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第五章 冒険編

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「様子はさっきと変わらないままだ…」

近くにきたロイドにルーカスは言った。

「そうか…子供達もやっと眠ったところだ」

寝返り一つ打たず眠り続ける愛しい人を見つめると、ロイドは白い肌に優しく触れる。

「冷たいだろ…」

「………」

「ほんとなら…身体が生きるために闘おうとしてるなら高熱が出てもいいはずだ…なのにどんどん冷たく…っ…」


途切れ途切れに言葉を洩らすとルーカスはやるせなく首を振ってうなだれた。
ロイドはその肩に手を置いた。

「ルーカス…今夜はアルの傍に居ていいか?」


アルの傍に居たい──


問い掛けに頷いたルーカスに、ロイドは小さな笑みを返した。

二人きりの室内。
ロイドはルーカスの出て行った扉を見つめると、再びアルに視線を移す。

冷たくても柔らかさはいつものままだ。



アルの頬を指先でなぞりながらロイドの唇が優しく緩んだ。



アル……

お前の寝顔を眺めるのはこれで何度目だろうか

お前を連れて行きたいところがあるんだ…



ロイドはアルを優しく見つめた。

アル……
明日は楽しみにしてたお祭りだろ?…相変わらず寝ぼすけだな、いつまで眠るつもりだ?


なあ…アル…


明日は手を繋いで賑わう街を二人で歩こう

俺の身たてたブルーのワンピースを着て…

そうだ──
美味いビスケットの店にも連れて行ってやるよ

そしたら、楽しそうにはしゃぐアルとクランベルの丘に佇む教会で…


──…っ


「……っ…アル…何も誓えなくてもいい…っ…」


途端に唇が震え声が出る。


もう求めないっ

ただ、笑ってくれるだけでいい


それ以上を求めたりはしないから…


目を覚ましてくれっ──





アルの髪に触れる指がどうしても震えてしまう。

急に込み上げた息苦しさに胸が締め付けられ、ロイドの瞳に涙が溢れた。



「神よ──っ…」


頼むからアルを連れて行かないでくれっ



俺のアルを……っ…


震える手を組み額に当てるとロイドは祈るようにすがる。



アルに面会した子供達の表情が思い出され、悲痛に嘆くロイドを尚更に追い立てていた。

子供達の小さな手が、眠るアルの髪を何度も優しく撫でる。

何度も何度も繰り返し――


“アル…痛いのとんでけ”

ユリアは小さく呟くと震える唇をキュッと噛んだ。拭っても拭ってもつぶらな瞳には涙がポロポロ溢れてくる。

小さな拳を握り締めティムとマークはきつく口を結ぶ。

冷たく白い肌、瞼が少しも動かない。何度こんな光景を目にしただろうか…

故郷の村で、生命の灯火が消えていく様を何度と見送ったことか…

大好きなアルの姿を見て、この現実を静かに受け止める子供達の様子にロイドは胸を締め付けられた。




「アル…少し休んだら戻っておいで…待ってるから…絶対にっ…絶対、戻ってこいっ」

子供達もみんなもアルの笑顔を待ってるから――


ロイドはその時、小さく呟きながら何度もアルにそう囁き続けた。



────



真っ暗な夜が唸っていた。黒い雨雲からは雨粒が豪雨のように荒れ狂う海に降り頻る。その荒波に二隻の大きな船が激しく揺られていた。

ジャワール王国へ救援物資を届け、自国への海路を急ぐルバール国の貨物船だ。

その船の甲板の上では船員達が慌ただしく動いていた。

「だめだ波が高すぎる!」

「大丈夫だから早くその縄をこっちに寄越せ!」

空に押し上げられたかと思ったらすぐに大きな横波に薙ぎ倒され船体が傾く。

海に落とされないよう体に命綱を巻き付けての作業では、中々思うように事が運ばない。

縄で縛るのも間に合わず、ジャワールから引き揚げてきた保水用の空樽があちらこちらに転がりながら、海の中へとどんどん消えて行ってしまった。

「なんて酷い嵐だ」

全身白装束の男は船内の柱に体を固定させたまま、激しい揺れを身体に受けていた。




「セラス殿、大丈夫ですか!?」

確認するように離れた場所から声が掛けられた。船の外も危険だが、家具がある船室内も戦場と変わらない。

「ああ、何とか無事だよ」

セラスはそう応えながら、飛んでくる椅子やテーブルを足で蹴り返していた。

ジャワールのキエラ大王に代わってセラスはルバールの船に乗り込んだのだが、この海のとんでもない荒れように、セラスは眉根を寄せた。


ルバール国の海域に入った途端、この嵐だ。これももしや、闇の王の仕業だとしたら…


不吉な予感は普段は冷静沈着なセラスの表情に不穏の陰を落としていた。


強い雨は勢いを増し、草原に咲く草木を容赦なく叩きつける。

雨雲のせいで月の灯りも届かぬ暗い湖は、今は闇の王の出現で見張りの隊達も城へと皆退き払っていた。

発光色の草花が鈍く光を射す神の降りる泉はしんとしたまま静かにそこに佇む。精悍な黒馬は湖の遺跡へと足を向けた主人の背中をじっと見つめていた。


「…頼むっ。ほんの僅でもいいんだっ…俺にもアルを守る力を与えてくれ!」

ロイドは遺跡の入口で中に向かって、祈るようにその台座の縁に手をついた。

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