上 下
276 / 312
第四章 伝説編

22話 悲しみの幕開け

しおりを挟む


ブルンッ!!ヒヒーン――

「うわぁ――っ!!」

「どうしたティム! 大丈夫か!?」


馬の険しいいな鳴きと同時に急にガタガタと丸太の柵を蹴る音がして、小屋の外で手を洗っていたロイドはティムの叫び声に驚いて駆け寄った。

馬小屋で、太い柵を前足で邪魔だとでもいうように蹴り続けているのはあのティールだ。

「一体、どうしたっていうんだコイツは……」

驚いて腰を抜かしたままのティムを起こしながら自分も額にかいた冷や汗を拭う。

ロイドは興奮冷めぬティールの鼻を落ち着かせるように優しく撫でた。

鼻息がブルンとロイドの手に掛かる。撫でられることを嫌がるように…
寧ろ、邪魔だとでも言うように、ティールは鼻先でロイドの手を払い返した。


後ろ足で高く立ち上がっては柵を蹴りつけ壊そうとしている。

「なんだ…外に出たいのか?」

こんなに雄馬が暴れるには大体が繁殖期のはずだ。

だがティールに至っては今までの普通の馬の成長記録とは異なる。
柵を叩き割る様にして強い蹴りを入れるティールをロイドは見つめた。



「この分じゃ柵がもたないかもしれん。…ティム、丸太を持ってくるからティールには近づくな」

丸太に向かって体当たりを始めたティールに怯えながら黙って頷き返すとティムは小屋を出て行くロイドを見送った。


なんでこんなことするんだろう


綺麗な白銀の毛並に赤い血が滲んでいく。

蹴り続けたお陰で丸太の表面がささくれ、ティールの肌を傷つけ始めていた。


「ティールッ…ティールやめろよっ…」


離れた位置からおろおろしながらティムはティールに向かって叫び続けた。


◇◇◇

「こりゃあ本格的に降り始めたな……どうだ、久々に見る天からの恵みは?」

城の渡り廊下を歩きながら庭を眺め、レオはカムイの肩を叩いて笑った。

「なんとも言えん…

降って欲しいのはここではなく我等の大地に、だ。過剰な雨もまた災難を招く。お前の山も崩れるかもしれんぞ」


「チッ、嫌なことを言いやがるぜっ」

カムイの苦言にレオは舌を打った。

ルイスは後ろで騒ぐ皆を連れて役所に足を向けていた。

城のどこかに居るはずのアルを探すには役所に出向き、アレンに尋ねたほうが手っ取り早い。




世界の非常時だというのに何処かしら脳天気なレオ達を牽き連れていると急に皆の足が止まった。


「なんだあの騒ぎは?」

馬小屋の方角に耳を澄ます。悲鳴のような馬の鳴き声、なんとも耳障りが悪い。

「いきり起ってるな…サカリついてんだろ? とりあえず早く行こうぜ?」

レオが足を止めたままのルイスの背中を押すと、四人はまた歩を進める。
そして、歩き出した男達にも構わずその場を動かぬ妃奈乃を振り返るとレオは声を掛けた。


「どうしたババア? 何かあったか?」

「いいや…何も無い―――あるのはこれからじゃ……」

―――っ!


再び不吉な事を口にする妃奈乃を皆はギョッとした目で見つめ返した。

だがそれが悪い冗談では無いことをその場の全員が悟っていた。

真顔のまま、前を見据えた妃奈乃の瞳が白眼を剥く。

長い艶やかな黒髪が浮遊するとあの時のように妃奈乃の身体が宙に浮き始めた。

 “計り知れぬ憎悪”

 “悪しき者に”

“従者の居場所が知れてしまった…”


人の物とは思えぬ声音を発し、妃奈乃の身体がぶるぶると大きく痙攣する――


不吉な予言を言い伝えると妃奈乃はその場に崩れ落ちた。



「ババア!? 大丈夫か!! チッ…くそっ! 意識が飛んでやがる!」


とっさに抱き止めた妃奈乃を膝に抱え、レオは蒼白い頬を何度も叩き呼び掛けた。白き神の生まれ変わり。そう呼ばれる妃奈乃の予言する姿を初めて目の前にしたルイスは息を飲む。


「なんと言うことだ…っ…早く従者の元へ急がねば!!」

「ああ!」

ルイスはカムイの声を聞いて直ぐに走り出した。

渡り廊下から雨の降り頻る庭に飛び出すとルイスは塔の上に向かって合図を送り、大声で叫ぶ。

「緊急だ!! 警鐘を鳴らし直ぐに全員配置につけ!! 城門を固め、警戒を怠るな!! わかったか!!」

精鋭隊長の緊迫した声が城内に響き渡る。

見張り搭に常駐していた隊員は、ルイスが上げていた腕を下ろすと直ぐに雨の音を掻き消す程の警鐘をけたたましく鳴り響かせた。


鐘の音を背に、ルイスは一目散に走り出す。

この雨の中、一体何が起こるというのだろうか。

考える余裕を無くしてしまう。

闇の王はアルを狙っている。
その王がアルを見つけた。


ということは――



走り出したルイスに続き、レオは妃奈乃をバルギリーに預けるとカムイと跡を追った。




街道は人っこ一人も見当たらない。

どしゃ降りの雨を見つめ、途方にくれた二つの影は濡れネズミのように肩を落とし長い溜め息をつく。

何度もはぁーと声に出し、モニカ達は民家の軒先で雨宿りをしていた。

雨の勢いが弱まっては走り出し、強くなっては雨宿りをしてやっとこさ城が見える城下まで辿り着いた。


服も髪も全身ずぶ濡れ。
このまま引き返すよりは城で身体を温めさせてもらおう。

もしかしたらディーアが心配して身体を拭いてくれるかも……

“モニカ! こんなびしょ濡れで逢いにきてくれたのかい!? 僕の為にそんな無茶はしないで…


でも…嬉しいよ……チュッ ”



なんて……

…きゃはっ!




妄想が膨らみ、モニカはムフっと笑みを零した。

「もう少しだからこのまま行っちゃおうか?」

どうせここまで濡れたのだから、今さら雨を避けても遅いわ!そんな気持ちでナッツを覗くとナッツも大きく首を縦に振った。

恋をする乙女の行動力は凄まじい。

大雨で窓の雨戸も閉じられ人の気配の消えた街中を、モニカも小さなナッツも城を目指して懸命に走り出していた。

雨音と人の駆け足の音が入り混じり、館内の石廊に響いて入り混じる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...