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第四章 伝説編
22話 悲しみの幕開け
しおりを挟むブルンッ!!ヒヒーン――
「うわぁ――っ!!」
「どうしたティム! 大丈夫か!?」
馬の険しいいな鳴きと同時に急にガタガタと丸太の柵を蹴る音がして、小屋の外で手を洗っていたロイドはティムの叫び声に驚いて駆け寄った。
馬小屋で、太い柵を前足で邪魔だとでもいうように蹴り続けているのはあのティールだ。
「一体、どうしたっていうんだコイツは……」
驚いて腰を抜かしたままのティムを起こしながら自分も額にかいた冷や汗を拭う。
ロイドは興奮冷めぬティールの鼻を落ち着かせるように優しく撫でた。
鼻息がブルンとロイドの手に掛かる。撫でられることを嫌がるように…
寧ろ、邪魔だとでも言うように、ティールは鼻先でロイドの手を払い返した。
後ろ足で高く立ち上がっては柵を蹴りつけ壊そうとしている。
「なんだ…外に出たいのか?」
こんなに雄馬が暴れるには大体が繁殖期のはずだ。
だがティールに至っては今までの普通の馬の成長記録とは異なる。
柵を叩き割る様にして強い蹴りを入れるティールをロイドは見つめた。
・
「この分じゃ柵がもたないかもしれん。…ティム、丸太を持ってくるからティールには近づくな」
丸太に向かって体当たりを始めたティールに怯えながら黙って頷き返すとティムは小屋を出て行くロイドを見送った。
なんでこんなことするんだろう
綺麗な白銀の毛並に赤い血が滲んでいく。
蹴り続けたお陰で丸太の表面がささくれ、ティールの肌を傷つけ始めていた。
「ティールッ…ティールやめろよっ…」
離れた位置からおろおろしながらティムはティールに向かって叫び続けた。
◇◇◇
「こりゃあ本格的に降り始めたな……どうだ、久々に見る天からの恵みは?」
城の渡り廊下を歩きながら庭を眺め、レオはカムイの肩を叩いて笑った。
「なんとも言えん…
降って欲しいのはここではなく我等の大地に、だ。過剰な雨もまた災難を招く。お前の山も崩れるかもしれんぞ」
「チッ、嫌なことを言いやがるぜっ」
カムイの苦言にレオは舌を打った。
ルイスは後ろで騒ぐ皆を連れて役所に足を向けていた。
城のどこかに居るはずのアルを探すには役所に出向き、アレンに尋ねたほうが手っ取り早い。
・
世界の非常時だというのに何処かしら脳天気なレオ達を牽き連れていると急に皆の足が止まった。
「なんだあの騒ぎは?」
馬小屋の方角に耳を澄ます。悲鳴のような馬の鳴き声、なんとも耳障りが悪い。
「いきり起ってるな…サカリついてんだろ? とりあえず早く行こうぜ?」
レオが足を止めたままのルイスの背中を押すと、四人はまた歩を進める。
そして、歩き出した男達にも構わずその場を動かぬ妃奈乃を振り返るとレオは声を掛けた。
「どうしたババア? 何かあったか?」
「いいや…何も無い―――あるのはこれからじゃ……」
―――っ!
再び不吉な事を口にする妃奈乃を皆はギョッとした目で見つめ返した。
だがそれが悪い冗談では無いことをその場の全員が悟っていた。
真顔のまま、前を見据えた妃奈乃の瞳が白眼を剥く。
長い艶やかな黒髪が浮遊するとあの時のように妃奈乃の身体が宙に浮き始めた。
“計り知れぬ憎悪”
“悪しき者に”
“従者の居場所が知れてしまった…”
人の物とは思えぬ声音を発し、妃奈乃の身体がぶるぶると大きく痙攣する――
不吉な予言を言い伝えると妃奈乃はその場に崩れ落ちた。
・
「ババア!? 大丈夫か!! チッ…くそっ! 意識が飛んでやがる!」
とっさに抱き止めた妃奈乃を膝に抱え、レオは蒼白い頬を何度も叩き呼び掛けた。白き神の生まれ変わり。そう呼ばれる妃奈乃の予言する姿を初めて目の前にしたルイスは息を飲む。
「なんと言うことだ…っ…早く従者の元へ急がねば!!」
「ああ!」
ルイスはカムイの声を聞いて直ぐに走り出した。
渡り廊下から雨の降り頻る庭に飛び出すとルイスは塔の上に向かって合図を送り、大声で叫ぶ。
「緊急だ!! 警鐘を鳴らし直ぐに全員配置につけ!! 城門を固め、警戒を怠るな!! わかったか!!」
精鋭隊長の緊迫した声が城内に響き渡る。
見張り搭に常駐していた隊員は、ルイスが上げていた腕を下ろすと直ぐに雨の音を掻き消す程の警鐘をけたたましく鳴り響かせた。
鐘の音を背に、ルイスは一目散に走り出す。
この雨の中、一体何が起こるというのだろうか。
考える余裕を無くしてしまう。
闇の王はアルを狙っている。
その王がアルを見つけた。
ということは――
走り出したルイスに続き、レオは妃奈乃をバルギリーに預けるとカムイと跡を追った。
・
街道は人っこ一人も見当たらない。
どしゃ降りの雨を見つめ、途方にくれた二つの影は濡れネズミのように肩を落とし長い溜め息をつく。
何度もはぁーと声に出し、モニカ達は民家の軒先で雨宿りをしていた。
雨の勢いが弱まっては走り出し、強くなっては雨宿りをしてやっとこさ城が見える城下まで辿り着いた。
服も髪も全身ずぶ濡れ。
このまま引き返すよりは城で身体を温めさせてもらおう。
もしかしたらディーアが心配して身体を拭いてくれるかも……
“モニカ! こんなびしょ濡れで逢いにきてくれたのかい!? 僕の為にそんな無茶はしないで…
でも…嬉しいよ……チュッ ”
なんて……
…きゃはっ!
妄想が膨らみ、モニカはムフっと笑みを零した。
「もう少しだからこのまま行っちゃおうか?」
どうせここまで濡れたのだから、今さら雨を避けても遅いわ!そんな気持ちでナッツを覗くとナッツも大きく首を縦に振った。
恋をする乙女の行動力は凄まじい。
大雨で窓の雨戸も閉じられ人の気配の消えた街中を、モニカも小さなナッツも城を目指して懸命に走り出していた。
雨音と人の駆け足の音が入り混じり、館内の石廊に響いて入り混じる。
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