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第五章 冒険編
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・
良かった…やっぱり生きてる……
ほっとした表情を浮かべる。
アルに面会する度にロイドは確かめる。アルが死の闇から甦ってからもなお、ロイドはアルを失なったあの時の悪夢に怯えていた。
一番の願いは叶った──
だが、戻ってきてくれたアルに欲は深まるばかりだ。
早く言葉を交したい。声を聞き、あの柔らかな瞳で見つめて欲しい。
アルを愛惜し気に見つめるロイドにルイスは席を譲った。
「行くのか?」
「ああ、アルが戻ってきてくれたことでやることが一気に増えた」
ルイスは肩をすくめた。
そして部屋の外に足の向きを変える。
「街の警備も固めなきゃならんし湖の方もまた監視を続けなきゃならん。加えて崩壊した民家の瓦礫の撤去もある。どう考えても兵が足りん、その辺はできることは民にも加勢して貰ってはいるが…」
アルが戻って来たからこそ生き延びる希望を持ち直した。闇の王が息を潜めてるうちにやらなければならないことが山ほどある。
・
ロイドはアルを見つめたまま小さく呟いた。
「アルに早く目覚めてもらわなきゃな…」
「ああ、そう言うことだ」
ルイスは振り返ると扉にもたれ腕を組んだ。
「一番の山はアルが目覚めてくれなきゃ処理のしようがない。俺達“勇者”の出番もないってことだ」
「言えてるな」
ロイドは頷いた。
「そう思うなら、お前の力で早く従者を目覚めさせてくれ。じゃあな!」
ルイスは任せたとばかりに後ろ向きで手を振ると部屋を出ていく。扉の閉まった音を最後に、部屋にはまた静かで穏やかな空間が戻っていた。
「早く目覚めさせろ…か」
ベッド脇の椅子に腰掛けてロイドは一人呟くとアルの頬を指の甲でそっと撫でる。
ありきたりな方法で目覚めるならいくらでもするさ…
そう思いながらロイドはアルの唇を親指でなぞる。そして妙な感触に気付いた。
「──…?…濡れてる…」
まさかあいつ!?
微かに湿ったアルの唇の感触に気付いたロイドは、はっとルイスが出ていった扉を振り返っていた──
・
──ルバール国境架橋付近
「お、先が見えてきたようだ…宰相様っ、もうそろそろのようです!」
丘の麓(ふもと)に高い門が見える。
馬に揺られながら先頭を行く者は呟くと後ろを振り返りそう叫んだ。
「よし!少し休むか。皆もご苦労だったな、日が暮れる前には着くだろう。もう一息だから頑張ってくれ!」
宰相はそう声を掛ける。
北の耶磨帝国から東のルバール王国までの旅は平穏な道のりではあったがやたらに長い。
やっと見えてきたルバールの国境の門を遠目ながらに眺めることができ、列を連ねる兵達の表情からは安堵の笑みとため息が溢れていた。
目的地が肉眼で確認できたことで皆の疲労も軽くなる。
「休んだら一気に馬で下ろう」
隣の鄭尚にそう言うと宰相は竹筒の水を豪快に口に含んだ。
東の上空を包んでいた黒い曇は今はもう見当たらない。まるで自分達を歓迎しているかの様に空は瑞々しく青かった。
・
闇の王の襲撃以来、静かだった街にも少し活気が戻ってきていた。
街には国の対策議会で話し合われた内容が民達に随時報告されている。
民達は役人から伝達を受け、不安を抱えながらも日常を送っていた。
「あんなもん見ちゃなにもいえないねえ…」
「ああ、それを退治する為の討伐隊も組まれているらしいが…果たしてどうなるやら…」
「まあ、とにかくあたしらは商売だよ。一日でも多く稼がなきゃ食うもんも食えないからね」
久し振りに晴れた街の隅々に露店のテントが張り巡らされる。商売の準備をしながら世間話をするが何処と無く他人事のようにも聞こえてきていた。
まだ水溜まりの残る街道を城の兵士達が何度も行き交う。その中に紛れ、小数の精鋭部隊は湖に向かっていた。
「突如現れた不思議な遺跡か…とても興味深いな」
「ああ、口で説明するよりも見るに限る。だが、中には神に認められた者しか入れない」
「なるほど…」
ルイスは遠い南の地からやって来たセラスを連れて神の降りる泉に向かっていた。
「お前達は何か変わったことがないか回りを調べろ!…セラス殿はこちらへ」
・
遺跡の前に到着するや否や、馬を降りて湖の水面を歩き出したルイスにセラスは驚いた顔を向けた。
「水面に石橋がある」
「なるほど」
セラスは納得するとルイスの後を着いていった。遺跡の元までくるとセラスは石の鳥居を見上げ、そっと触れる。
「これは──…」
「どうされた?」
「私の国にも似たような模様の刻まれた遺跡がある…」
「──…!…ほんとか?」
「ええ…私の国は元々神を崇める島。大昔の神殿や祷りで使われた祠が多く残っている…まあ大半は砂の下に埋まってしまいましたが…」
「そうか…闇の王につながる手掛かりがあればいいが、一度行く価値はあるかもしれないな」
「ええ…是非とも。……ここが地下への入り口か…」
セラスはルイスが立っていた石造の入り口を覗いた。
「暫く来ていなかったから少し様子をみてくる」
ルイスはそう言って中へ足を進めると後ろを振り返った。
「神に認められた者以外が足を入れると吹き飛ばされるからくれぐれも確かめよう何て気は起こさないように──」
「なるほど…」
足を踏み入れかけていたセラスは大人しくその場に佇んでいた。
良かった…やっぱり生きてる……
ほっとした表情を浮かべる。
アルに面会する度にロイドは確かめる。アルが死の闇から甦ってからもなお、ロイドはアルを失なったあの時の悪夢に怯えていた。
一番の願いは叶った──
だが、戻ってきてくれたアルに欲は深まるばかりだ。
早く言葉を交したい。声を聞き、あの柔らかな瞳で見つめて欲しい。
アルを愛惜し気に見つめるロイドにルイスは席を譲った。
「行くのか?」
「ああ、アルが戻ってきてくれたことでやることが一気に増えた」
ルイスは肩をすくめた。
そして部屋の外に足の向きを変える。
「街の警備も固めなきゃならんし湖の方もまた監視を続けなきゃならん。加えて崩壊した民家の瓦礫の撤去もある。どう考えても兵が足りん、その辺はできることは民にも加勢して貰ってはいるが…」
アルが戻って来たからこそ生き延びる希望を持ち直した。闇の王が息を潜めてるうちにやらなければならないことが山ほどある。
・
ロイドはアルを見つめたまま小さく呟いた。
「アルに早く目覚めてもらわなきゃな…」
「ああ、そう言うことだ」
ルイスは振り返ると扉にもたれ腕を組んだ。
「一番の山はアルが目覚めてくれなきゃ処理のしようがない。俺達“勇者”の出番もないってことだ」
「言えてるな」
ロイドは頷いた。
「そう思うなら、お前の力で早く従者を目覚めさせてくれ。じゃあな!」
ルイスは任せたとばかりに後ろ向きで手を振ると部屋を出ていく。扉の閉まった音を最後に、部屋にはまた静かで穏やかな空間が戻っていた。
「早く目覚めさせろ…か」
ベッド脇の椅子に腰掛けてロイドは一人呟くとアルの頬を指の甲でそっと撫でる。
ありきたりな方法で目覚めるならいくらでもするさ…
そう思いながらロイドはアルの唇を親指でなぞる。そして妙な感触に気付いた。
「──…?…濡れてる…」
まさかあいつ!?
微かに湿ったアルの唇の感触に気付いたロイドは、はっとルイスが出ていった扉を振り返っていた──
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──ルバール国境架橋付近
「お、先が見えてきたようだ…宰相様っ、もうそろそろのようです!」
丘の麓(ふもと)に高い門が見える。
馬に揺られながら先頭を行く者は呟くと後ろを振り返りそう叫んだ。
「よし!少し休むか。皆もご苦労だったな、日が暮れる前には着くだろう。もう一息だから頑張ってくれ!」
宰相はそう声を掛ける。
北の耶磨帝国から東のルバール王国までの旅は平穏な道のりではあったがやたらに長い。
やっと見えてきたルバールの国境の門を遠目ながらに眺めることができ、列を連ねる兵達の表情からは安堵の笑みとため息が溢れていた。
目的地が肉眼で確認できたことで皆の疲労も軽くなる。
「休んだら一気に馬で下ろう」
隣の鄭尚にそう言うと宰相は竹筒の水を豪快に口に含んだ。
東の上空を包んでいた黒い曇は今はもう見当たらない。まるで自分達を歓迎しているかの様に空は瑞々しく青かった。
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闇の王の襲撃以来、静かだった街にも少し活気が戻ってきていた。
街には国の対策議会で話し合われた内容が民達に随時報告されている。
民達は役人から伝達を受け、不安を抱えながらも日常を送っていた。
「あんなもん見ちゃなにもいえないねえ…」
「ああ、それを退治する為の討伐隊も組まれているらしいが…果たしてどうなるやら…」
「まあ、とにかくあたしらは商売だよ。一日でも多く稼がなきゃ食うもんも食えないからね」
久し振りに晴れた街の隅々に露店のテントが張り巡らされる。商売の準備をしながら世間話をするが何処と無く他人事のようにも聞こえてきていた。
まだ水溜まりの残る街道を城の兵士達が何度も行き交う。その中に紛れ、小数の精鋭部隊は湖に向かっていた。
「突如現れた不思議な遺跡か…とても興味深いな」
「ああ、口で説明するよりも見るに限る。だが、中には神に認められた者しか入れない」
「なるほど…」
ルイスは遠い南の地からやって来たセラスを連れて神の降りる泉に向かっていた。
「お前達は何か変わったことがないか回りを調べろ!…セラス殿はこちらへ」
・
遺跡の前に到着するや否や、馬を降りて湖の水面を歩き出したルイスにセラスは驚いた顔を向けた。
「水面に石橋がある」
「なるほど」
セラスは納得するとルイスの後を着いていった。遺跡の元までくるとセラスは石の鳥居を見上げ、そっと触れる。
「これは──…」
「どうされた?」
「私の国にも似たような模様の刻まれた遺跡がある…」
「──…!…ほんとか?」
「ええ…私の国は元々神を崇める島。大昔の神殿や祷りで使われた祠が多く残っている…まあ大半は砂の下に埋まってしまいましたが…」
「そうか…闇の王につながる手掛かりがあればいいが、一度行く価値はあるかもしれないな」
「ええ…是非とも。……ここが地下への入り口か…」
セラスはルイスが立っていた石造の入り口を覗いた。
「暫く来ていなかったから少し様子をみてくる」
ルイスはそう言って中へ足を進めると後ろを振り返った。
「神に認められた者以外が足を入れると吹き飛ばされるからくれぐれも確かめよう何て気は起こさないように──」
「なるほど…」
足を踏み入れかけていたセラスは大人しくその場に佇んでいた。
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