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第五章 冒険編
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小さな区に分かれ、それぞれの土地の在り方や民の生活に合った対応策を見出だす為に、意見箱が立てられ、身分の関係なく誰もが国創りに加わる事が出来るようになった。
字の書けない者は直接、バルギリー達の詰め所に出向き、不満を訴えた。
王の居ない不安を覚えたのも束の間、国も街も見る間に変わっていき、争いにまみれていた国も遠い過去となっていったのだ。
民の自活を促す為に、学問の場を広げ様々な技術者を育てると、国は益々発展していった。
平和な時が流れ、安定していた民達の暮らし。
そしてせっかく掴んだその平和は暗黒からの復活を遂げる闇の王によって脆くも崩れ去っていった。
強風と共に大地を揺るがす唸り声は岩石の要塞を土石流に変え、地割れの隙間からは滝が逆流して街を飲み込んだ。
闇の王は平和だった小さな国を一瞬にして奈落に沈めていったのだ。
たった一つしかなかった道も、守っていた筈の岩石に阻まれ、外界との接触を困難にさせた。
・
ただ事ではない惨事。これだけではすまない何かがまた起きるのでは──
逃げ惑う人々を助けながらバルギリーは危険な道を下りる決心をした。
「お前達だけでほんとうに大丈夫か?」
身体の埃をはたきながらワーグは言った。
「なあに…わしらは庭師。石の専門家だが!土石流がなんだ!!わしらに扱えねえ石はこの世にねえがや!」
怪我をした額の血を拭い、バルギリーはその容貌に似合わぬウインクをしてみせた。
「先に知らせの文は送ってある。奴の助けがあれば心強い!この問題はわしらの国だけではどうにもできねえがや。今回ばかりはわしが先頭にたつ」
「バルギリー…ああ、そうだな。民は今、混乱している。こんな時は強引にでも尻を叩いてくれる奴が必要だ!それまでの間は俺達でここを守る!」
ワーグはそう言ってバルギリーの肩を叩いた。
あの日、力自慢の師弟達を連れて旅立つバルギリーを見送った日をワーグは思い出していた。
怪我をした民の治療や崩壊した街の整備にあたる異国の者達。各国から次々にやってくる救済の手に涙が滲む。
メアリーやハワードもその光景に目頭を熱くしていた。
・
外の国はすべて敵と見なし、堅い要塞で壁を造り接触を拒んできた。
だが、どうだ?そうやって拒絶してきた者逹が、見返りの取り引きも何もなしに自ら危ない道を通ってまでこの国に助けの手を伸ばしてくれる。
これからはもっと外の世界を知るべきだ。
建物の瓦礫が散乱する中で、足を取られながらも救助を皆、懸命にやってくれている。そんな姿に激しく胸が揺すぶられた。
この国に残った三人は、救援の手が届いたと同時に危険を承知で行動に出たバルギリー達の無事を確認し、安心して荒れた地の修復作業に精を出していた。
「ほら、藥と包帯だ。他に足りない物があったら早目に書き出しておいてくれ。荷物を下ろしたらまた直ぐに発つからな」
救援物資を積んできた荷馬用の山鹿から荷物を下ろしながら、耶摩帝国の兵士が言った。
この山鹿なら荷物を乗せていようと足場の悪い山道も瓦礫の岩場も楽に越えてくれる。もとが傾斜の激しい雪山に棲む生き物だけに、山鹿の足腰はかなり丈夫だった。
平年、白い雪に閉ざされてはいるが、耶摩は漢方の国でもある。雪肌を捲れば地面の中には様々な生薬の根が生息している。
・
この支配なき西の国「エストリアル」に北の国の耶摩帝国が近かったのは不幸中の幸いだったのかもしれぬ。
酷い怪我の痛みで食事が喉を通らぬ者にはここの漢方の痛み止がとてもよく効いていた。
エストリアルは水も食糧も今のところ大きな問題はない。豊富に湧き出す水があるだけでも南のジャワールよりは幾分かましだろう。
足りぬは医者や薬、そして人手。
援助の手が届いたなら先は明るい──
そう皆も確信していたはずだったのだが…。
「──!…」
鈍い地鳴りが足下を伝った。道端に積まれた石の瓦礫がパラパラと崩れ、作業の手が度々止まる。
「……また何か“来る”かもしれん…」
険しい表情を浮かべたワーグの小さな呟きに、そこに居た民は背筋を強張らせた。
あの日…
黒い曇が天空の要塞、エストリアルの上空を覆いつくした。
山頂に創られたその国の美しい石の建物は一瞬で崩れ塵と化し、想像もしえない惨劇に見舞われた。
地割れから吹き出した湧き水は建物の下に生き埋めになった者逹の命を奪い、また助けもした。
生きるか死ぬか──
紙一重
すべてが神が下した運命だと人々は納得するしかなかった。
・
「恐ろしい思いをしているのはどこの国も同じだ」
「それはどういうことだ?」
怯える民に目をやりながら呟いた摩耶の兵士にワーグは尋ねた。
「先達てのことだ…我が国の大山に封じられていた魔物が封印を解き北の大地を揺るがした…長きに渡り、封印の巨像を白き神の使い手達がずっと見守ってきていたが続く地響きで、もう神の巨像は限界がきていたって話だ。守り神の像を破壊し、飛び出した黒い魔物はそりゃあ恐ろしい容貌で唸り声を上げて東の方へと向かっていった」
「東に!?」
「ああ」
東…バルギリーが向かった先ではないか!?
「帝の話では東に魔物が求めるものがあると…」
「東に魔物が求めるものが?いったいそれはっ…」
「食事の準備が整いましたよ」
ワーグが兵士に詰め寄ると、恐怖への不安を振り払うようにメアリーが周りの民逹にそう大きな声で告げた。
「詳しい話はまだ私たちも知らされていないが、いずれここにも何らかの情報が届く。何も解らぬ今は目の前の命を紡ぐよう、前に進むだけだ」
「…あ、ああ、そうだな。確かにそうだ」
ワーグはそう繰り返した。
夜ももう遅い。暗くなった広場では即席で作られた瓦礫のイスやテーブルが並んでいる。
エストリアルの民逹は救助に来てくれている異国の者逹も交え、皆で瓦礫の食卓を囲みひとときの団欒を向かえた。
小さな区に分かれ、それぞれの土地の在り方や民の生活に合った対応策を見出だす為に、意見箱が立てられ、身分の関係なく誰もが国創りに加わる事が出来るようになった。
字の書けない者は直接、バルギリー達の詰め所に出向き、不満を訴えた。
王の居ない不安を覚えたのも束の間、国も街も見る間に変わっていき、争いにまみれていた国も遠い過去となっていったのだ。
民の自活を促す為に、学問の場を広げ様々な技術者を育てると、国は益々発展していった。
平和な時が流れ、安定していた民達の暮らし。
そしてせっかく掴んだその平和は暗黒からの復活を遂げる闇の王によって脆くも崩れ去っていった。
強風と共に大地を揺るがす唸り声は岩石の要塞を土石流に変え、地割れの隙間からは滝が逆流して街を飲み込んだ。
闇の王は平和だった小さな国を一瞬にして奈落に沈めていったのだ。
たった一つしかなかった道も、守っていた筈の岩石に阻まれ、外界との接触を困難にさせた。
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ただ事ではない惨事。これだけではすまない何かがまた起きるのでは──
逃げ惑う人々を助けながらバルギリーは危険な道を下りる決心をした。
「お前達だけでほんとうに大丈夫か?」
身体の埃をはたきながらワーグは言った。
「なあに…わしらは庭師。石の専門家だが!土石流がなんだ!!わしらに扱えねえ石はこの世にねえがや!」
怪我をした額の血を拭い、バルギリーはその容貌に似合わぬウインクをしてみせた。
「先に知らせの文は送ってある。奴の助けがあれば心強い!この問題はわしらの国だけではどうにもできねえがや。今回ばかりはわしが先頭にたつ」
「バルギリー…ああ、そうだな。民は今、混乱している。こんな時は強引にでも尻を叩いてくれる奴が必要だ!それまでの間は俺達でここを守る!」
ワーグはそう言ってバルギリーの肩を叩いた。
あの日、力自慢の師弟達を連れて旅立つバルギリーを見送った日をワーグは思い出していた。
怪我をした民の治療や崩壊した街の整備にあたる異国の者達。各国から次々にやってくる救済の手に涙が滲む。
メアリーやハワードもその光景に目頭を熱くしていた。
・
外の国はすべて敵と見なし、堅い要塞で壁を造り接触を拒んできた。
だが、どうだ?そうやって拒絶してきた者逹が、見返りの取り引きも何もなしに自ら危ない道を通ってまでこの国に助けの手を伸ばしてくれる。
これからはもっと外の世界を知るべきだ。
建物の瓦礫が散乱する中で、足を取られながらも救助を皆、懸命にやってくれている。そんな姿に激しく胸が揺すぶられた。
この国に残った三人は、救援の手が届いたと同時に危険を承知で行動に出たバルギリー達の無事を確認し、安心して荒れた地の修復作業に精を出していた。
「ほら、藥と包帯だ。他に足りない物があったら早目に書き出しておいてくれ。荷物を下ろしたらまた直ぐに発つからな」
救援物資を積んできた荷馬用の山鹿から荷物を下ろしながら、耶摩帝国の兵士が言った。
この山鹿なら荷物を乗せていようと足場の悪い山道も瓦礫の岩場も楽に越えてくれる。もとが傾斜の激しい雪山に棲む生き物だけに、山鹿の足腰はかなり丈夫だった。
平年、白い雪に閉ざされてはいるが、耶摩は漢方の国でもある。雪肌を捲れば地面の中には様々な生薬の根が生息している。
・
この支配なき西の国「エストリアル」に北の国の耶摩帝国が近かったのは不幸中の幸いだったのかもしれぬ。
酷い怪我の痛みで食事が喉を通らぬ者にはここの漢方の痛み止がとてもよく効いていた。
エストリアルは水も食糧も今のところ大きな問題はない。豊富に湧き出す水があるだけでも南のジャワールよりは幾分かましだろう。
足りぬは医者や薬、そして人手。
援助の手が届いたなら先は明るい──
そう皆も確信していたはずだったのだが…。
「──!…」
鈍い地鳴りが足下を伝った。道端に積まれた石の瓦礫がパラパラと崩れ、作業の手が度々止まる。
「……また何か“来る”かもしれん…」
険しい表情を浮かべたワーグの小さな呟きに、そこに居た民は背筋を強張らせた。
あの日…
黒い曇が天空の要塞、エストリアルの上空を覆いつくした。
山頂に創られたその国の美しい石の建物は一瞬で崩れ塵と化し、想像もしえない惨劇に見舞われた。
地割れから吹き出した湧き水は建物の下に生き埋めになった者逹の命を奪い、また助けもした。
生きるか死ぬか──
紙一重
すべてが神が下した運命だと人々は納得するしかなかった。
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「恐ろしい思いをしているのはどこの国も同じだ」
「それはどういうことだ?」
怯える民に目をやりながら呟いた摩耶の兵士にワーグは尋ねた。
「先達てのことだ…我が国の大山に封じられていた魔物が封印を解き北の大地を揺るがした…長きに渡り、封印の巨像を白き神の使い手達がずっと見守ってきていたが続く地響きで、もう神の巨像は限界がきていたって話だ。守り神の像を破壊し、飛び出した黒い魔物はそりゃあ恐ろしい容貌で唸り声を上げて東の方へと向かっていった」
「東に!?」
「ああ」
東…バルギリーが向かった先ではないか!?
「帝の話では東に魔物が求めるものがあると…」
「東に魔物が求めるものが?いったいそれはっ…」
「食事の準備が整いましたよ」
ワーグが兵士に詰め寄ると、恐怖への不安を振り払うようにメアリーが周りの民逹にそう大きな声で告げた。
「詳しい話はまだ私たちも知らされていないが、いずれここにも何らかの情報が届く。何も解らぬ今は目の前の命を紡ぐよう、前に進むだけだ」
「…あ、ああ、そうだな。確かにそうだ」
ワーグはそう繰り返した。
夜ももう遅い。暗くなった広場では即席で作られた瓦礫のイスやテーブルが並んでいる。
エストリアルの民逹は救助に来てくれている異国の者逹も交え、皆で瓦礫の食卓を囲みひとときの団欒を向かえた。
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