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第四章 伝説編

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鄭尚ははいっ、と短く返すと頭を下げる。

「そのお言葉を待っておりました。直ぐに発つ支度を致します」

そして素早く身を翻した。


勢いつけて開かれた扉がゆらゆらと揺れる。


きっちりと閉めなくとも室内は寒くはない…
風は吹雪けど積もった雪のせいか、不思議とこの地には暖を取る器具は必要無いほどの気温を保っていた。

鄭尚の出て行った扉に目をやりながら、宰相は椅子にゆるりと腰掛けた。

いたずらに風に踊らされた古文書の開いた頁を静かに見つめる。




陽の国に光の神在り

陰の国に闇の神在り


二つの目覚めが呼び起こすは災いと幸い

この世の末は先に目覚めた神の手に存在する



「災いと幸い…先に目覚めた神…」

開かれた白き神の図の下に書かれた文字を読みながら口にする。


我が国に封印されている邪悪な魂が闇の神ならば…

書に記された陰の国とはまさしくこの北の国。我が大陸となる…
この地の揺れが、もしや闇の神の目覚めを誘うものだとしたらば……

存在したという従者は確かな者なのか? ならばもう目覚めているということに?


「──……」


宰相は撫でていた髭を摘んだまま無言で白い神の頁を見据えていた…


久しぶりに上がった雨。晴天とまでは言えないが、昼間らしい明るさを取り戻したここルバールでは、民達の行動範囲が広がっていた。

警備の為に街を徘徊する強面の面子にも慣れたせいか、雨上がりの街中では濡れた道脇に荷物を広げる大道芸人達もちらほらと見える。

道に並ぶ露店では今度の週末の感謝祭で使われる彩り豊かな卵が売られていた。

長雨を受けた山岳の樹々は緑の葉を生き生きと輝かせ、時折雲から覗く日の光りを一身に受けようと懸命に葉を揺らす。


「ははっ大したもんだぜ…さすが、太陽の国と言われるだけはあるな」

ざわざわと風に游がされた緑が擦れ合い一緒に笑っているようだった。

昼前に疾風迅雷の根城に辿り着いたナジャの雄志達を室に迎え入れ、レオは豪快に笑っていた。

「今はその言葉も我々には喜べぬ…」

「ああ…そういやそうか…悪かったな」

酋長は詫びるレオに手の平を見せて気にするなとそれ以上の言葉を遮った。

太陽の国の大地の民。

ナジャ族は土から成る食物の繁栄をもたらしたと言われている。
それが今となってはどうだ?

燦々と照り続ける太陽に命を奪われかけている有り様だ。これでは誇るものも誇れない。




ルバールにとっては久しぶりに降りやんだうっとうしい雨も、今の大地の民にとっては恵みの雨。救いの雨でもある。

国を出てもその雨に出会えぬことが、今は非常に腹立たしい。

根城に着いた早々、水瓶に溜った雨水を見てドワン達は大喜びをする程だったのだ。

「これでやっと集まったことになるがや…」

「………ああ、だが妃奈乃はどうしたのだ?」

西岸の親方。バルギリーの呟きにナジャ族の酋長カムイは尋ね返してレオを見た。

「老体にムチでも打ったみてえだな…」

「老体に…やはり女の身に長旅は堪えたか…」

「いや、旅なんざあのババアにしてみりゃ一っ飛びだ。ワケはねえ…」

「………ならば持病でも抱えたか?」

「いや…」

レオは答えながらククッと口元を緩めた。

「……道中、荒れた道が通り易くなっただろう? ババアがずっと祈りを上げていたからな…」

「おお! あれは妃奈乃の導きであったか! ならば礼を言わねばならん…が、もしやそのせいで身体を壊したのじゃっ…」

「ふっ…それがよっ……」

レオはバルギリーと目を合わせニヤニヤしている


「ババアの奴やってくれるぜっ…ぶふっ…」



レオは思わず強く吹き出すと腹を抱え、勢いよく床に転げていた………













「…っ…か、金縛りじゃ…身体が動かぬっ…未夢っ…何をしておるっ…はよう祓わぬかっ!…」

「母様、それは金縛りではありませぬ」

「……なにっ…わらわが金縛りと言うたら金縛りなの…じゃっ…イタタっ」


母は動かぬ身体を無理に動かそうともがき、痛みを訴える。

「金縛りは痛みなどありませぬっ…だからあれほど言ったのにっ…いいからジッとしててくださいっ!」


生薬にハッカを練り込んだ白い膏薬を未夢は母の腰にピシャリと叩いて貼り付けた。


若さを無理に娘にアピールしたせいか、どうやら祈りとは関係のない肉の筋を痛めたようだ…


妃奈乃は“筋肉痛”を起こしていた。


「なんで今頃になって痛むのでしょう?…」

「―――!」

素朴な疑問を呟く娘を母はキッと睨んだ。


「うぬぬっ…」

わらわだって…

わらわだってっ…




母は悔しさに唇を噛み締める。

身体の反応が衰えた今。
筋肉の痛みさえも痛めたその二日後に遅れてやってくる。


まだ若い娘はそのことを知らずにボヤいていた……



◇◇◇



バラック小屋のような作り。小さな家の煙突からは白い煙りが立ち上っていた。

「母さん大丈夫? 調子がいいからってあまり無理はしないでね…」

「ええ、このくらいなら大丈夫よ。むしろ、横になってる方がどうかあるくらいだわ」

洗濯籠を抱えながら、モニカは何年かぶりに台所に立つ母親の後ろ姿に声を掛けた。
久しぶりの手料理を振る舞う母親の傍で、モニカの妹のナッツも小さいながら、一生懸命に手伝いをしている。母親は鍋で煮込んでいた南瓜のクリームスープを小皿に取りナッツに味見をさせた。

「美味しい?」

「うん!」


笑顔を浮かべる小さな娘に母親は微笑み返す。
モニカは二人のその姿を嬉しそうに眺めていた。

まだ、少しは咳込むものの、台所に一人で立てるまでに回復した母親。
洗濯を済ませたモニカは昼食の整ったテーブルに着くと熱いスープを冷ましながら口に運んだ。


「あたし、明日の午後は出掛けるわ。薬のお礼もまだだったから」

「ディアノルさんのとこに行くんだね」

「ええ」

返事をしながら考えた。

明日は髪を巻いてみようかしら…

ちょっとした身だしなみを気に掛ける。
中々、会うことのない想い人のアルを思い浮かべ、モニカはスープをすすりながら密かに頬を緩ませていた。

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