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第五章 冒険編
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・
そのルイスの足下を小さな体がすり抜けていった。
「やめてっ」
ルーカスに向かってそう叫んだのはユリアだった。
「お願い…も、…やめてよ…っ」
心臓を何度も圧迫されるアルの体。
深い傷を負い、包帯だらけの体を強く圧されるアルの姿が痛々しくてユリアは耐えられなかった。悲痛な声でユリアは一生懸命叫ぶ。それでもやめないルーカスの足にユリアは必死になってしがみ付いた。
「も、やめ……ひっくっ…アルっ…痛いよ…かわ…い…そ…だよ…」
か細く震える声が必死でお願いしている。ティムやマーク、小さな子供達は苦し気に声も出さず顔をくしゃくしゃにして涙を溢れさせた。
こんなことってあるのだろうか──
神は僅かな希望さえも踏みにじり奪い去っていく。
手を止めたルーカスは息を切らし傍の椅子に力尽きたようにくたりともたれた。
レオは入口で佇むルイスを無言で押し退けるとゆっくりとアルの傍へと寄った。
バルギリーやカムイ達が目の前の現実に瞼を伏せて唇を固く結ぶ。
・
レオは静かにベッドの上に腰を落とした。そっと腰掛けると何も言わないアルの体を優しく抱き起こす。そして抱き締め頬を擦り寄せた。
触れ合う肌。自分の体が熱過ぎるのか、氷のようにアルの頬を冷たく感じる。無意識に遠くを見つめるレオの視界がぼんやりと歪み、溢れた水滴がゆっくりと膜を張っていく。
「アル…」
レオは囁きながら目を閉じた。その途端に強く震える唇を噛むと伏せた瞼から大粒の涙が一息に溢れた。
レオは嗚咽を飲み込むように堪えた。
「…っ…アルッ………」
助けられなかった──!
守る筈が反対に守られたっ
あの時、闇の王の前に飛び出したアルを無理にでも止めていたなら──
「すまなかっ…っ…」
詫びても詫びきれない。かすれた声は言葉にならず、レオは力のないアルの体をただ抱き締めることしか出来なかった。
静か過ぎる泣き声が室内には響いていた。
カムイ達はアルのベッドに近寄った。
「神はなんと惨いことをしなさるのか…」
綺麗な顔で眠るアルを抱きすくめ震えるレオの肩にカムイは視線を落とした。
・
皆の背後に佇むと老師は重く瞳を閉じていた。
大地を濡らす雨はまだまだこれからだ、とでも言いたげに強さを増す。絶望の嘆き、そしてやり場のない哀しみ。暗い闇がそこに居た者達皆を飲み込む。
そんな中で突然バタッと音がした。
「──っ!ティム!?」
マークが叫ぶ。
あまりの悲しみに耐えられず、ティムは気を失いその場に倒れた──
◇◇◇
泣かないで…
泣かないで……
大丈夫だから。
「だーかーらー、あたしは大丈夫だって!」
「でもアルッ」
「大丈夫だってば!…そりゃ痛くないって言えば嘘になるけどさっ」
数週間の眠りから目覚めたばかりのアルのベッドの脇にへばりついて、ティムは泣き腫らした顔でアルを見上げた。
長い眠りから覚めたアルは寝癖の付いたボサボサの頭を掻くと不安気な表情のティムにガッツポーズをしてみせた。
無理に肩に力を入れたせいで包帯に巻かれた傷が痛む。
アルは一瞬、顔を歪めた。
「痛っ…」
「ほらっまだ大丈夫じゃないじゃんかっ…」
気にさせることのないように無理に元気良く見せているのは分かっている。ティムは悔しさに唇をキュッと噛み締めた。
・
「アルッやっぱりまだ寝てなきゃだめだぞ!」
ティムはアルに強引にシーツを被せた。
ムキになるティムを笑いながらアルは大人しくまたベッドに横になった。ティムは唇を尖らせて、アルに掛けた布団をぶっきらぼうにぱたぱたと整える。
「アル…」
「ん?なに?」
ティムは白いシーツを見つめ、手の動きを止めると小さな声でアルに呟いた。
「ごめん、なさい…」
「…?」
「オイラのせいですごい怪我しちゃ…」
「大丈夫だよ」
アルは俯くティムにそう返した。
「……っでも」
「大丈夫だから!」
「でもっ…オイラ男なのにっ…」
アルは小さな体で男だと言い張り涙ぐむティムに思わず口元を緩ませた。
ぐしゃりと崩した泣き顔はまだまだ男だとは言い難く、やっぱり可愛い八歳の男の子だ。
「ティムは男だよ。森の主にナイフで向かって行ったってジャックに聞いたよ。ティムすごいじゃん!」
「そんなこと…」
ウインクするアルに褒められ、ティムは躊躇いながらズボンの腰に下げていた父親からもらったダガーに触れた。
あの時はほんとに無我夢中だった。咄嗟に立ち向かったはいいが、巨大な森の主の皮膚は異常に硬く、自分の手首のほうが痺れた程だ。
・
「そ、そうかな…へへ…」
褒められて鼻っ柱を擦りながら照れるティムにアルは続けた。
「これからもっともっとティムは強くなってくよ。そしたら今度はあたしがティムに守ってもらうから」
「アル…」
「ティム、強くなってあたしを守ってね」
「…お、おうっ!当たり前だぞ!!オイラぜったいすごい強くなる!強くなってアルを守ってやる!!」
「うん!」
「強くなったら湖のドラゴンも沼の怪物もオイラの子分にするんだ!」
「うんっ」
「そしたらさ、アルをそいつらの背中に乗せてやるからな!!」
「ほんとに!?すごく楽しみ!」
零れんばかりの笑みを返しそう答えたアルにティムは興奮しながら続けた。
物語の中の創造物を語り、ベッドにかじり付くようにはしゃいで、ティムはピョンピョンと何度も小さく飛び跳ねる。
「んで、んでさっ…そいつらの背中に乗って魔道師に会いにいくんだ!」
魔道師に会って、そしたらアルの腕を──
アルの怪我を治してもらって──
アル…
アル…?
ア、ル………
アル………どこにいるの
アル?
アル…ッ…
「──アルッ!?」
「ティムッ!」
体が強く揺すぶられ、ティムはハッと夢から覚めた。
そのルイスの足下を小さな体がすり抜けていった。
「やめてっ」
ルーカスに向かってそう叫んだのはユリアだった。
「お願い…も、…やめてよ…っ」
心臓を何度も圧迫されるアルの体。
深い傷を負い、包帯だらけの体を強く圧されるアルの姿が痛々しくてユリアは耐えられなかった。悲痛な声でユリアは一生懸命叫ぶ。それでもやめないルーカスの足にユリアは必死になってしがみ付いた。
「も、やめ……ひっくっ…アルっ…痛いよ…かわ…い…そ…だよ…」
か細く震える声が必死でお願いしている。ティムやマーク、小さな子供達は苦し気に声も出さず顔をくしゃくしゃにして涙を溢れさせた。
こんなことってあるのだろうか──
神は僅かな希望さえも踏みにじり奪い去っていく。
手を止めたルーカスは息を切らし傍の椅子に力尽きたようにくたりともたれた。
レオは入口で佇むルイスを無言で押し退けるとゆっくりとアルの傍へと寄った。
バルギリーやカムイ達が目の前の現実に瞼を伏せて唇を固く結ぶ。
・
レオは静かにベッドの上に腰を落とした。そっと腰掛けると何も言わないアルの体を優しく抱き起こす。そして抱き締め頬を擦り寄せた。
触れ合う肌。自分の体が熱過ぎるのか、氷のようにアルの頬を冷たく感じる。無意識に遠くを見つめるレオの視界がぼんやりと歪み、溢れた水滴がゆっくりと膜を張っていく。
「アル…」
レオは囁きながら目を閉じた。その途端に強く震える唇を噛むと伏せた瞼から大粒の涙が一息に溢れた。
レオは嗚咽を飲み込むように堪えた。
「…っ…アルッ………」
助けられなかった──!
守る筈が反対に守られたっ
あの時、闇の王の前に飛び出したアルを無理にでも止めていたなら──
「すまなかっ…っ…」
詫びても詫びきれない。かすれた声は言葉にならず、レオは力のないアルの体をただ抱き締めることしか出来なかった。
静か過ぎる泣き声が室内には響いていた。
カムイ達はアルのベッドに近寄った。
「神はなんと惨いことをしなさるのか…」
綺麗な顔で眠るアルを抱きすくめ震えるレオの肩にカムイは視線を落とした。
・
皆の背後に佇むと老師は重く瞳を閉じていた。
大地を濡らす雨はまだまだこれからだ、とでも言いたげに強さを増す。絶望の嘆き、そしてやり場のない哀しみ。暗い闇がそこに居た者達皆を飲み込む。
そんな中で突然バタッと音がした。
「──っ!ティム!?」
マークが叫ぶ。
あまりの悲しみに耐えられず、ティムは気を失いその場に倒れた──
◇◇◇
泣かないで…
泣かないで……
大丈夫だから。
「だーかーらー、あたしは大丈夫だって!」
「でもアルッ」
「大丈夫だってば!…そりゃ痛くないって言えば嘘になるけどさっ」
数週間の眠りから目覚めたばかりのアルのベッドの脇にへばりついて、ティムは泣き腫らした顔でアルを見上げた。
長い眠りから覚めたアルは寝癖の付いたボサボサの頭を掻くと不安気な表情のティムにガッツポーズをしてみせた。
無理に肩に力を入れたせいで包帯に巻かれた傷が痛む。
アルは一瞬、顔を歪めた。
「痛っ…」
「ほらっまだ大丈夫じゃないじゃんかっ…」
気にさせることのないように無理に元気良く見せているのは分かっている。ティムは悔しさに唇をキュッと噛み締めた。
・
「アルッやっぱりまだ寝てなきゃだめだぞ!」
ティムはアルに強引にシーツを被せた。
ムキになるティムを笑いながらアルは大人しくまたベッドに横になった。ティムは唇を尖らせて、アルに掛けた布団をぶっきらぼうにぱたぱたと整える。
「アル…」
「ん?なに?」
ティムは白いシーツを見つめ、手の動きを止めると小さな声でアルに呟いた。
「ごめん、なさい…」
「…?」
「オイラのせいですごい怪我しちゃ…」
「大丈夫だよ」
アルは俯くティムにそう返した。
「……っでも」
「大丈夫だから!」
「でもっ…オイラ男なのにっ…」
アルは小さな体で男だと言い張り涙ぐむティムに思わず口元を緩ませた。
ぐしゃりと崩した泣き顔はまだまだ男だとは言い難く、やっぱり可愛い八歳の男の子だ。
「ティムは男だよ。森の主にナイフで向かって行ったってジャックに聞いたよ。ティムすごいじゃん!」
「そんなこと…」
ウインクするアルに褒められ、ティムは躊躇いながらズボンの腰に下げていた父親からもらったダガーに触れた。
あの時はほんとに無我夢中だった。咄嗟に立ち向かったはいいが、巨大な森の主の皮膚は異常に硬く、自分の手首のほうが痺れた程だ。
・
「そ、そうかな…へへ…」
褒められて鼻っ柱を擦りながら照れるティムにアルは続けた。
「これからもっともっとティムは強くなってくよ。そしたら今度はあたしがティムに守ってもらうから」
「アル…」
「ティム、強くなってあたしを守ってね」
「…お、おうっ!当たり前だぞ!!オイラぜったいすごい強くなる!強くなってアルを守ってやる!!」
「うん!」
「強くなったら湖のドラゴンも沼の怪物もオイラの子分にするんだ!」
「うんっ」
「そしたらさ、アルをそいつらの背中に乗せてやるからな!!」
「ほんとに!?すごく楽しみ!」
零れんばかりの笑みを返しそう答えたアルにティムは興奮しながら続けた。
物語の中の創造物を語り、ベッドにかじり付くようにはしゃいで、ティムはピョンピョンと何度も小さく飛び跳ねる。
「んで、んでさっ…そいつらの背中に乗って魔道師に会いにいくんだ!」
魔道師に会って、そしたらアルの腕を──
アルの怪我を治してもらって──
アル…
アル…?
ア、ル………
アル………どこにいるの
アル?
アル…ッ…
「──アルッ!?」
「ティムッ!」
体が強く揺すぶられ、ティムはハッと夢から覚めた。
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