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第四章 伝説編

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空気がまた変わりつつある。

ルイスは首を仰ぎ空を眺めた。

早くなり始めた雲の動き。灰色の雲を押し流すように風も強く吹き始めている。

その様子を同じように城の馬小屋の前でロイドも見上げていた。

「一雨来そうだから馬を早めに小屋に入れるか」

独り言のように呟くロイドにティムは頷き返すと直ぐに準備に取り掛かった。

馬追いに慣れてきたティムにその役割を任せて餌を運び込むロイドの耳にティムの叫び声が聞こえてくる。

「どうした!?」

慌てて牧場の方を振り返ると一頭の白馬にてこずるティムの姿が目に飛び込んだ。

えらく気が起っているようだ。

興奮した動物は何をするかわからない。ロイドはその様子を見て声を張り上げた。


「ティム! 無茶はするな!」

馬の蹴りを食らったら大の男でもひとたまりもない。

ロイドは駆け寄ると手綱を取ってティムを白馬から放した。

「いつも言うこと聞くのに…」

そんな落ち込んだ声が届く。

「生き物だ、たまにはこんなこともある…」

何とか白馬をなだめるとロイドはティムの肩を叩いた。



ティムが落ち込むのもしょうがない。家族だと言って他の馬以上に可愛がって面倒みている白馬。言うことを聞かなかったのは自分達が名付けたあの“ティール”だったのだから。


「どうしちゃったんだろ……」

「さあな…」

納得のいかない表情でティムはロイドに手綱を牽かれるティールを見上げる。


今朝から他の馬達も何となく落ち着きがないことは感じていた…

動物は感が鋭い。


だが、ティールのこの急な変わりようにロイドも少し驚いていた。

まだ、鼻息が荒く、時折もどかしそうにその場で立ち止まり脚を踏む。


何かを予感しているのだろうか…

小屋まで連れていき丸太の柵をするとロイドは藁を踏みしめるティールをジッと見つめていた。


特別な馬だということが、余計に気掛かりだ。

異常な成長を遂げた白馬。

その額に浮かぶ“名も無き村”の紋章。


全てがアルに関係している…


守りたい―――

そう思っても実際に守り抜けるのだろうか?

想うだけでは叶えられない。

ルイスとレオは神に選ばれた……
アルを守るために神に選ばれた勇者だ…


だが俺は―――




自然と握り締めた拳に力が入る。



「ティム…今日は早めに仕事を上がろうか…俺も他に用があるから」

握った拳を緩めるとティムの頭を撫でる。ロイドは見上げるティムに向けてほんの一瞬やるせない笑みを浮かべた。


アルを想うがあまりに突っ走り過ぎるから…

神は俺を認めなかったのだろう…


つい暴走してしまう自分をロイドは振り返り溜め息をつく……

次に勇者に選ばれるのは一体誰なのだろうか?


ロイドは諦めきれぬまま、ティムと二人で馬小屋の仕事に手を付けていた。











薄暗く西に日が傾き掛けた刻を知る頃…

東の山の向こうで不気味な雷鳴が轟いていた…

渇いた空気。黒い空の正体は水分ひとつも含まぬ暗雲の塊。


「とうとう来おったか………」


高い頂きにある一軒家から遠くを見つめると、師匠は珍しく厳しい面持ちでそうぽつりと呟いていた――





我の世界…


もうすぐ…
もうすぐもどる………



なにもなかった美しい世界に…


人間の存在しない


美しい世界に…

我は今こそ還る………




ずっと願っていた

忌まわしき憎悪となっても神はずっと願っていた

還る場所 在るべき場所へ


神はずっと願っていた──




湿気を含んだ風が山間を駆け抜ける――


「………!?」

また妙な空気が漂い始めたな………


閉じていた瞳を見開き一点を見つめるとレオは不穏な気配に眉をしかめた。

「レオ。この場で我らだけで考えてもどうにもなるまい。この国の王と会い策を練らねば…」

「ああ、今から城に行こう。その闇の王って奴に先を越されちゃならねえからな」

連日の話し合いで何度か夜を明かしたレオ達は急ぐようにして山を下った。妃奈乃の預言を聞いた後、レオの愛鳥に文をくくり直ぐにジャワール大国へ飛ばしている。大王も早速、動いて居る筈だ。カムイはそうレオに告げた。


アル――

この国も、もちろんお前も得体の知れない化物なんかには渡さねえ!!


レオは山から見える遠くにある城を見据え指を差した。

「城は向こうだ。国王には手土産代わりにババアの言った言葉を知らせてやるとするか」

「嬉しかねえ知らせだがや…まあ、それでも何も分からんよりは手だてがあるだろう」

レオの皮肉を含む言葉にバルギリーはふんっと鼻を鳴らす。そして三人は下る足を早め城を目指した。




緑の大地も青く煌めく海も──


全ては我のもの



この美しい世界
愚かな人間などに渡しはしない




よどむ空の色

黒い雲が竜巻のように渦を成し轟音を響かせる。


何かの叫び声?

おぞましい嘆き

重くて嫌な音が耳に残る。

アルはふと振り返った。


「やだ…なんだか鳥肌が……」

訳も分からず身震いがおきる。

アルは粟立つ肌をとっさに庇うと何気なく窓から空を見上げた。

丁度、城の役所に出向きアレンからお茶の誘いを受けていたアルは空を眺めながらアレンに話し掛けた。

「ねえ、何だかまた降り出しそうだね…」

「ええ…さ、お茶が用意出来ましたよ」

アレンは窓際で佇むアルに声を掛けていた。
ほのかなアールグレイの薫りが鼻孔をくすぐる。役所の控室で椅子に腰掛けると薦められたティーカップから立つ温かな湯気を嗅ぎ、アルはホッと息をついた。

器を白湯で温めてちゃんと煎れてくれるからアレンの紅茶はとても美味しい。

先程、胸に沸いた不安が直ぐに和らいでいく。

「砂糖をもう一つ如何ですか?」

カップから顔を上げたアルにアレンは優しく微笑んだ。

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