273 / 312
第四章 伝説編
4
しおりを挟む
・
空気がまた変わりつつある。
ルイスは首を仰ぎ空を眺めた。
早くなり始めた雲の動き。灰色の雲を押し流すように風も強く吹き始めている。
その様子を同じように城の馬小屋の前でロイドも見上げていた。
「一雨来そうだから馬を早めに小屋に入れるか」
独り言のように呟くロイドにティムは頷き返すと直ぐに準備に取り掛かった。
馬追いに慣れてきたティムにその役割を任せて餌を運び込むロイドの耳にティムの叫び声が聞こえてくる。
「どうした!?」
慌てて牧場の方を振り返ると一頭の白馬にてこずるティムの姿が目に飛び込んだ。
えらく気が起っているようだ。
興奮した動物は何をするかわからない。ロイドはその様子を見て声を張り上げた。
「ティム! 無茶はするな!」
馬の蹴りを食らったら大の男でもひとたまりもない。
ロイドは駆け寄ると手綱を取ってティムを白馬から放した。
「いつも言うこと聞くのに…」
そんな落ち込んだ声が届く。
「生き物だ、たまにはこんなこともある…」
何とか白馬をなだめるとロイドはティムの肩を叩いた。
・
ティムが落ち込むのもしょうがない。家族だと言って他の馬以上に可愛がって面倒みている白馬。言うことを聞かなかったのは自分達が名付けたあの“ティール”だったのだから。
「どうしちゃったんだろ……」
「さあな…」
納得のいかない表情でティムはロイドに手綱を牽かれるティールを見上げる。
今朝から他の馬達も何となく落ち着きがないことは感じていた…
動物は感が鋭い。
だが、ティールのこの急な変わりようにロイドも少し驚いていた。
まだ、鼻息が荒く、時折もどかしそうにその場で立ち止まり脚を踏む。
何かを予感しているのだろうか…
小屋まで連れていき丸太の柵をするとロイドは藁を踏みしめるティールをジッと見つめていた。
特別な馬だということが、余計に気掛かりだ。
異常な成長を遂げた白馬。
その額に浮かぶ“名も無き村”の紋章。
全てがアルに関係している…
守りたい―――
そう思っても実際に守り抜けるのだろうか?
想うだけでは叶えられない。
ルイスとレオは神に選ばれた……
アルを守るために神に選ばれた勇者だ…
だが俺は―――
自然と握り締めた拳に力が入る。
・
「ティム…今日は早めに仕事を上がろうか…俺も他に用があるから」
握った拳を緩めるとティムの頭を撫でる。ロイドは見上げるティムに向けてほんの一瞬やるせない笑みを浮かべた。
アルを想うがあまりに突っ走り過ぎるから…
神は俺を認めなかったのだろう…
つい暴走してしまう自分をロイドは振り返り溜め息をつく……
次に勇者に選ばれるのは一体誰なのだろうか?
ロイドは諦めきれぬまま、ティムと二人で馬小屋の仕事に手を付けていた。
薄暗く西に日が傾き掛けた刻を知る頃…
東の山の向こうで不気味な雷鳴が轟いていた…
渇いた空気。黒い空の正体は水分ひとつも含まぬ暗雲の塊。
「とうとう来おったか………」
高い頂きにある一軒家から遠くを見つめると、師匠は珍しく厳しい面持ちでそうぽつりと呟いていた――
我の世界…
もうすぐ…
もうすぐもどる………
なにもなかった美しい世界に…
人間の存在しない
美しい世界に…
我は今こそ還る………
ずっと願っていた
忌まわしき憎悪となっても神はずっと願っていた
還る場所 在るべき場所へ
神はずっと願っていた──
・
湿気を含んだ風が山間を駆け抜ける――
「………!?」
また妙な空気が漂い始めたな………
閉じていた瞳を見開き一点を見つめるとレオは不穏な気配に眉をしかめた。
「レオ。この場で我らだけで考えてもどうにもなるまい。この国の王と会い策を練らねば…」
「ああ、今から城に行こう。その闇の王って奴に先を越されちゃならねえからな」
連日の話し合いで何度か夜を明かしたレオ達は急ぐようにして山を下った。妃奈乃の預言を聞いた後、レオの愛鳥に文をくくり直ぐにジャワール大国へ飛ばしている。大王も早速、動いて居る筈だ。カムイはそうレオに告げた。
アル――
この国も、もちろんお前も得体の知れない化物なんかには渡さねえ!!
レオは山から見える遠くにある城を見据え指を差した。
「城は向こうだ。国王には手土産代わりにババアの言った言葉を知らせてやるとするか」
「嬉しかねえ知らせだがや…まあ、それでも何も分からんよりは手だてがあるだろう」
レオの皮肉を含む言葉にバルギリーはふんっと鼻を鳴らす。そして三人は下る足を早め城を目指した。
・
緑の大地も青く煌めく海も──
全ては我のもの
この美しい世界
愚かな人間などに渡しはしない
よどむ空の色
黒い雲が竜巻のように渦を成し轟音を響かせる。
何かの叫び声?
おぞましい嘆き
重くて嫌な音が耳に残る。
アルはふと振り返った。
「やだ…なんだか鳥肌が……」
訳も分からず身震いがおきる。
アルは粟立つ肌をとっさに庇うと何気なく窓から空を見上げた。
丁度、城の役所に出向きアレンからお茶の誘いを受けていたアルは空を眺めながらアレンに話し掛けた。
「ねえ、何だかまた降り出しそうだね…」
「ええ…さ、お茶が用意出来ましたよ」
アレンは窓際で佇むアルに声を掛けていた。
ほのかなアールグレイの薫りが鼻孔をくすぐる。役所の控室で椅子に腰掛けると薦められたティーカップから立つ温かな湯気を嗅ぎ、アルはホッと息をついた。
器を白湯で温めてちゃんと煎れてくれるからアレンの紅茶はとても美味しい。
先程、胸に沸いた不安が直ぐに和らいでいく。
「砂糖をもう一つ如何ですか?」
カップから顔を上げたアルにアレンは優しく微笑んだ。
空気がまた変わりつつある。
ルイスは首を仰ぎ空を眺めた。
早くなり始めた雲の動き。灰色の雲を押し流すように風も強く吹き始めている。
その様子を同じように城の馬小屋の前でロイドも見上げていた。
「一雨来そうだから馬を早めに小屋に入れるか」
独り言のように呟くロイドにティムは頷き返すと直ぐに準備に取り掛かった。
馬追いに慣れてきたティムにその役割を任せて餌を運び込むロイドの耳にティムの叫び声が聞こえてくる。
「どうした!?」
慌てて牧場の方を振り返ると一頭の白馬にてこずるティムの姿が目に飛び込んだ。
えらく気が起っているようだ。
興奮した動物は何をするかわからない。ロイドはその様子を見て声を張り上げた。
「ティム! 無茶はするな!」
馬の蹴りを食らったら大の男でもひとたまりもない。
ロイドは駆け寄ると手綱を取ってティムを白馬から放した。
「いつも言うこと聞くのに…」
そんな落ち込んだ声が届く。
「生き物だ、たまにはこんなこともある…」
何とか白馬をなだめるとロイドはティムの肩を叩いた。
・
ティムが落ち込むのもしょうがない。家族だと言って他の馬以上に可愛がって面倒みている白馬。言うことを聞かなかったのは自分達が名付けたあの“ティール”だったのだから。
「どうしちゃったんだろ……」
「さあな…」
納得のいかない表情でティムはロイドに手綱を牽かれるティールを見上げる。
今朝から他の馬達も何となく落ち着きがないことは感じていた…
動物は感が鋭い。
だが、ティールのこの急な変わりようにロイドも少し驚いていた。
まだ、鼻息が荒く、時折もどかしそうにその場で立ち止まり脚を踏む。
何かを予感しているのだろうか…
小屋まで連れていき丸太の柵をするとロイドは藁を踏みしめるティールをジッと見つめていた。
特別な馬だということが、余計に気掛かりだ。
異常な成長を遂げた白馬。
その額に浮かぶ“名も無き村”の紋章。
全てがアルに関係している…
守りたい―――
そう思っても実際に守り抜けるのだろうか?
想うだけでは叶えられない。
ルイスとレオは神に選ばれた……
アルを守るために神に選ばれた勇者だ…
だが俺は―――
自然と握り締めた拳に力が入る。
・
「ティム…今日は早めに仕事を上がろうか…俺も他に用があるから」
握った拳を緩めるとティムの頭を撫でる。ロイドは見上げるティムに向けてほんの一瞬やるせない笑みを浮かべた。
アルを想うがあまりに突っ走り過ぎるから…
神は俺を認めなかったのだろう…
つい暴走してしまう自分をロイドは振り返り溜め息をつく……
次に勇者に選ばれるのは一体誰なのだろうか?
ロイドは諦めきれぬまま、ティムと二人で馬小屋の仕事に手を付けていた。
薄暗く西に日が傾き掛けた刻を知る頃…
東の山の向こうで不気味な雷鳴が轟いていた…
渇いた空気。黒い空の正体は水分ひとつも含まぬ暗雲の塊。
「とうとう来おったか………」
高い頂きにある一軒家から遠くを見つめると、師匠は珍しく厳しい面持ちでそうぽつりと呟いていた――
我の世界…
もうすぐ…
もうすぐもどる………
なにもなかった美しい世界に…
人間の存在しない
美しい世界に…
我は今こそ還る………
ずっと願っていた
忌まわしき憎悪となっても神はずっと願っていた
還る場所 在るべき場所へ
神はずっと願っていた──
・
湿気を含んだ風が山間を駆け抜ける――
「………!?」
また妙な空気が漂い始めたな………
閉じていた瞳を見開き一点を見つめるとレオは不穏な気配に眉をしかめた。
「レオ。この場で我らだけで考えてもどうにもなるまい。この国の王と会い策を練らねば…」
「ああ、今から城に行こう。その闇の王って奴に先を越されちゃならねえからな」
連日の話し合いで何度か夜を明かしたレオ達は急ぐようにして山を下った。妃奈乃の預言を聞いた後、レオの愛鳥に文をくくり直ぐにジャワール大国へ飛ばしている。大王も早速、動いて居る筈だ。カムイはそうレオに告げた。
アル――
この国も、もちろんお前も得体の知れない化物なんかには渡さねえ!!
レオは山から見える遠くにある城を見据え指を差した。
「城は向こうだ。国王には手土産代わりにババアの言った言葉を知らせてやるとするか」
「嬉しかねえ知らせだがや…まあ、それでも何も分からんよりは手だてがあるだろう」
レオの皮肉を含む言葉にバルギリーはふんっと鼻を鳴らす。そして三人は下る足を早め城を目指した。
・
緑の大地も青く煌めく海も──
全ては我のもの
この美しい世界
愚かな人間などに渡しはしない
よどむ空の色
黒い雲が竜巻のように渦を成し轟音を響かせる。
何かの叫び声?
おぞましい嘆き
重くて嫌な音が耳に残る。
アルはふと振り返った。
「やだ…なんだか鳥肌が……」
訳も分からず身震いがおきる。
アルは粟立つ肌をとっさに庇うと何気なく窓から空を見上げた。
丁度、城の役所に出向きアレンからお茶の誘いを受けていたアルは空を眺めながらアレンに話し掛けた。
「ねえ、何だかまた降り出しそうだね…」
「ええ…さ、お茶が用意出来ましたよ」
アレンは窓際で佇むアルに声を掛けていた。
ほのかなアールグレイの薫りが鼻孔をくすぐる。役所の控室で椅子に腰掛けると薦められたティーカップから立つ温かな湯気を嗅ぎ、アルはホッと息をついた。
器を白湯で温めてちゃんと煎れてくれるからアレンの紅茶はとても美味しい。
先程、胸に沸いた不安が直ぐに和らいでいく。
「砂糖をもう一つ如何ですか?」
カップから顔を上げたアルにアレンは優しく微笑んだ。
10
お気に入りに追加
730
あなたにおすすめの小説
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
男女比崩壊世界で逆ハーレムを
クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。
国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。
女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。
地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。
線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。
しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・
更新再開。頑張って更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる