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第四章 伝説編

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ロイドはそんな葛藤の後、遂に手を広げてしまった。

「…兄ちゃん…」

「……!?」


クイッとズボンをティムが引っ張る。


「そろそろいいか?…みんながお腹空かせてるぞ……」

「う、…あ、ああ…そうだなっ…馬だ。馬が腹空かせてるなっ! ははっ…」


バツが悪そうに頭を掻くロイドを置いてティムとマークは黒馬の元へ駆け出して行く。

ロイドは名残惜しそうにアルを振り返った。


「あ、……じゃあ…明日…昼前に迎えに来るから……」

少し寂し気にロイドはそう告げるとアルに背中を向けた。

「あっ…待っ…」

「……?」


アルはロイドの広い背中にとっさに手を伸ばした。

「あのっ…ほんとに、ありがとう…」


「──っ…」


目を見開くとロイドは頬にアルの体温を感じていた。

柔らかな軽いキス…

フワリとした感触が離れ掛けた瞬間にロイドはアルを抱きしめ返した。

ティム達に見られぬように空いていたドアを後ろ手に閉めるとロイドはまた両手をアルの背中に回す。


甘い口付けと熱の籠る情熱的な口付けが交互に繰り返されロイドは夢中でアルを掻き抱いた。

ため息さえもが震えてしまう。



子供達を待たせてる以上、今の時間をそんなに味わうことは出来ない…

諦めつかないまま離れ掛けた唇を何度も合わせると、ロイドは両腕をアルの腰に回し、見つめた。

「明日…楽しみにしてるから…」


うるんだ瞳でアルも小さく頷く。


はにかむ唇をもう一度欲しくなってしまう。

これ以上ここにいるとほんとにどうしようもなくなるっ

そんな思いが沸き起こり、それを落ち着けるようにロイドは熱いため息を静かに吐いた。

「じゃあ…」

アルから躰を離すと短い言葉で振りきりティム達の元へと足早に掛けて行く。


はあっ…ほんとにやばいっ

額に手を当て熱い目頭を拭う。

好きだという思いに火がついてそれを抑えることにさえ手を焼いてしまいロイドは切ないため息を吐き出した。


自分達の元へ駆け寄って苦し気な表情を浮かべるロイドにティムは声を掛けた。


「兄ちゃん…」

「……?」

「アルのことホントに大好きなんだな…」

「…っ…」


「アルを泣かすなよ…」


家族であり弟であり兄であり…

そんな思いのティムの言葉。

「…ふ…ああ、そんなこと絶対にするもんか……」


「そかっ…ならいいや! な、マーク!!」


「うん!」



生意気なチビ達にロイドは苦笑う。

「ぷ…お前達は厳しいからな……」

そう言って笑いながら二人の頭を撫でるとロイドはチビ二人を馬の背に担ぎ上げた。

街道を抜けて城を目指す。強風の為にたたまれた露店のテントをいそいそと荷車に積む商人たちとすれ違う。朝来たばかりにも限らず、今日の商売は早々諦めたようだ。


「みんな大変だね…」

その様子を横目にしながらマークが呟いた。

「生きていくためには当たり前のことだ。何もかもを苦労だと思えば何もやる気にならない…そうだろ? 俺からみたらお前達の方が大変な思いをしてると思うが?……マークは大変か?」


ロイドは一番前にちょこんと座り馬に揺られるマークを覗き見た。


マークはロイドに問われ、んー、と考えると

「別に大変じゃないよ」

そう答えた。

「だろ? 俺はお前達のそんな所を尊敬するよ。自分達の出来ることを精一杯してる上に嫌な顔一つしない。正直、感心するな」

「そうか?」

「ああ!」

振り返るティムにロイドは頷いた。

大人の自分でさえもたまにため息が出ることがある。

嵐だろうと雪だろうと、生き物相手の仕事に休みはない。



自分がティム達と同じ年頃のころ、こんなに進んで働いて居たかと言えば、とても威張って言える過去ではなかったから。


幼い頃毎日のように父親に連れられ城に行くことが如何に苦痛だったことか。それも遊びたい年頃なら当然のこと…


そんな我が侭を言える環境に居たことの有り難みを今、本当に感じる。


ティム達は常に死と隣合わせで生きてきた…


だからこそ、今の生活をこんなにも大事にしている。

自分達が大変なことをしていると感じずに人を気にする心使い。

何気なく語る言葉に心の強さが垣間見える。


言葉を話せぬ動物や植物相手の仕事はその気遣いこそが必要だ。


「今日は風が強すぎるから…植えたばかりの花があるんだ。屋根のあるところに移動しなきゃ…」


久しぶりに雨が上がったからと、マークは新種の花を植えたプランターを外に出したばかりだった。


「お前達に手伝ってもらってほんと助かるよ……」

「ん? どうしたんだ急に?」

「いや、何でもない」


急に頭を撫でられ驚く二人にロイドは笑いながらそうかえした。



◇◇◇


薄灰色の袴がそこらを歩く度に埃が舞う北の山の奥深く。

天井にすっぽりと穴の開いたそこで、粉々に砕けた白い神の巨像の欠片に囲まれ、宰相は声を唸らせた。


「まあ…何よりも皆(みな)が無事で良かった…この有り様で怪我をした者が居らぬということを幸いと致そう」

「はい……妃奈乃様はこの事を預言して居られました…」


「……なるほど…わかって居ったのに此処を離れられたということは…妃奈乃様なりの考えがあったのであろう……皆に危険が及ばぬのも承知の上だったということであろうからな」


「………」


宰相の言葉に白い神の使い達は深く頷き返す。

断末魔のような叫びの轟音を聞いた翌朝…


いつもならろうそくの灯りが揺らめく暗い筈の洞窟も、今は穴の開いた天井から注ぐ朝日の明かりで全体が見渡せる。


遅い時間にでも直ぐにこの惨状の現場に兵士を従え駆けつけたこの国の帝に神の使い達は敬意を払った。


数十名の兵士達は粉砕された像の後始末に取り掛かっている。


「妃奈乃様の居らぬ今、余がここを離れるべきか考えあぐねたが……」

前を見据えた宰相に、神の使い達は静かに口を開いた。

「宰相様。妃奈乃様がこの地を我々に託され東へと赴かれたということは、おそらくこの地に災いは振りかからぬと確信されてのこと--宰相様はどうぞ宰相様のなすべきことを」

地面に深々と頭を下げた者達に向かい、宰相は目を閉じる。そして無言のままゆっくりと頷いた。



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