もう直ぐ沸騰するよ」
「なら内臓を洗わなきゃね」
リベルタが切り出した雄牛の内臓を族長は水でしっかり洗い鍋に入れる。
軽く湯を通した内臓の炒め物としっかり煮込み、深いダシのとれたスープを手にし、村の皆で遅めの昼食を囲った。
「そりゃあ、すごかったさ!突っ込んでくる雄牛の頭に族長の仕掛けた罠の棍棒が上手い具合にスコーンっと命中!びっくりしたよあたいは」
今朝の狩りの様子をリベルタが饒舌に語る。その脇から族長が口を挟んだ。
「あたしも驚いたさ!あの雄牛相手にリベルタったら身構えて腕捲りするんだからね。牛とまともに張り合おうなんて気が知れないよ!ったく…」
呆れながらも笑う族長の口振りに、村の女達も笑っている。
「いくらあんたがそこらの男以上に逞しいからったって、さすがに雄牛とまともに組み合うのは無理だよ」
「とっさのことだったからつい体がそう反応しちまったんだよ」
少し照れながらリベルタは族長手製のスープに口を付けた。
たっぷり入れた香草のお陰で内臓独特の臭みが食欲をそそる香りに変わっている。
沢山食べてスタミナを付け、また明日も狩りに出掛けなくてはならない。
男が見当たらぬこの村の生計は、狩りを担う逞しい女達で成り立っていた──。
・
─────
「深いな……いったいどれだけ続くんだ?」
「さあな」
景色が変わらない洞窟を歩き、ロイドが溢した言葉にルイスが答えていた。
天井や壁、至る所を眺め、四人はただひたすらに突き進む。
曲がり角も何も無い一本の道。だからこそ余計に長く歩いた気がする。
地上で生えている樹木の根だろうか。時折、天井からぶら下がるそれをレオは大剣で切り払いながら先頭を歩いていた。
「長く歩いたように感じるがまだ半刻ほどしか経ってない」
ルイスは胸から懐中時計を取り出して時間を確認した。
「村に向かっているならもっとたくさん歩くはずだよ」
アルはロイドにまだまだ先は長いと言い聞かせる。
そんなアルをルイスはクスリと笑った。
「まあ、確かにまだ歩くとは思うが……アルがルバールに来たときよりは遥かに短い時間で辿り着けると思うけどな」
「──…っ…」
ニヤリとして顔を覗き込むルイスにアルは真っ赤になった。
そう。なにせアルは名もなき村を出た後に、迷いに迷って遠回りをしつくし、やっとこさルバール王国に辿り着いたのだから。
「そんなに遠いならちょっとした旅支度が必要だったかも知れないな……」
詳しいことを知らないロイドは洞窟の先を見つめ、真面目に答えていた。
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