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第四章 伝説編
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しおりを挟む倉庫から小屋に戻る途中、警鐘の鳴り響いた後に精鋭の部隊が飛び出していった。何が起きたのか凄く気掛かりだ。
ロイドはティムが柵に縄を引っ掛けたことを確認すると直ぐに自分が代わった。
縄を操り手際良く結び付ける。一本目の新しい柵をしっかりと固定させると、予備の柵も取り付け始めた。
「ふう…これだけ頑丈にしとけば大丈夫だろう。とりあえず外の様子が気になる、見に行ってみるか」
作業を済ませ額を拭うロイドにティムも頷き返す。
まだ、暴れ続けるティールを振り返ると二人とも馬小屋を後にした。
雨の中――
暗闇の空
濡れた地面が足に重りの様に絡みつく
「この娘もっ」
隊員にモニカを預け、アルはナッツのことも頼んだ。だが父親を知らないナッツは大の男に慣れていないせいか、抱っこされる事も背中に背負われることさえも嫌がる。
「いいよ、この娘は僕が連れて行くっ」
「お願いします!」
考えてる時間はない。困り果てた隊員にアルはそう伝えるとナッツを胸に抱き抱えた。
アルが先に走り出した隊員の後を追い掛けようとしたその時、ナッツが腕の中でジタバタと急にもがく。
「おろして、ちょっとおろして」
・
「だめだよっ早く逃げなきゃ」
「だいじなのっモニカおねちゃんのだいじなのっ」
ナッツが指を差した先にはアルへ渡す筈だった、お礼の林檎ジャムの入った籠が転がっていた。
レオ達が戦うその傍で雨に打たれて泥にまみれた籠が無造作に転がっている。
今は戻れない!
レオ達が必死になって食い止めてくれている。
「後で取りに行くかっ…!?――マーク!! だめっ戻って!」
小さな駆け足の音が聞こえた。アルの言葉も聞かず、マークは逃げてきた方向に走り出していた。
「レオーっ! お願いっマークがっ」
「……!?」
集中していたレオの耳にアルの悲痛な叫び声が近づいてくる。
小さいながらにもすばしっこいマークの駆け足は祈りを唱えていたカムイの横をすり抜け、レオの背後に転がる籠の元へと向けられていた。
マークに気を取られたカムイの祈りが途切れる。その途端、竜巻の如くうねり上がる黒い霧の中から突如に巨大な刃の影が放たれた。
黒刃は鈍く光り、籠を手にしたマークに向けられる。
レオはその小さな身体をとっさに胸の中に庇った。
「ぐっ……!」
心の臓をえぐるような痛み、ざっくりと肉を刻む刃物の冷たい感触を背中に感じる。
・
「つ……さすがに痛えじゃねえか………」
「お兄…ちゃ……」
マークは自分を胸に庇ったレオの背中から鮮やかな血しぶきが散るのを目の前にしていた。小さな身体を抱いているレオの腕に痛い程の力が入る。
アルはその状況を見て息をのんでいた。
「大丈夫かレオ!?」
「ああ…っ…」
カムイはレオに走り寄る。背中には大きな裂傷がつけられ、そこからは鮮血が止めどなく溢れている。レオはそれでも強気の表情をくずさなかった。
「おに…ちゃ……」
「…っ…心配すんな…ちょいと血の気が多すぎるだけだ……」
そういうと剣を支えにして立ち上がる。
そうしている間にも再び黒い刃が霧の中から顔を覗かせていた。背後に大きく立ち塞がった黒雲のおぞましさに震えがくる。
「泣くなっ…お前も男だろ…っ…」
顔を歪めたマークを叱り飛ばすとレオはゆっくりと振り返った。
また次が来る――!
カムイは体制を整える間もなく、とっさに祈りを唱えた。
だが到底、間に合わない。
先ほどよりもさらに鋭さを増したその黒刃は釜の様に湾曲し尖った刃先をレオ達に向けて再び放った。
・
どこからでもこい!
ふらつきながら威嚇する様に剣を構えたレオの前を何かが遮る。
――!!…
「アル! だめだっこいつはお前をっ」
傷つくレオを庇ってアルはその前に立ち塞がった。
村の宝剣を手にしたアルを目の前にして、一瞬狂喜した笑い声が空に響く。
瞬間に鋭い刃を一気に振り落とした。
お願い――
嫌なのもう
もう誰かが傷つくのも
苦しむのももう――っ
どこからともなく現れた大きな眩い光の塊が黒い影めがけ、飛んでいく。
もう――
誰も泣かさないで――
お願い
小さな幸せを
取り上げないで…
やっと…
取り戻せた…幸せなの…
「―――…っ」
目の前の景色が薄らいでいく――
アルの手にあった宝剣は弾かれ空高くに舞い上がっていた。
回転しながら錆び付いた宝剣はサクッと軽く、柄の部分まで地面に突き刺さる。
視界が霞むと同時に昔の記憶が鮮明に脳裏に蘇っていた。
“アル…みんないなくなっちゃうの?”
“大丈夫だよユリア…もう、居なくならないから”
“ほんとに?…”
“うん…村を出たら、もう大丈夫だから…”
・
あれはなんの“大丈夫”だったのだろう
残された命を守るために村を捨て、全ての物を置いて…
もう泣かせたくない
悲しませたくない
なかったのに
嘘はつきたくなかったのに――っ
ユリア……
ごめんね
「ふ…っ…うっ…」
「アルッ…泣くな…」
大きな手がアルの手を握り締める。傷ついたアルを膝に抱き抱えたまま、レオは成す術もなかった。
「アルッ」
「お前は見てはいかん…っ…」
カムイはとっさにマークを捕まえて目を塞ぐ。アルの腹部からは大量の血が流れ、雨の降る地面を静かに染めていった。
アルの瞳に涙が溢れる。
嗚咽を堪える度に身体に力が入り、余計に血が滲む。
「くそっ…っ…止まれっ…頼むから止まってくれっ! これ以上出るんじゃねえっ」
レオは必死でその血を掻き集めた。
もう無理だ、この傷じゃ――
生まれて始めてレオは弱気になった。
アルの身体を抱きながら、自分の方が震えている。
アルの小さな手を強く握りながら、自分の方が泣きそうだった。
「オラァ!! 早く医者呼べ――っ…早く…っ」
雨の降る空に向かって思いきり叫んだ。
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